1-4 爆弾
唖然と見守る内に、鋭利な凶器となった金髪の腕が鳶色弟の胸元目掛けて繰り出された。
「待て!」
叫んだのは、私だった。しかし、それでどうにかなる訳でもない。ドリルの尖端はあっさりと鳶色弟の胸に吸い込まれていく。――直後、その身体が弾け飛んだ。
何が起きたのか分からなかった。文字通り爆ぜたのだ。丁度穿たれた鳶色弟の胸の辺りから縦横に亀裂が走り、バラバラになった上半身の肉片が周囲へと降り注ぐ。
辛うじてその場に留まった下半身も、遅れてどさりと膝を折って頽れた。
凄惨な現場の中、金髪は笑っていた。どこか恍惚とした愉悦の表情で、口元に掛かった血液を舌で舐め取る。鋼に変じていた腕は、その後何事も無かったかのように元通り生身の腕に戻っていった。
そうして、反対の手で掴んだままだった鳶色弟の頭――最早、生首と化しているそれを、ゴミでも捨てるみたいに無造作に放り投げたのだ。
「あ……あぁっ、あっ!!」
茫然自失の
慟哭が上がった。金属の壁面に反響し、増幅する。それは、聴く者の耳と心を責め立てるような、深い嘆きの叫びだった。
「なんてことを……」
思わず漏らした私の嘆息を拾い、金髪が不機嫌そうに片眉を上げてこちらを見た。
「あ? 何か文句あんのかよ」
吊り上がった赤眼にギラリと危険な光が浮かぶ。気の弱い人なら竦み上がりそうな威圧感があった。
「バケモン放置しといたら危なくなんのはこっちだろうが。セートーボーエーだっつーの」
「だとしても、もう少しやりようがあっただろう。拘束するとか」
「甘いこと言ってんじゃねえよ。んなヨユーがあるかよ」
「しかし、何も血縁者の前で、あんな……」
生首を抱えて泣き喚く鳶色頭にちらと視線を投じてから、私はやるせない気持ちで目を逸らした。
「……残酷な」
「あぁ? 言っとくが、ぶっ飛んだのはオレのせいじゃねーぞ。なんか知んねーけど、胸ぶっ刺すとバクハツすんだよコイツら」
「何?」
「――爆弾」
不意に、白銀の青年が呟いた。私と金髪が同時に彼の方を見る。彼は思慮深げに目を伏せながら述べた。
「〝食人鬼〟の弱点は心臓だって言ってたよね。〝吸血鬼〟も同じなのかもしれない。理性があるからといって、従順であるとは限らない。増してや、こんな目に遭わされた相手に反発心を抱かない訳がない。それを従わせるには、向こうが優位に事を運ぶ為の切り札が必要だ。例えば、そう――
最後にトン、と己の胸元を人差し指で示し、彼は小首を傾げてこちらを窺った。私と金髪は絶句した。
「なっ!」
――私達の胸に、爆弾が仕込まれている?
「そんな……」
「まぁ、憶測だけど。仕掛けたのは、薬を盛ったのと同じタイミングだろうね」
「だが、そんな痕跡は」
敗れた服から露出したままの己が胸元に目を遣る。そこには、やはり傷一つ見当たらない。それだけ大掛かりな処置を施したのなら、何らかの痕が残っていて然るべきだと思うのだが……。
白銀の青年の見解は、こうだった。
「治ったんだと思う。〝吸血鬼〟に成る際に。それ以前は、鎮痛剤とかで痛みが無くて気付かなかったんじゃないかな。〝人間〟か〝食人鬼〟で胸部が無事な子を確認すれば、何か分かるかもしれないけど……」
青年の視線に釣られるようにして、改めて辺りを見渡した。そこにはやはり、変わり果てた遺体の山が広がっているばかりだ。互いに喰らい合った結果か、それとも青年の言うように爆弾の所為なのか、皆見事にバラバラな肉片と化している。
これでは、
生き残ったのは――。
私と白銀の青年、金髪、鳶色兄、それから、部屋の片隅で膝を抱えて震えている赤毛の女性。更に、奥にもう一人。長い前髪で顔の隠れた陰気そうな男が、壁に寄りかかりながら俯いて爪を噛んでいる。
――これだけか。
いつの間にか場も静まり返っている。すると、互いの呼吸音すら聞き取れそうな静寂の中に、
「……くも」
ぽつりと、その声が落とされた。抱えていた弟の生首を地面に下ろして、鳶色兄がすっと立ち上がる。――そして、
「よくも弟をッ! 殺してやる!!」
咆哮と共に、彼は金髪目掛けて突進した。振り上げたその右腕が、突如として青い炎に包まれる。私は目を剥きながらも咄嗟に間に入り、鳶色兄の肩を掴んで制止した。
「待て、落ち着け!」
炎に触れないように気を付けながら、内心動揺を禁じ得ない。この炎は一体何だ? 幻ではない。きちんと熱気を感じる。金髪の男の腕といい、何が起きている?
「離せぇっ! 邪魔をするな!」
鳶色兄は逃れようとするが、ひとまずその炎を私に向ける気は無いようだった。そこに一筋の理性を見出し、私は何とか説得を試みる。
「気持ちは分かるが、私達の間で傷付け合ってどうする!」
「もうイヤぁあっ!! こんなのイヤぁあっ!!」
痛切な嘆きが割って入った。赤毛の女性だ。座したまま両手で頭を抱えて振り乱す。その心情は痛い程理解出来るが、こちらの気分まで滅入りそうだ。
いよいよ場が収集のつかない状況に陥りかけた時、それは満を持したように訪れた。
「そろそろ結果が出たようですね」
スピーカーから流れた聞き覚えのある甲高いテノールに、会場内の誰もが反応を示した。
皆が一斉にモニターを見上げる。やがて、ぷつんという電子音の後に、大画面には再びあの白衣の男の姿が映し出されていた。
「てめぇ……」
皆を代表するように、金髪が低く唸った。
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