1-5 祝福

 白衣で眼鏡の男は、最初に顔を見せた時と何一つ変わらない様子だった。考えてみれば、兵士を育成する機関の責任者にしてはおかしな点ばかりだ。その出で立ちは、軍人というよりもどう見ても研究者のそれだろう。

 ここは、軍用機地ではなく実験施設だったのだ。……今更気が付いたところで、もう遅いが。


「まずは、生き残った方々、おめでとうございます。あなた方は、より強力な生命体として見事に生まれ変わったのです。――そう、我々人類の未来の救世主たる存在、〝吸血鬼〟に」


 画面を睨み据える私達の視線などどこ吹く風で、男はにこやかに拍手までしてみせた。その慇懃いんぎん無礼な態度は、煽っているのかとしか思えない。

 すかさず怒声を発したのは鳶色兄だった。彼の炎は現在消えている。


「ふざけるな! お前の……お前らの所為で、弟は……弟はっ!」

「ああ、それは残念なことでございました。我々としても不本意な結果です。しかし、双子のご兄弟であっても必ずしも二人ともが細菌に適合する訳ではないと知れたのは、なかなかに興味深い研究成果ですね」


 、だと?


「ッ……お前!!」


 血液が沸騰した。これ程までに人に怒りを覚えたのは初めてかもしれない。

 当事者である鳶色兄は私の非ではないだろう。彼は憤激し、画面の男に向かって半歩身を乗り出した。だが、相手が画面の中ではどうしようもない。行き場のない感情を持て余すように、彼は震える拳を強く握り締めて唇を噛んだ。

 しかし、先程男が返答したことで、どうやらこれは録画の類ではなくリアルタイムでこちらと繋がっている映像だということが判明した。私は抗議代わりに男に疑問を投げ付けた。


「何故、こんなやり方をした? 細菌に感染させることが目的なら、錠剤にする必要はあったのか? わざわざ大勢を集めたタイミングで一斉に発症させるような真似をしたのは、どうしてだ」


 まるで、そう――私達を殺し合わさせようと、画策したみたいな。


「兵士としての訓練の一環ですよ。〝食人鬼〟と闘わざるを得ない状況を作り上げることで、皆さんには己の〝吸血鬼〟としての力の使い方を学んで欲しかったのです。実際に何人かの方は能力を覚醒させたようで何よりですよ」


 その口ぶりだと、ずっとこちらの様子を監視していたのか。

 ――〝吸血鬼〟としての力?

 脳裏に浮かんだのは、金髪の腕の形状変化と鳶色兄の青い炎の件だった。そういえば、〝吸血鬼〟は特殊な固有能力を持つと男は言っていた。

 一つ、謎が解けたが――。


「そんな理由で……」


 それだけの為に、私達はあんな地獄に放り込まれたというのか。

 怒りを通り越して、愕然とした。そこへ、金髪が苦々しく吐き捨てる。


「けっ、大体オレは兵士だってどうでも良かったんだ。腹いっぱいメシが食えるって聞いたから付いてきただけだっつーのに、こんなの聞いてねえよ」

「おや、そういうことでしたらフランス料理でもイタリア料理でも何でもお好きなだけご用意致しますよ。〝吸血鬼〟の主食は血液ですが、通常のお食事も嗜好品としてはお摂りになれますので。他にも暮らしに必要な日用品などご入用なものがございましたら、皆さん何なりとお申し付けくださいませ」

「な、何だよ急に。気持ちわりーな」


 予想外に丁重な返答に、金髪が鼻白んだ。白衣の男は得意げだ。


「当然の措置ですよ。皆さんは特別な存在。人類の希望。言うなれば、大切なお客様ですからね。私生活においては、こちらとしても可能な限りの好待遇をお約束致しますよ」


 何だ、それ。


「ご機嫌取りってところかな。俺達の反発心を抑える為の。焼け石に水だと思うけどね」


 白銀の青年が皮肉を言うも、男はさして気にした風もない。


「そう思って頂いても結構ですよ」

「……特別な、存在」


 その時、初めて聞く声がした。あの前髪の長い男だった。それまでずっと心ここに在らずな様子で俯きがちだったのが、気付けば顔を上げて画面に見入っている。

 前髪の隙間から見える素顔には、どこか高揚の色があった。白衣の男の話に感じ入り、歓喜してでもいるような――。

 場違いなその反応に、私は何だか背筋に寒気を覚えた。何故だろう、胸騒ぎがする。


「だ、だったら、帰らせてよ!」


 赤毛の女性の訴えで、ハッとした。


「わたしだって、本当は闘いたくなんてない! 兵士になんか、なりたくないのに! 無理に連れて来られただけなの!」


 彼女は泣き腫らした赤い目で切々と紡いだ。だが、白衣の男はにべもない。


「残念ながら、そのご要望はお受けできません。皆さんには、兵士となって我々人類の為に闘って頂くことが大前提ですので。もしもそれを拒むのなら、人類への敵対行為と看做して、悲しいことですが皆さんを処分しなければいけなくなります」

「処分だと?」


 またぞろ物騒な単語が飛び出してきた。白衣の男が仰々しく頷く。


「ええ、先程皆さん自身でも既にお気付きになられていたようですが、皆さんの体内――心臓部にはマイクロチップが埋め込まれています。普段は皆さんの居場所を把握する為の発信機として使用されますが、もしもの場合は皆さんの心臓を破壊する機能も備えているのです。〝吸血鬼〟の唯一の弱点も、心臓ですからね」


 舌打ちをしたのは、金髪か。

 予想していたこととはいえ、皆少なからず衝撃を受けたようだった。

 ――私達の胸には、本当に爆弾があったのだ。


「ですので、あまり反抗的な態度は取らないことをお勧め致します。早速、これから皆さんをお迎えに上がりますが、決して妙なことは考えないように。我々としても、貴重な適合体を失いたくはありませんからね」


 貴重な適合体……〝人類の希望〟で〝大切なお客様〟だとのたまったのと同じ口でそれを言う。隠しきれていない本音に、乾いた笑みが漏れた。もしかしたら、隠す気もないのかもしれないが。

 その後、画面は点いた時と同じ音を立てて素っ気なく消えた。次に会場の鉄の扉が開かれるまでの間、場にはひたすらに重苦しい沈黙が流れた。

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