第17話 神々の審判
静寂を破るように、『ブーっ』というエラー音が計算空間に響き渡った。
「何だ?」
デカルトは表示された「ERROR」に眉をひそめる。彼の解答は誤りで、ペナルティとして1分間の解答禁止が科された。だが、残り時間はすでに1分を切っている。彼に挽回の余地はなかった。
焦燥感が計算空間を支配する中、残りの三人も必死に答えを導こうとするが、脳内の計算が頭の処理能力に追いつかない。諦めかけたその時だった。
ペルゲの手元にある計算機エニグマが、水面に落ちた一滴の水が同心円を描くように静かに反応し始めた。瞬く間にエニグマは再び作動し、砂が空中に舞い、複雑な計算式を描き出す。その動きは芸術のようであった。
「そうか、そういうことか。解けたぞ!」
ペルゲは冷静に、解答用紙に答えを書き上げ、審判に提出した。
計算空間の中央にペルゲの解答が浮かび上がる。次々と表示される「CORRECT!」の文字。ペルゲの心は高ぶったが、その表情は冷静を保った。三問目の答えが表示されたとき、見事な「CORRECT!」が示され、計算狩りは終了した。
ペルゲは50ドラクマを獲得し、他の者たちはそれぞれ罰金や無回答によるペナルティを受けた。デカルトは苦々しく呟いた。
「ちっ・・・、覚えておけ。」
怒りを滲ませつつ、デカルトとアキレスはその場を去った。ペルゲは一息つき、仲間の関に視線を向ける。
「よかったな、積。」
ペルゲの言葉に、積は顔を伏せ、奥歯を噛み締めた。
「勝てなかった・・・。」
その時、計算狩りの審判を務めたオリュンポスの一人が近寄ってきた。
「お疲れ様でした。ペルゲさん、素晴らしい計算でしたね。」
「審判のあんたも計算空間に入ってたのか?」
「ええ、もちろん。私はオリュンポスの12人の1人、アポロンと申します。」
「なんか、美味そうな名前だな。」
「美味そう?」
「いや、なんでもない。」
ペルゲは気まずそうに言い繕った。するとアポロンの前に画面が広がり、リーダーのゼウスが映し出された。
「見事だった。だが、ペルゲ、お前は頭を冷やせ。」
ペルゲは眉をひそめた。「全問正解したのに、なぜ俺が叱られる?」
ゼウスは深い息をつき、肘をついて言った。「計算機を過信するな。計算機は発熱している。熱意だけではなく、冷静さも求められるのだ。」
ペルゲはその言葉を噛みしめ、静かに頷いた。
計算狩りが終わり、ペルゲと積が静かにその場を後にすると、オリュンポスのアポロンも一礼して姿を消した。
一方、ピタゴラス教団では、ピタゴラスがアキレスとデカルトの帰りを待っていた。彼は手元のパソコンにUSBメモリーを差し込み、「Turing」の名が刻まれたデータを閲覧していた。
「戻りました・・・・・・。」
アキレスとデカルトは沈んだ表情で部屋に入る。ピタゴラスはパソコンを閉じ、静かに椅子に腰を下ろした。目を細め、2人を見つめた。
「結果は?」
問いかけは冷静だったが、その裏には厳しさが漂っていた。
「負けました・・・・・・。」
デカルトは小さな声で答えた。ピタゴラスの目がわずかに鋭くなり、部屋に冷たい空気が流れた。彼はオイラーに紅茶を頼んだ。
オイラーは急いで紅茶を淹れ、ピタゴラスの前に置いた。ピタゴラスはカップをじっと見つめ、言葉を継いだ。
「勝敗はどうでも良い。だが、理想を妨げることは許されん。ところで、計算機はどうだった?」
デカルトとアキレスは顔を見合わせ、言葉を選んだ。
「非常に使いやすかったです。私の力不足で結果を出せなかったのが悔やまれます。」
デカルトは冷静に答えた。続いてアキレスが、少し迷いながら口を開いた。
「ペルゲの計算機よりも、精度は良く、良かったと思います。」
ピタゴラスは黙って紅茶を見つめていた。数秒の沈黙が続く。そして突然、彼はカップを強く握りしめ、一気に紅茶を飲み干した。カップが皿の上に激しく音を立てた。
「お前らの感想など聞いておらん!」
ピタゴラスの怒りは一気に爆発した。「ペルゲの計算機だ!そのエニグマの秘密に触れたのか?」
アキレスとデカルトは狼狽し、口ごもった。「ものすごく速かったです・・・・・・。」
「砂がバァーッと・・・・・・計算式になっていました。」
ピタゴラスは椅子から立ち上がり、深いため息をついた。
「もう良い。二度と計算機を使うな!」
アキレスとデカルトは、怒りに震えるピタゴラスの前から急いで退出した。オイラーもピタゴラスの怒りに気圧され、静かにカップを片付けた。
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廊下に出たアキレスとデカルトは、お互いに顔を見合わせた。
「まさか、あんなに怒るとは・・・・・・。」
デカルトがため息をつくと、オイラーが肩をすくめて言った。
「ピタゴラス様は普段あまり笑わないからな。ああいう怒り方も、逆に珍しい。」
すると、ちょうどその時、廊下の奥からライプニッツが姿を現した。
「お前ら、計算狩りをやってたんだって?数学界ではもうその話が広がってるぞ。」
ライプニッツは少し楽しそうに笑いながら、彼らに近づいてきた。デカルトは眉をひそめた。
「それで、称号の話は知ってるか?」
「称号?」
アキレスは首を傾げた。
「そうだ。ペルゲが『アポロニウス』を名乗ってるらしい。アキレス、お前は『A』の称号を持っているが、計算狩りで負ければドラクマが減点され、100ドラクマの差がついた時点で、数学界から永久追放になるぞ。」
「永久追放?」
アキレスの顔が青ざめた。ライプニッツは淡々と続ける。
「計算狩りは一気にポイントが増減するからな。お前のドラクマが100を切れば、数に関する全ての記憶と計算履歴が消去される。それが永久追放だ。」
その言葉に、アキレスは絶望の色を浮かべた。その瞬間、廊下の向こうからオリュンポスのアテナが姿を現した。
「アテナ、お前が来たということは……。」
アキレスが言葉を詰まらせると、アテナは静かに告げた。
「アキレス様、あなたは『A』の称号を失い、100ドラクマ以上の差がつきました。それにより、数学界から永久追放が決定しました。」
「待ってくれ・・・・・・!」
アキレスの叫びも虚しく、アテナは冷静な表情で続ける。
「退界手続きに従い、あなたの数に関する記憶と計算履歴は全て消去されます。数学界からの全財産も没収され、我々オリュンポスがそれを保管いたします。」
アテナは淡々と説明し、アキレスを連行した。絶望に打ちひしがれるアキレスの姿が廊下から消えると、残されたデカルトとオイラーはその場に立ち尽くしていた。
「聞いたか・・・・・・計算履歴まで消されるって・・・・・・。」
「それって、数学そのものを忘れるってことか?怖すぎるだろ・・・・・・。」
デカルトの声に、オイラーは頷いた。
数学界の掟は、思った以上に厳しく、冷徹だった。
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