外伝3 さすらいの無職
「家賃払え!」
建部はドアを乱暴に開け、ペルゲに詰め寄った。
「なんだよ急に⁉︎」ペルゲは突然のことに驚きを隠せなかった。
「家賃がまだ未納だ! めんどくさいから年間分前払いで払うって約束しただろ? 忘れたとは言わせないぞ!」
「・・・忘れてた。」
建部はため息をついた。彼は計算事務所アルゴリズムの家主であり、ペルゲと積が事務所を運営しているが、家賃の滞納が問題だった。しかし、なぜ建部が事務所にいるのか? それは深い訳があった。
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数年前、ペルゲたちは計算事務所アルゴリズムを立ち上げるために動いていた。
「事務所をどこにするかが問題だな。俺一人じゃ探すのも限界がある。二人とも手伝ってくれないか?」
広瀬潔がペルゲと積に頼んだ。
「分かりました。全力で探します!」
そう二人が即答する。
「だが、不景気だ。事務所の設立後に経営がうまく行かなくなったらどうする?」
「積、だからこそ立地が重要なんだ! 立地次第で成功か失敗が決まる。田舎のラーメン屋より都会のラーメン屋の方が儲かるし、高いところにある看板よりも、目の高さの看板の方が目に留まる。つまり、最適解は計算で導ける!」
二人はそう言い合いながら、どこかへ出かけた。
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一方、建部は大企業のIT企業からリストラを受けたばかりだった。 入社したばかりでもなく、かといってベテランの部類でもないのにも関わらず、建部は内心驚きであった。建部は地元に帰り、常連であったバーに足を運んだ。人は誰一人入っておらず、まるで貸切のような状況であった。
「いらっしゃい。」
マスターが建部を迎え入れる。
「俺、クビになった。もち、やることがない。」
建部は深い溜息をつきながら言った。
「実は私も店を閉めようと考えていたんですよ。不景気で客が来ないし、体もガタが来ていてね。」
建部は思わず笑ってしまった。まさか自分も、マスターも失業の危機とは。
「どうだい、一杯飲まないか? もちもち、今日は俺の奢りだ。」
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
『カチャン』乾杯の音が静かな店内に響く。
二人は一口飲み、味を確かめた。
「ところで、この店はどうする予定なのか?誰かに譲るとかもう決まってんのか?」
「いえ、特に何も決まっておりません。もしや何か店でもやられるおつもりですか?」
「いやいや、そんなことない。まぁ、そこそこ中心部だし、すぐに出てった後誰か入るだろ。」
しかしマスターは首を横に振った。
「実はここはあたしの所有物件です。」
建部は驚いた。
「まじで⁉︎あんたすげーな。」
「えぇ、昔安かった時に購入し、せっかくだからと店を開いた訳です。だから思い入れのある場所なんです。可能なら信頼できる方にお譲りし、使っていただきたいのです。」
建部は少し考えた。
「俺店やるか?もち、俺無職だし。」
マスターは少し嬉しかった。
「ありがとうございます。ですが無理しなくてよろしいですよ。」
二人は笑い、最初の寂しさはどこかへと消えていった。
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次の日、ペルゲたちは父であるフェルマーの元を訪れ、物件探しの相談を持ちかけた。
「近所にあるバーが閉店するらしい。そこを訪ねてみてはどうだ?」
その言葉を受け、ペルゲたちは早速そのバーへと向かった。
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バーの前には「準備中」の札が掛かっていた。
「今は無理か・・・」ペルゲが諦めかけた時、マスターが現れた。
「何かご用ですか?」
積が慌てて事情を説明すると、マスターは信頼できる人物がいれば物件を譲ることを考えていると言った。
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その夜、建部は再びバーを訪れ、いつものようにカクテルを頼んだ。しかし、その直後、ペルゲ、積、広瀬の三人が現れた。
「連れて来たぜ! 数学界のアポロニウス、広瀬潔を!」ペルゲが堂々と言った。
「ここを私たちに譲っていただけますか?」広瀬がマスターに尋ねた。
しかしマスターは建部の方を見た。
「実は、この店を建部さんに譲ることにしているんです。」
「何だって⁉︎」
ペルゲが驚きの声を上げた。
「俺たちはここが必要なんだ。マスターに頼んでいるのに・・・」
「悪いが、俺は譲らねぇよ。」建部が低い声で言った。
広瀬は一瞬黙ったが、すぐに笑顔を浮かべた。
「では、あなたに質問です。ここをどんな店にするつもりですか?」
「・・・まだ決めてない。」
「計画もなしに開業するとは、少々無謀ですね。ちなみに、前職は?」
「エンジニアだ。」
「エンジニアなら、計画的に物事を進めるはずでしょう?」
建部はだんだんと苛立ってきた。
「うるせー! とっとと帰れ!」
しかし、広瀬はさらに食い下がった。
「では、こうしましょう。私たちがここを手に入れるべき理由を、数学的に説明しましょう。」
そう言うと、ペルゲを前に押し出した。
「こいつが『計算鬼』だ。さぁ、ペルゲ、説明しろ。」
突然のことにペルゲは困惑したが、すぐにメモを取り出し、説明を始めた。
「この土地は大通り沿いで、フロアの高さも最適。そしてこの周辺の不動産価格は年々上昇傾向だ。さらにここはバーで、常連客が期待できる場所。将来的に資産価値も高い・・・、ところでマスター、ここは築何年の建物ですか?」
マスターは素直に答えた。
「築50年です。」
ペルゲは電卓を取り出し、計算し始めた。
「となると、重回帰分析の結果かなりの値がつくでしょう。5000万はいくでしょう。そして何より、ここがバーであったこと。バーは常連が来るし、おまけに送り迎えをする方もいる。タクシーの出入りのしやすさもあるので、太客の出入りもしやすいでしょう。あとは広瀬先生の気に入り具合・・・ですかね?」
建部はペルゲの説明に耳を傾けながら、心の中で驚いていた。
「こいつら、すげぇな・・・」
「合格だ。お前らに任せてもいいだろう。どうだ、マスター?」
「はい、建部さんが納得したのなら問題ありません。」
こうしてバーは閉店し、計算事務所アルゴリズムの拠点となった。そして建部もまた、アルゴリズムの仲間として加わることになった。建部は内心嬉しかった。職につけたことと、新たな仲間を手に入れたからである。
計算記 にゃーQ @inkyasennin
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