fil.10 世界は
「どこまで調査は進んでいる?」
きらびやかな服装の男が隣の従者に聞く。
「は!勇者がどうやら何かの病にかかり、現在それを治療中だというところまでは調べがついています」
「そうか。ご苦労」
男は従者を下がらせ、一人になる。
「ククク。あいつが、あいつが。ククク。よーやく尻尾を出しやがった」
不気味な笑い声が部屋に響く。
「ククク。ハーハハハハ!」
◇
「国王様!またも失敗との連絡が」
その言葉を聞き、王はため息をつく。
「そうか、・・・わかった」
椅子にもたれかかり、天井を見上げる。
治療が始まり早二ヶ月。今だ治っておらず、ある程度、症状を抑えれているだけ。
国王にとって悩みの種だった。
勇者様はワシの義理の息子であり、孫までいる。なんとしても助けたい。だが、国王としての体面もある。ほとんどの大臣は治療に国家予算を使うことを反対はしなかった。むしろ積極的な者までいた。だが、事情を知らない貴族で不審がる輩もいる。内政問題の火種にもなりかねない。しかもテルキ殿と対立関係にある輩ばかり。それを抑えるのも一苦労だ・・・
もう一度深いため息をつく。
「はぁ〜〜〜」
だが、国王はいつもの毅然とした態度に戻った。
どんなことがあろうと、必ず娘たちを守ってみせる。
◇
王都内で、まことしやかに囁かれている一つの噂があった。
「勇者様が病気?」
「いや、あくまで噂の話だ」
小さな酒場で、二人の冒険者達が話をしていた。
「本当なのか?」
ロングソードを持つ男が聞く。
「だから、あくまで噂だ。不治の病だったり、寄生虫に寄生されてるだの・・・。
ただ、一個信憑性の高い噂がある」
「何だ?」
「実は魔法中毒になっているんじゃないのか、っていう話だ」
「本当か!」
「しっ、声がでかい。
最近王家が所有する森の方から爆発音が聞こえるじゃないか、小さくだが。あれは勇者様が暴走したからだ、ともっぱらの噂だ」
「でも、国は、あれは魔法研究のための実験をしているからだと―」
「バカ!そんなことを馬鹿正直に国民に言えるわけねーだろ。もしも勇者様が魔法中毒になったとしたら、この世界が滅びかねん。国中、パニックに陥る。だから、その不安を俺らが抱かないために国は事実を隠してんだろ!」
「なるほど」
この噂は王都内の随所でささやかれていた。
噂だけに、国民たちは余計不安に駆られていくのであった。
◇
「次は〜所沢〜所沢〜」
電車内にアナウンスが響く。
「じゃあね!」
「うん!また明日!」
一人の少女が友達と別れ、電車を降りる。
改札を抜け、閑静な住宅街へと進む。
家に着き、門を開けようとする。が、すんでのところで手を止め、隣の空き地を見る。
「兄さん。どこに行ったの・・・」
悲しくつぶやく。
カバンの中にある携帯を取り出し、アドレス帳から番号を探す。
「あった」
ボタンを押し、電話をかける。
「・・・おかけになった電話番号は現在使われておりません―」
いつも通りの返答が返ってくる。
「どこに行ったの?」
空を見上げ、つぶやくのであった。
◇
「はぁー・・・、はぁー・・・」
暗く薄気味悪い場所。
フードを被った二人の男がいた。
小さな箱を大事に抱え、豪勢な棚に置く。
「できるんだろうな?」
「ええ、もちろん。何とか回収しましたし、可能です」
男は答える。
「そうか、あの方がもうすぐ・・・。一族たちに、この事を伝えろ!」
「は!しかし、勇者については・・・」
「心配ない。あやつは不治の病にかかっている。治るわけが無いし、まともに戦えない。心配するだけ無駄だ!」
「わかりました」
命令を受けた男は暗闇に消えた。それを見届け、男はつぶやく。
「これでこの世界は・・・」
◇
「はぁ〜」
開いた窓から外を眺め、テルキはため息をつく。
ここ最近の半分を過ごす医務室で、先程までテルキは寝ていた。
大きく伸びをしてもう一度ため息をつく。
「最近昔のことをよく思い出すな〜」
独り言を言った。
『地球』の『日本』で過ごしていた日々。寿司やラーメン、漫画やアニメ。沢山の文化のこと。別れを言えなかったあの少女のこと・・・。
「心残りは無い、とは言ってみたものの、やっぱり未練があったんだな~」
テルキといつも遊び、いつしか心の支えにもなっていた少女。この感情は誰にも言えなかった。
空を見上げ、想いを噛みしめていた。
◇
医務室のドアの前。
メアリーは一人でドアの前に立ち、開けるのをためらっていた。
ドアを開けようとしたとき、部屋の中からテルキの独り言を聞いてしまったからだ。メアリーは部屋に入るのをやめ、医務室を後にした。
「そっか・・・やっぱり未練がある、か・・・」
目に涙があふれてきた。
「もうこれしか方法は無いのかな・・・」
メアリーは悩みに悩み、ルイスのところに向かった。
トントン
部屋をノックする。
「どうぞ〜!」
「失礼します、兄上」
「メアリーか。どうした?」
メアリーは近くの椅子に静かに座る。
「兄様」
「どうしたの~?メアリーちゃ~ん?」
軽口でふざけるルイスだが、メアリーが、いつになく真剣な表情をしているのを見て、すぐにやめる。
「兄様、大事な話です」
「・・・何だ・テルキのことか?」
「ええ。考えたんですが、やっぱり、あの話を・・・」
「メアリー。前に言ったはずだ。やめておけ!」
声を荒げて言う。
「ですが、兄様。もうそれしか・・・」
「・・・メアリーよ。わかっているのか?お前が苦しむかもしれんのだぞ!!」
「はい。覚悟はできています」
まっすぐにルイスの目を見つめるメアリー。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
兄妹に長い沈黙があったが、先にルイスが折れた。
「わーかった、わかった。進めておくよ」
「ありがとうございます!」
メアリーがルイスの部屋を出て行った。
ルイスは執務室の椅子に腰かけ、机の引き出しの奥にあったファイルを取り出して、開いた。
これをやるしかないのか・・・
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