第2話 派遣開始

西暦2026(令和8)年9月15日 日本国東京都 国会議事堂


 船橋での最初の戦闘から1か月。自衛隊の準備は始まっていた。


 永田町での政変を抜きにしても、史上初の外征を主軸とした大規模作戦を円滑に行うためには、文字通り国の総力を挙げた下準備が必要であり、今のところ『向こう側』に確保した拠点は第1師団と第12旅団、そして富士教導団によって守られているものの、相手は初手で20万の兵力を送り込んできた大国である。油断も慢心もならなかった。


「首都圏防衛戦とその後の追撃、そして『向こう側』の制圧作戦は、自衛隊と防衛省に多くの戦訓をもたらした」


 当時を知る者は揃ってこの言葉とともに振り返るのだが、『転移拠点』と呼称される構造物が陸上にあるという特徴や、敵の攻撃・防御手段を前提に考慮すれば、求められる戦力はおのずと決まっていた。


「彼の地で自衛隊が欲するものは四つ。一つに戦車、二つに装甲車、三つに火砲、そして航空機だ」


 自衛官の一人は短絡的にそう述べた。まず戦車は、敵の機甲戦力に該当する地竜を確実に撃破するのに必要だった。さらに現地は悪路ばかりであり、タイヤとサスペンションの性能が向上しているからといって装輪式の16式機動戦闘車が十分に活躍できる環境とは言い難い。実際現地では、魔法によって拵えられた障害が装輪式車両の天敵と化したという。


 次に装甲車であるが、先述の戦車の話も踏まえて考えるのならば、装軌式の装甲車が望ましいのは明白であった。だが悲しい事に、今の防衛産業では装軌式装甲車はもう造られていない。そして急に降って湧いた需要を、僅か半年で賄える程の生産量もない。伊沢はこの問題に対し、スウェーデンよりCV90歩兵戦闘車を部隊単位で輸入する事を即決したという。


 三つ目の火砲であるが、こちらは複数を導入する事が確定していた。まず敵国の戦争責任者を捕縛する任を持つ攻勢役として、韓国より性能とコストのバランスに定評のあるK9自走榴弾砲を大量購入。スウェーデンのCV90の車体にフィンランドで開発されたNEMO120ミリ迫撃砲塔を載せた自走迫撃砲も導入し、敵軍を火力で蹂躙しながら突き進む機甲師団の頼れる相棒として運用される事となるだろう。


 そして四つ目の航空機であるが、相手にはワイバーンという航空戦力がある。そして空襲により支援を行う事も求められる。よって米軍のF-16〈ファイティングファルコン〉戦闘機を一定数導入し、現地に配備する事が決定。人員は各地部隊から抽出する事となった。現地では人工衛星を用いて遠隔操作するタイプの無人航空機が運用できない事や、ヘリコプターを用いた大規模な襲撃戦術の有用性がある事から、攻撃ヘリコプターも多数運用される事になるだろう。


 斯くして、様々なシミュレーションを踏まえて統合幕僚監部が下した戦力の内容は以下の通りとなった。


・陸上自衛隊は第7師団と同等の規模の2個戦車師団、2個機械化歩兵師団、特科戦力を重視した1個歩兵師団を派遣

・航空自衛隊は2個飛行隊を基幹とした1個航空団を派遣

・海上自衛隊については、現地の地理環境を詳細に把握した上で検討


 実質的に5個師団と1個航空団を増数させる事となる決定に、多くが反発を見せたのは言うまでもない。だが、首都圏またはそれ以外の地域が、また20万の軍勢に蹂躙される光景が再現される事を望まない者も多かった。去年末よりすでに多くの若者が自衛隊への志願を表明しており、今更になって愛国心が大衆を動かしているという形となっていた。


「よって、賛成多数により、本法案を可決します」


 事実上の軍拡を行うための法律と、それに必要な予算案を通した伊沢は、早速記者陣から質問攻めにされる。


「此度の軍拡法案、国内外より批判の声が出てきておりますが、臨時総理はどの様にお考えなのでしょうか?」


 解答は至極明快であった。


「『向こう側』の侵略者と話し合ってから、批判をして下さい」


 それは現在批判を飛ばしている者達は無力な存在だと言い放つと同義であった。


・・・


西暦2025年2月14日


 さて、5か月もの月日が流れ、市井ではバレンタインデーに関わるイベントが行われている最中、1万近くもの大人員が集結していた。彼らは対帝国派遣部隊第一陣を担う第16師団の面々であり、その背後には多数の車両が並んでいた。


「皆さん、これからあなた達は、我が国のみならず全世界にとって未知の世界へと赴く事になります」


 特設ステージ上にて、伊沢は集結した自衛隊員達に向けてスピーチを行う。相手は魔法で技術水準のハンデを埋めながら戦ってくる。ホームである日本本土でも数十人が死傷する程の戦闘となったのに、果たして『向こう側』ではどれほどの損害となってしまうのか。多くが不安を抱えていた。


 だが、ここで国防のために誰が銃を手に取り、悪辣な侵略者に対峙しなければならないのか。現にこの場に集った市民達は、自衛隊に対して激励の言葉を送っていた。帝国軍は破壊と蹂躙の足跡を残しながら撤退しており、それと遠き地であるウクライナの戦場で繰り広げられた惨劇を重ねて思った者は多かった。そんな状況で無責任に自衛隊を愚弄しようものなら、結果は目に見えていた。


「ですが、あなた達は必ずや、果たすべき任務を成して、我が国に生還してくれる。私はそう信じております。あるべき平和を取り戻すために、一層の奮励努力をここに期待します」


「総員ー、敬礼ーっ!」


 師団長を務める藤田幸吉ふじた こうきち陸将の声に合わせて、一同は敬礼を返す。そして10式戦車やスウェーデンより輸入したばかりのCV90歩兵戦闘車を先駆けとして、『転移拠点』に向かって進んでいく。その車列に加わる大型トラックの車内にて。


「分隊長…『向こう側』にはエルフとか、ケモミミの娘もいますかね?」


「連中はゴブリンとかオークを引き連れて攻め込んできたからな。いるだろう」


 数人の自衛隊員が軽口を挟みながら、静かに20式小銃を抱える。やがて数分が経ち、先発隊は『向こう側』に到着する。そしてトラックに乗っていた隊員達は急ぎ塹壕の中へ駆け寄り、戦闘準備を進めていった。

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