fil.12 作戦6

ミーーーン、ミンミンミンミンミーーーン。


蝉の声が、輪唱のように鳴りやまない公園。

子どもたちが走り回り、蝉たちの声ににまじって笑い声をあげている。

遠くから、電車の音もかすかに聞こえる。

刺すように日差しが降り注ぎ、そして、街ごとセイロに入れられたかのように蒸し暑い。

地球の日本だ。



そこに突如、時空の歪みが生じた。

異変に気づく者は誰一人いなかった。しかし、その目には見えない異常は、各地の観測機器によって記録されていた。


異変を生じさせた張本人たちは、小さな公園で目を覚ました。


「こ、ここは・・・?ア、イタタ! ん?って!なんでメアリーが、ここに!?」


テルキの驚いた声に、メアリーも目を覚ます。


「ここが・・・」

「メアリー、君、何をしたの?」


怒ってる、というより困った顔をして尋ねるテルキ。


「ごめん!テルキ。テルキが地球に帰りたそうだったから。もしかしたら、治るかもしれない!って、思って。ここはテルキの元いた世界、『地球』よ」

「え、えーっ!?」

「それよりも、急いで! 私たちには時間もないし、早く行こう」

「ま、待って。突然すぎて、まだ思考が追いついてない。俺を治すって、ここで具体的に何をするんだ?」

「テルキ、地球に会いたい人がいるんじゃなかったの?それだけが心残りだって」

「う、うん。まぁ、そうだけど・・・」

「じゃあ、早く行くよ!」


メアリーは突立っているテルキの手を引っ張り、歩き出した。



「うわ〜!なに、あの高い建物は!王城よりはるかに高いわ」

「『ビル』だよ、ビル。超高層建築。それよりも―」

「ねえねえ、何あの可愛い生き物!この世界の家畜?」

「あれは、『犬』って言うんだ。わんわん、ってしゃべる。基本、単語はその一つだけ。家畜と言えばたしかに家畜の一種だけど、食べたりはしない。この世界では、人間の古くからの友達なんだ。可愛さで売ってるのもいるけれど、強面のやつもいる。それよりも、メア―」

「ねー。あの食べ物は何?みんなも食べてるし、私も食べてみた~い!」

「あ、あれはね、『クレープ』って言うんだ。スイーツの一種。美味しくて、ほっぺが落ちちゃう。ブルドッグみたいに。あ、ブルドッグというのは、さっき君に話した強面の犬の名前。そいつのほっぺはね~、こ~んな感じなんだぜ~こ~んな感じ」


と、テルキは顔真似をして見せるが、それには見向きもせずに、メアリーはきょろきょろ、もう他の珍しいものを探している。


「それよりもメアリー!その格好どうにかならない?」


テルキはメアリーの服装に苦言を呈する。

蚕の繭で織った涼しさ重視のきれいな服だが、日本の人たちから見たら、どうにも奇異に感じる。


「大丈夫よ。それより、あの本がいっぱいある所って、もしかして本屋さん?」

「ん?あれ? ああ、そうだよ」


二人は本屋に入った。

メアリーは本を手に取り、しばらくすると妙に感心し始めた。


「へぇ〜、この世界にも『魔法』って言う概念があるんだね」

「そうだよ。だから向こうの世界へ行っても、そこまで驚いたりはしなかったんだ」

「なるほど〜」


やけに感心しているメアリー。


「それより、日本語上手いな!」

「そうかしら? テルキに教わったからかなぁ」


いたずらそうな目で笑いかけてくるメアリーに、テルキは照れた。


「ところで、私たちどこにいるの? ここってどこ?」


テルキは周囲を見渡して、懐かしむように言う。


「ずいぶん昔と変わったけれど・・・ここは、僕の地元だ」


八年前、テルキが転移される直前までいた所沢市。

テルキがいた頃より、だいぶ開発が進んでいた。


しばらく風景を眺めていたテルキに、メアリーは声をかける。


「テルキの家に、連れて行って」


「・・・・・・」


テルキはしばらく黙っていた。


「わかった」



日中だが、人気のない閑静な住宅街を二人は進んでいく。


「へぇ〜。私たちの世界より、よっぽど家の造りがしっかりしているわね」

「たしかに。言われてみればそうかもしれない」


横を振り向くこともなく、テルキは黙々と進む。

いまだギクシャクしている二人は、会話が弾まない。


「そういえば、この世界では魔力を感じないわね」

「たしかに。俺も向こうの世界にしばらくいたからか、違和感を感じる。メアリーは体調とか大丈夫?」


首を振って否定する。


「私は平気よ。それより、テルキの方こそ大丈夫?」

「うん。今のところ症状は感じない。けど、いつ暴走するかわからない」


日中のこの蒸し暑さのせいか行き交う人もなく、ただ、蝉の鳴き声だけがせわしく鳴り響いていた。


「この鳴き声、ほんと、うるさいわね!」

「たしかに。でも、昔は全く気にしてなかったよ。そんなに気になる?」

「うん、かなり」

「じゃ、ここで問題。蝉さんが『鳴き声コンテスト』に出場しました。でも、どう頑張っても決勝戦まで行けません。なぜでしょう?」

「・・・・」

「降参?」

「早く答えを言って」

「答えは、セミ・ファイナル(=準決勝)~!!だから」

「なにそれ、くだらな~い」

「いま、思いついた。ハハハ」


力なく笑うテルキ。

口数は変わらないが、さっきからどこか上の空なテルキを見つめるメアリー。


再び、長い沈黙。二人は黙々と歩く。


「あ、ここ、ここ」


テルキが指さしたのは、家と家の間にある雑草に埋もれた小さな空き地。そこには、かろうじて「売地」と書かれた文字が判読できる看板もあった。


「どうして家が無いの?」


メアリーの言葉が引き金となったのか、一挙に、思い出したくない過去の記憶や感情がテルキの中で蘇り、表情を暗く曇らせた。そして、独り言のように話し始めるテルキ。


「両親を二人とも突然亡くして以来、かつてここにあった小さな家も土地も親戚の手に渡ってしまった。どうやら、生前、ウチの両親は親戚に多額の借金をしていたらしい。それで、その肩代わりにするため、彼らに全て取られた。両親の死後、しばらくは、俺はここで一人で生活していた。借金を少しでも返そうと死ぬほどアルバイトもした。早く大学を卒業して、社会人になったらもっと働いて借金を返そう、って考えていた。けれど、親戚たちはそんな悠長に待ってはくれなかった。むしろ、いつまでも家に居座る俺が邪魔でしょうがなかった。ある日突如、弁護士が玄関の前にやって来て、俺の両親がこの家を担保に借金をしていた、と証書を見せられ、俺は家から追い出されたってわけ・・・。夜、近くの公園のベンチに座り、行くあても頼る相手もなく、これからどうしようか一人絶望していた時、君たちの世界に呼び出されて転移したんだ」

「そうだったの・・・」

「・・・メアリー。君はあんな立派な城で生まれ育ったから想像もつかないだろうけれど、こんなちっぽけな場所のちっぽけな家であっても、俺にとっては両親との思い出がいっぱい詰まった、かけがえのない家だったんだ・・・」


そう言うとテルキの両目が潤み始め、涙があふれた。

これまで、あえてテルキの過去には触れないでいたメアリーは、その真実を知り、どういう顔をすれば良いか分からずにいた。でも、どんな慰めの言葉も、どんな優しい顔も今はいらない。ただ、彼の傍にいてあげるだけでいい。メアリーはとっさに、肩を震わせて嗚咽するテルキを背中からそっと優しく抱きしめた。


「メアリー、ごめん。もう大丈夫だ。あれ以来、ずっと心の底でもやもやしていたものも、なんか晴れそうだ。この場所と今は亡き両親に、こうやって、きちんとお別れを言うことができた。ここに連れて来てくれた君のおかげだ。ありがとう」


「うん、うん、わかった。もうそれ以上、話さなくてもいいよ。テルキ、気が済んだら行こう。とりあえず」

「ああ、うん」


そうして、来た道を引き返そうとしたその矢先。


「ルン、ルルン、ルーン♫」


鼻歌混じりで軽快にスキップする少女が、二人とすれ違った。


その少女は、空き地のすぐ隣りの家の門扉に手をかけたが、急にその手を止め、二人に向き直って、しばらく立ち尽くしていた。


「・・・ま、まさか、て、てるきお兄ちゃん?」


少女の目からはすでに、一筋の涙が光っていた。

聞き覚えのある声に、テルキも少女の顔を探るようにじっと見つめた。


「あ、飛菜ぁ!!」



「で、どういうことなの? なんで、あんな事したの?」


みんなの前で、グレースは顔を近づけ、すごい形相でルイスを問い詰める。


「・・・我らの問題じゃない。これは、彼らの問題だ」

「そんなことは、とうに分かってる!問題は、どうして、二人を向こうの世界に行かせたのか、よ! それをさっきから聞いてんの!あんた、なに寝ぼけてんの!!」


ルイスは真面目な表情で答える。


「実は、テルキが向こうの世界に帰りたい、的なことを言ったらしいんだ」

「「「え!ほ、本当ですか!!」」」


それを聞いて、ルイスとグレース以外の者たちが驚嘆する。


「正直、この問題は我々が口出しできる問題ではない。だから、彼らの好きなようにやらせた」

「ですが〜、どうやって〜向こうに行かせたのですか〜?」


ピント外れな質問。だがロイにとっては、それが一番の疑問だった。


「テルキをこちらに呼び寄せた時に使った、『召喚魔法』を応用したんだ。ただ、この魔法は誰にも教えられない。国の重要機密事項に分類される。我とメアリー、プルト様だけの秘密だ」

「・・・わかりました〜」


不満そうな顔はするが、一応、ルイスの答えに納得するロイ。


「ルイス、本当に大丈夫なのか?」

「何が?」

「あの二人よ。行く前まで、あんなにギクシャクしていたし、向こうで何かあるかもしんないよ!」


ルイスはすぐさま、答えた。


「さっき聞いたように、向こうに行く、と最終的に決めたのはメアリー自身だ。だから、その後のことは全て彼女に任せるしかない」

「でも―」

「我らは、今は彼女を信じるしかないんだ。それより、二人が帰ってきた時、テルキが治っていなかった時用の代案でも今から考えておくんだな! ね、グレース!!」


グレースは軽口をたたき始めたルイスを睨んだ。だが、すぐに視線を戻してポツリと言った。


「そうだな。わかった」


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