第15話 広がる噂

 積はついにペルゲたちが利用する「計算空間」に足を踏み入れた。


「これで、俺の計算スピードも速くなるのか?」

 積は興奮を隠せず、口元を緩める。だが、チューリングは冷静な表情で言葉を返した。

「それは、やってみなければわからない。計算機はこれまでに蓄積された経験と知識で作られるものだ」

「ペルゲのエニグマとは違うのか?」積が怪訝な顔で問い返す。

「エニグマは、前もって誰かが構築した計算機だ。しかし、君の計算機は自ら作り出す必要がある」


 建部はその説明を簡潔にまとめた。

「要するに、自分専用の計算機を一から作れってことだな。名前は『計算機』だけど、ただの知識の集合体みたいなもんだ」

「だいたい合ってる。ただ、人間の知識とは異なり、『計算空間』での作業は、得意不得意の差をなくす。重要なのは、計算機の質だ」

 チューリングが話を締めくくると、静かにその場を去った。


---


 数日後、積はペルゲと共に再び計算空間に入る。川内が出題した問題に挑むためだ。

「10人掛けの円卓に、A~Jが座る。Aの隣にBとCが来る確率は?」


 ペルゲはエニグマを駆使して砂のようなデータを空中で操り、積は光のラインで複雑な数式を構築する。

「1/36」

 ペルゲが瞬時に答えを出す。それを追うように積も、ほぼ同時に同じ答えを口にした。

「正解!」

 川内は次の問題を出す。

「log₃(3x+1)+log₃(x+1)=2のxの値は?」

「(2±2√7)/3」

 ペルゲがまたも即答し、積もまたそれに続く。

「正解だ!」川内は微笑み、最後の問題を投げかけた。

「O(0,0),A(1,3),B(2,5)の3点を頂点とする三角形の面積は?」

「1/2」ペルゲが答える。だが、積は少し間を置いて異なる答えを出した。

「13/2」

「正解は、1/2だ」川内が言うと、積は悔しそうに顔をしかめた。

「まあ、慣れだな。」

 ペルゲは積にそう伝え、積の肩を優しく叩いた。


---


 日が経ち、アルゴリズム事務所には小町だけが残っていた。ペルゲと積は勾当台ホテルで稼ぎを目指し、川内は学校、建部は調査に出かけていた。そこに、小町の友人である竹田千代子が訪ねてきた。

「久しぶり、小町ちゃん。急にお邪魔してごめんね」

「いえ、今日は誰もいないから大丈夫」

小町は千代子をカウンターに座らせ、お茶を出す。しばらく無言のまま千代子を見つめていたが、ついに気づいた。

「ちょっと疲れてない?顔色悪いし、目の下にクマができてる」

「大丈夫だよ。でも、最近会社が潰れてね・・・・・・。」千代子はため息混じりに話し始める。

「噂が広がって、倒産しちゃったの」

「えっ!?」小町は驚愕し、お茶をこぼしそうになった。

「幸い、転勤で別のところに移ったから大丈夫だけど、仕事がすごく忙しくてさ」

「無理しないでね」


 千代子は静かにお茶を飲みながら、つぶやく。

「どんな財宝と比べても、良友に勝るものはない、だって」

「それ、どういう意味?」

「ソクラテスが言っていたんだって。とある人から教わったんだけど、友達こそが最も大切だってさ」

 千代子の言葉を聞いた小町は微笑みながら頷く。


 その時、突然千代子の電話が鳴った。短いやりとりの後、彼女は慌てて立ち上がる。

「ごめんね、急な仕事が入ったみたい。またね」

 千代子は忙しそうに事務所を去り、小町は再び一人になった。すると小町はがっかりして、千代子が残したお茶を眺めていた。


---


 川内の高校では、夏の定期考査が行われた。彼は数学のテストで満点を取っていた。

「川内君、すごいね!満点だなんて」

 数学教師の榴が声をかけてくる。

「ありがとうございます」

「実は私、ピタゴラス教団に所属してるんだけど、よかったらうちに来ない?」

 突然の誘いに、川内の顔が陰る。

「ありがとうございます。でも、少し考える時間をいただけますか?」

「何かあったの?」榴が尋ねると、川内は少し躊躇した後、答えた。

「実は、アルゴリズムという事務所と関わりがあって・・・・・・。」

 その名前を聞いた瞬間、榴は一瞬驚いた様子を見せた。

「計算鬼・・・・・・なるほど。心配しなくてもいいわ。私からも話しておくから」

 そう言って、榴は静かに去っていった。


(どうしよう・・・。)

 川内は心の中でそう呟くと、スマホで以前学校で配布されたマイニング制度に関して書かれた資料を見つめていた。


---


 ペルゲと積は勾当台ホテルで、計算問題を解き続けていた。そこに台原がやってきた。

「何かあったんですか?すごい集中力ですね」

「ゼウスに会ったんだよ、それでちょっと気合が入ってる」ペルゲが元気よく答える。

「ゼウス?会ったんですか?」

「画面越しだけど、すごい威圧感だった」

ペルゲが続ける。

「積は1万ドラクマ稼いだら、称号を推薦してもらえるかもしれないんだってさ」

台原は驚きを隠せなかった。

「称号?『S』の称号は別の方が持っているはず・・・・・・何が?」

「まあ、よく分からないけど、そういう事だ。」


 台原は話題を変えた。

「ペルゲさんは『計算鬼』と呼ばれていますけど、計算機を持っていたりはしませんよね?」


 台原がそう言った瞬間、積はペルゲの方を心配そうに見つめた。

 するとペルゲは、

「ああ、持ってるぜ。」

と言ってしまった。


 それを聞いた台原は驚いた。

「計算機を持っているんですか?それでその計算の速さは凄い!誰から計算機の情報を聞いたんでしょうか?」

「それはなあ・・・・・・。」


 ペルゲは計算機のことを言いかけた瞬間、関はペルゲの肩に手を当てた。

「そこまでにしろ!」

 積はペルゲに発言を止めるように促した。

 それに乗じてペルゲも発言をやめた。


「そうだったんですね。色々と聞いてしまい、申し訳ございませんでした。」

 台原は何事もなかったかのように、その場を去って行った。


「おい積、何で言っちゃダメなんだ?」

 その問いに対し、積は小声でペルゲに怒鳴った。


「チューリングは狙われているって、この前お前が俺に言ってきただろ。バレたらどうすんだよ!」

「そういえばそうだったな。噂は広がるって言うもんな。」

「次の問題を解いたら事務所に帰るぞ。」

 積はそう言うと、ペルゲと共に計算を再開した。

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