fil.13 夫婦喧嘩
「な、なんで、てるき兄さんがいるの?・・・しかも、成長した姿で?」
テルキに飛菜(アスナ)と呼ばれた少女は、涙も拭かず問いかけてくる。
「いや、それは・・・」
まさか自分が実は異世界に行っていた、とは言い出せず、テルキは返答に困る。
「うん、でも、そんなことはどうでもいいの」
アスナは持っていた鞄を放り投げ、テルキに抱きつく。
「会いたかった!!」
嗚咽しながら、テルキの胸の中でアスナは泣いた。
「・・・ああ、僕も会いたかったよ」
そんな二人の抱擁劇を前に、一人訳が分からず戸惑うメアリー。
「あ、あの〜、どちら様ですか?」
場違いな質問と承知で、メアリーは尋ねた。
メアリーがいたことを思い出したテルキは、アスナと抱擁を止めて気まずそうに言う。
「この子の名は八葉飛菜。ウチの近所の子だったんだ」
少し落ち着きを取り戻したアスナはメアリーの存在に気づき、挨拶をする。
「はじめまして、八葉飛菜と言います。えっと、私はてるき兄さんの隣の家に住んでいた者で、昔よく、遊んでもらっていたんです」
メアリーはようやく納得する。
アスナの歳はまだ十代にしか見えない。だから二人は、近所のお兄さんと妹的女の子、といった関係性なのだろうと推測した。
「・・・」
三人の間に沈黙が数秒続いた。自己紹介しないメアリーに焦ったテルキが、口火を切った。
「アスナ。彼女の名前は、メアリー。僕の妻だ」
「え!てるきお兄さん、結婚したんだ!できたんだ!?」
「う、うるさいぞ!」
「ははは!」
アスナと親しげに会話するテルキを見ていて、何かモヤモヤするメアリー。
こんな無邪気な笑顔、最近は私にも向けてくれないのに・・・
メアリーは我ながら自分を嫉妬深い女だと感じてしまう。
「ふゥ~!笑いすぎてお腹が痛い。私、こんなに笑ったの久しぶりです!よかったら、ウチにでも上がっていきませんか?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
と、メアリーの顔も見ずにテルキが言った。
メアリーはしぶしぶ二人の後について、アスナの家に上がった。
♢
「お、おおー!こんな美味しい紅茶を飲んだのは初めてだ!」
「そうですか?気に入ってもらえたなら嬉しいな」
「ええ、美味しいですね」
と、メアリーも明らかに付け足すような感じで言った。
微妙な空気が、アスナとメアリーの間に流れる。
アスナは話題を急いで探した。
「そう言えば、八年前、てるき兄さんはなぜ消えたんですか?」
「え!アスナはもしかして、僕が消える瞬間を見てたの?」
「うん。あの夜、目の前で・・・」
「そっかー。見てたのかー。それなら話すよ。実は―」
テルキはこれまでの事をほとんど話した。唯一、魔法中毒であることを除いて。
「へぇ〜!異世界って本当にあるんですね。驚いた。でも、最近は日本でもそういうジャンルが流行っているし、すご~く納得しちゃうな」
「え、そうなんだ」
拍子抜けするくらい、すんなりアスナに話が受け入れられている様子を見て、逆にテルキは驚いていた。それから小一時間ほど、アスナはテルキやメアリーの住む異世界について、好奇心そのままに、あれもこれもと矢継ぎ早に質問をした。
「それにしても、魔法か〜。ここでも発動できるんですか?地球で?」
「・・・やってみようか」
テルキはイメージして、唱える。
「『
手の平から小さな炎が出る。
「わ、すご〜い!初めて見た。これが魔法!?」
「ああ、そうだ。でも、この世界には魔素は存在しないから、自分の中の魔力を出して発動させている」
「へー。え、ちなみに、メアリーさんも使えるんですか?」
「・・・え? 私? もちろん。でも、ここではちょっと・・・見せたくないというか、魔法は見世物ではないですしね」
冷たい対応をするメアリー。それを聞いて、険しい顔になるテルキ。
「メアリー。そんな言い草は無いだろ」
そう言われ、明らかに不満そうにテルキを睨むメアリー。
喧嘩を始めそうな二人を見て急に慌てたアスナは、三人で外に出ることを提案した。
「お二人とも、よかったら散歩にでも行きませんか?そろそろ外も涼しくなった頃だろうし・・・」
険悪な雰囲気になっていた二人も、アスナの提案に同意した。
♢
「それにしても、昔とだいぶ変わったなぁ」
街の風景の変わりように、テルキは驚いていた。たしかにビルの数は増え、以前はまだあった田畑も宅地化され少なくなっていた。
「私はずっとここに住んでいて、少しずつ変化してきたのを見てきたから驚かないけれど、久しぶりに戻ってきたてるき兄さんにしたら驚きだろうね!」
何を話しても楽しそうな二人の会話。そんな二人に後ろからついていきながら、うつむくメアリー。
「あ!私、忘れ物しちゃった!ごめんなさい、ちょっとここで待っててもらってもいいですか?」
鞄にゴソゴソ手を入れながらアスナは言った。
「いいよ、ここで待っているよ」
テルキはニコリと笑いかけた。
アスナが走っていく後ろ姿を愛おしそうに見守るテルキ。その横顔を見て、メアリーは苛立ちを隠せなかった。
「ねえ、テルキ。あの子と色々話すのもいいけれど、あなたは一応病人なんだからね。そこら辺はしっかりしてよ!」
「しっかりって、 何をどうすればいいのさ?」
「だ・か・ら、あの子にそんな近づかないでよ!」
自分でも何を言っているのかわからない。自分の知らないテルキがいるからだ。苛立ちが止まらず、口調も自然と強くなる。
「あの子には別れを告げて、早くあなたが見たいとこへ行きましょう!私たちに残された時間は一日しかないんだから!」
だが、珍しくテルキも怒りを露わにする。
「は? 僕はあの子と会いたかっただけだ!他にこの世界に未練はないから、別のところに行きたいとは思わない。だいたい、この世界に勝手に送り込んだのはメアリー、君だろ? 僕に聞きもせずに、勝手に。しかも、こちらに来たら來たで、今度は口出しまでする。好きなように振る舞わせてくれ。ここは君の世界じゃない。僕のいた世界だ。僕の行動まで勝手に決めないでくれ!」
「勝手に、勝手に、勝手に、って・・・。あなたの治療のためにやってるんでしょ!それがあなたにはわからないの!」
「僕のためだからといって、すべてやっていいという理由にはならないだろ!」
「え、何?もしかして、私が悪いって言うの?すべてこの私が悪いって?・・・」
どうしようもない怒りが溢れ、わなわなと震え出し、テルキを睨みつけるメアリー。
負けじとテルキも睨み返す。
「お待たせしました!・・・ん? 二人ともどうしたんですか?」
戻ってきたアスナをメアリーはちらりと見たが、すぐに顔をそむけて反対方向に歩きだした。
「メアリーさん!どこに行かれるんですか?」
「アスナさん、ごめんなさい。少し一人にさせて」
と、振り返らずに言い残して、メアリーはすたすたと足早にその場を去ってゆく。
「ちょ、ちょっと待ってください! てるき兄さん、どうにかして!メアリーさん、行っちゃうよ!? 何とか言って!」
「・・・」
テルキもうつむいたままだった。
「てるき兄さん!どうしたの!?なんで黙っているの?・・・まったく。もういい!
待ってくださーい、メアリーさ~ん!!」
アスナはメアリーを追いかけた。
◇
「本当に大丈夫なんですか?」
二人きりになり、アルラスが心配そうにルイスに尋ねる。
「ええ。大丈夫、なはずです」
「はず、では無く、私が聞いているのは、確実かどうかです」
「・・・・・・」
その質問に答えることはできなかった。
魔法は完璧だった。だが、実験はしておらず、ぶっつけ本番。それに、向こうの世界に二人が行ったかどうか確認するすべもないのだ。
「はぁ〜。あなた達は昔から、ほんとに後先考えないですねー」
やれやれといった感じで、ため息をつくアルラス。
「すいません、先生!」
「ルイス様。その『先生』も、もういい加減お止めください。あなたは今は、この王国の王子として政務に携わっているお方です。昔のようにあなたにそう呼ばれると、私は恐縮してしまうじゃないですか」
そう言って、アルラスはほほ笑んだ。
「とりあえず、二人を信じて待つしか無いですね。先生」
「・・・ええ」
そう小さく答えながら、アルラスは心配そうに星のまたたく夜空を見上げた。
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