二夜目

…やぁ、昨日ぶり。

どうやら、推測は当たっていたようだね。まさか、昨日の今日で来るとは思いもしなかったけれど……って、うん?どうしたんだい、そんな呆けた顔をして。

…ああ、少し御呪いの効き目が弱かったかな。

(声 かなり距離が近くなる)よっ…と。


(SE 耳を両手で塞いで動かす音)


……どうかな。思い出せたかい?


(SE 手を離す音)


……うん。(声 元の距離に戻る)…大丈夫、みたいだね。

…どうしたんだい、まだ顔色が良くないけれど……忘れてたこと?ああ、それか。

本当はね、夢のことを覚えること自体、おかしいんだよ。私が少し、ズルをしているだけ。


(少しの間)


(声 笑うような声)…にしても、優しいんだね。

忘れてたことで私が傷付くことを恐れる。そうじゃなきゃ、そんな表情はしないでしょう?

……よし、少しだけサービスだ。今日は最初から、素敵な場所に連れていってあげよう。

ほら、こっち。…膝だよ、膝。……よし、偉いね。

それじゃあ、夢の旅路へ、ご案内………。


(SE 耳を両手で塞ぐ音 徐々にフェードアウト)

(声 ここからトーンを落として環境音を主役に)


今日は……そうだな、私の隠れ家のような場所にしようか。

静かな、山奥。少し古ぼけた屋敷。そこで揺り椅子に揺られながら、耳を澄ませている。


(SE ぎしりと揺り椅子の木が軋む音 一回だけ)


近くの暖炉に一つ薪を投げ入れて、火を付ける。


(SE 薪の置かれる快音 小さめに)


……パチパチと音が鳴るのを聞いていると、安心…というのかな。穏やかな気持ちになってくるね。離れているはずなのに、少し暖かいような。


(SE 暖炉のパチパチ音 続ける)

(SE かなり小さめの吹雪の音 続ける)


外の雪が見えるかな。風も小さいし、降っている量も少ないから…音としては聞こえづらいかもしれないけど、微かに窓を打っている。静かにしていればきっとわかるさ。

(SE 湿った雪が落ちる音を小さく)…ああ、今、枝から雪が滑り落ちたね。聞こえた?


……ふふ、こういうところに住んでみるのも良いだろうなぁ。不便ではあるだろうけど、きっと静かで、素敵だ。

暖炉の音と、外の音。それだけに、じっと耳を澄ませて……静かだけれど、音がある。矛盾しているように見えて、いざ体感してみるとそうでもなかったりするんだよ。


(SE 肌を撫でる音)

(長い間)


本を片手に、グラスを傾けて。心の底から、景色と、物語を楽しんで。酔いが回ったころには、ブランケットをかけたまま、気持ちよく寝れるように……。


(間)

(SE グラスを傾けて氷が鳴る音)


どうかな、グラスの氷。よく響く、綺麗な音だよね。たまにこうやって鳴らしてみたくなるんだ。

…飲ませてあげることはできないけれど、音だけでも楽しんで……というのは、ふふ。生殺しが過ぎるのかな?


(SE 一口飲む音)

(間)


……たまに、自分にびっくりする。静かな一人の時間が好きなくせに、こうやって、誰かと一緒に何かを楽しむことが嫌いじゃないんだ。

(声 少し切なそうに)………君も、そう思ってくれていたら嬉しいんだけどね。


(間)

(SE 肌を撫でる音)


……うん。少し、気分を変えたいから。名残惜しいけど、別の場所に行こうか。


(SE 耳を塞いでいた手を離す音)

洋風は十分楽しんだだろうから、次は…和の装いに。


(SE 耳を塞ぐ音 徐々にフェードアウト)

(SE終了 暖炉と雪の音)


まぁ、やっぱり畳は外せないよね。あとは囲炉裏と、縁側と……え?ああ……そうだよ。この音と景色は…あー、まぁ厳密には少し違うんだけど……私が作った景色を、君に見せてるってイメージで構わない。でも、夢だから、基本的には君の記憶を元にしてる…はず。つまり、現実の出来事に引きずられるんだ。ファンタジーな音は無理ってことだよ。

……質問はもういいかい?じゃあ、続き……よし、ここは、これで……っと。


(SE 虫、鳥の声がフェードイン 流し続ける)


風鈴と迷ったんだけれどね。君に語って聞かせるとなると、秋の夜空の方がいいと思ったんだ。…私が、好きだからって理由だけど、ね。

でも、いいだろう?余裕がない時は騒がしく感じることもある。でも、落ち着いて聞けばそこまで耳障りでもないんじゃないかな。具体的すぎてロマンチックさに欠ける話だけれど、鳥の囀りなんかは1/f揺らぎだとか、耳に心地よくなるような音らしいしね。


(SE 肌を撫でる音 しばらく)

(間)


……君が暮らしている場所によっては、こういうの、もうあまり聞くことはできなかったりするのかな。車の音、外にいる人の声、街頭広告から流れる音楽……あれもあれでオツなものではあるけれど、時々自然が無性に恋しくなりそうだ。君は、その辺りどう?


(間)


…っと、雲が途切れてきたね。月が見えないのは勿体無かったからよかった。

お。あれは、満月………じゃ、ないね。ほんの少しだけど欠けてる。作る時に特に意識してないから、現実の方…君が今夜見た月がそうだった、とか。


(間)


……不思議だよね。九分九厘は姿を見せていて、十分美しいはずなのに。なぜか、物足りなく感じてしまう。

(声 微かな笑いが混ざったような喋り出し)…まぁ、でも。

この様子なら、明日か明後日には満月だろうし、その時に見れば……(声 落ち込んだようなトーン)


(SE 息を吸う音と大きな溜息)


……君が明日や明後日に来てしまったら、だね。

連続で来る人は居なかったから、つい浮かれでもしたのかな。そのことをすっかり失念してしまっていたよ。

……忘れないで、ここに来るのは疲れきった寂しがりだけなんだ。

(声 切なそうに)何度も来ることは、おかしいんだから。


(SE 肌を撫でる音)

(間)


……すまない、変な雰囲気にしてしまったね。

今日の旅はここが最後だから、あまり深く考えずに寝てしまうといい。

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