fil.11 作戦5

「・・・・どうしたの、二人とも?」


グレースが、テルキとメアリーに聞く。


「ど、どうしたって言われても」

「な、なんでもないよ」


どこかぎこちない二人を見て、怪しむグレース。二人の座る距離感も微妙に離れており、なんだかよそよそしい。


「はぁ〜。何があったか知らないけど、話は進めるよ!」

「ええ、進めてください」


グレースは、不安を覚えながらも話を進めた。


「今回の治療は、”寄生”を使うわ」


ー寄生ー

おもに、2つのことを指す。

一つ目は生物に取りつく虫のこと。もう一つは魔法のこと。

魔法の『寄生』とは、『呪い』に近いが少し違う。呪いは、何か(例えば、普段なら出来ること)を制限し出来なくしたり、逆に何か(例えば、暗い欲望)を解放したりするものだ。一方、寄生はむしばむこと。特定のことだけをするのではなく、宿主の中で成長していくのが寄生の特徴だ。


「今回の寄生はもちろん魔法の方。使うのは、ロイが開発した『魔巣吸寄生』。魔力を吸収するものなの」

「あの〜」

「補足か、ロイ?」

「ええ〜。実は〜今回の寄生は〜魔法と虫の〜ハーフなのです〜」

「何だと!そんな話、聞いてないぞ!」

「大丈夫です〜。害はありません〜。ただ〜他の寄生魔法とは違って〜繁殖をするのです〜。だから〜より短期間で〜治療できるのです〜」


頭を抱えてグレースは、ロイに苦言を呈する。


「ならば、それを早く言ってくれ!」

「ごめんです〜」


いつもののんびりした口調で、ロイは謝る。


「フフフ。体内に虫を飼うのか。こりゃ、面白い!テルキにぴったりの魔法じゃないか!しかも、そいつら繁殖するんだろ。うわっ、それ想像しただけでブルブルするわ。テルキちゃん、繁殖頑張ってな!コオロギちゃんかな~?それとも、スズムシちゃんかな~?あれれ、ひょっとして、ゴキブリちゃんかも~?ロイ!そいつら、鳴かねーのか?」

「ハハハ」


ルイスの軽口に苦笑するテルキ。

だが、メアリーは何も言わない。


 普段なら、ここでメアリーが軽率なルイスを怒鳴るのに・・・


グレースは不思議がる。

よく見ると、さっきから冗談を言っているルイスも、ちらちらと意味深なまなざしをメアリーに向けているため、余計に勘ぐり深くなる。


「と、とりあえず、今日は遅いから、また明日集合!では解散!」


無理やり今日の会議を散会にする。

全員がよそよそしく帰っていった。


その様子を見て、アルラスも不安に思うのであった。



「それでは〜、始めます〜」


緊張した面持ちで、ロイが魔法を唱える。


「魔を取り込み、枯渇させよ『魔巣寄生マジネスト・パラスティク』」


紫色の魔法陣がテルキの体の中へと入っていく。


「う、ううう!!」


最初は苦しそうにしていたテルキだが、次第に落ち着きを取り戻していった。


「はぁ、はぁ・・・」


息を整え、呼吸を落ち着かせる。


「とりあえず経過を見よう」


これで治療は終わった。その間、メアリーは一度も口を開くことはなかった。



「あなた達、本当にどうしたの?」


椅子に座るテルキに話しかけるグレース。


「・・・喧嘩をした覚えは無いんだ。ただ・・・」

「ただ?」

「この前医務室で一人のときに、愚痴をもらしてしまったんだ。それを彼女に聞かれたのかもしれない・・・」


そう言って、うなずくテルキ。


「それは、どんな愚痴?」

「・・・一度でもいいから故郷に戻りたい、的な愚痴かな」


その返答を聞き、グレースは言葉を詰まらせる。

変な愚痴だったらテルキを叱っていただろう。だが、この愚痴については何も言えなかったからだ。

こちらの世界が勝手にテルキを呼び出した。むろん、グレースが呼び出した訳では無い。だが、それでもだ。この世界の一人として、テルキに対して罪悪感がある。


「じゃあ、グレース。またね」


テルキは立ち上がる。グレースは座ったまま、何も言えなかった。



「おい、メアリー」


いつになく真剣なまなざしのルイス。


「なんですか?」

「なんですか、ではない。お前らギクシャクし過ぎだろ。何があった?この前も、急にあれを進めろと言い出すし・・・」


メアリーは最初は静かにうなずいていたが、みるみるうちに涙をこぼし始め、医務室でのテルキの愚痴についてルイスに語った。


それを聞いたルイスは、押し黙った。かわいい妹を悲しませ、困らせているけれど、テルキの想いを否定する資格は、この世界の誰にもなかった。


返答に困っていると、メアリーは部屋に戻ると短く言い残し、出て行った。今のルイスには、その小さな背中を見守ることしかできなかった。



今回の治療作戦の結果は非常にシンプルなものだった。


 失敗。


それ以上でもそれ以下でもなかった。

もう少し詳しく言えば、テルキの体は『寄生』を体内で滅殺してしまったのだ。

それだけの結果だった。

その結果に誰も質問もしなかった。明らかに治療チームに、万策尽きたかのような失望感が漂い始めていた。


それから一ヶ月後。

その間、テルキとメアリーの関係は相変わらずギクシャクしたままだった。

お互い話はするが、会話は長く続かずにいた。

治療の他のアイデアも出てこず、テルキが暴走するのを食い止める日々が続いた。


さらに一ヶ月後。

メアリーが勇者パーティーのメンバー、それにアルラスとキャシーを集めた。


「今日、みんなに集まってもらったのは新しい作戦についてなの」

「何か〜久しぶりですね〜」


キャシーが呑気に言うが、場の空気は張りつめていた。


「今回の実験を手伝ってくれるのは、大魔導師のプルト様」

呼ばれて出てきたのは、中年の長身の男性。長い三角帽子を被り、紫色のローブを身にまとっていた。魔王討伐のときに、テルキたちがお世話になった伝説の魔法使いの一人だ。


「何で、大魔導師様が?」


テルキが聞く。


「今回の作戦に必要だから」

「作戦は?」

「・・・テルキを一時的に元の世界、地球に戻すの」


・・・・・・え!?


一同誰もが驚いた。この作戦を事前に知っていたルイス以外は。


「メ、メアリー、な、何で!」

「・・・・・・」


テルキの問いかけに、メアリーは口を閉ざした。


「メアリー嬢、行きますよ!?」

「プルト様、お願いします!」


プルトは魔法の詠唱を始めた。


長い長い、どこの言葉かも分からない詠唱を唱える。すると、次第にテルキの足元が光だし、テルキを包み込んでいく。


「ち、ちょっと、こ、これは・・・」

「テルキ、一日後には、ここにまた戻ってくるから。それまで・・・楽しんできてね」


テルキに向かってメアリーは悲しく笑いかける。


「ま、まっ―」


テルキはみんなの前から、姿を消した。


「メアリー、これでよかったのか?」

「ええ、兄様。これで―」

「そういうことじゃない!お前は行かなくてもいいのか?」

「え!?」

「向こうに行かせて後悔しないか?変わってしまうかもしれないんだぞ!」

「だから、その覚悟を―」

「そんな人任せの覚悟は、『覚悟』とは言わぬ。何が起ころうと最後まで見届けることが、本当の『覚悟』だ。ほんとに後悔するぞ!勝手にテルキを向こうに行かせて、本当にそれでいいのか!!」


ルイスが大声でメアリーに問い正す。

メアリーは力なくうなずく。

いや本当は、テルキと一緒に私も行きたいという気持ちと、行きたくない、真実を知るのが恐い、という想いが心の中ではずっと交錯していた。

 

 でも、ルイスの言う通り。行かないで後悔するより、行って後悔するなら・・・


迷いが吹っ切れたようにメアリーは顔を上げ、ルイスに向かってはっきりと言った。


「行きたいです!本当は私も行きたいんです!!」

「わかった、メアリー。本当の覚悟ができたようだな・・・プルト様、できますか?」


プルトは少し苦笑しながら言う。


「オホホホホ・・・私に魔力を少しいただけるなら・・・」

「わかりました」


ルイスは魔力をプルトに流し込んだ。


「では、いきます」


プルトは再び長い詠唱を唱え始めた。


しばらくすると、テルキと同じようにメアリーも足元から白い光の渦に包み込まれていった。


「頑張れよ、メアリー!何が起きても、見届けるんだぞ!!」

「はい!」

「・・・」


最後にそう言い残して、メアリーもこの世界から消えた。


一連の出来事を呆然と眺めていたグレースだが、ふと我に返った。

部屋から出て、外のテラスで夜風に当たっていたルイスに、グレースは掴みかかる。


「ちょ、ちょっとこれは何よ、ルイス!? ちゃんと説明しなさい!」

「ああ、しっかり説明するさ」


怒っているグレースをけん制しながら、ルイスは夜空の満天の星を見上げて答えた。


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