外伝2 プロとアマの違い

 帝東大学理学部の積孝正はとある将棋の大会に参加していた。


「負けました。やっぱり段位持ちには敵わないですね。」


 積の対戦相手はそう言うと、両者は感想戦を始めた。


「今回は奇跡的に勝てた所だ。最初の『一手損角換わり』が何とかハマった。あなたも筋は悪くないから、次回は楽しみにしている。」


 積は席から立ち上がり、駒を早々と片付けた後、すぐに帰り去った。






 積は将棋を指した帰りに父親から言われたことを思い出し、考えていた。


『勉強は良いが、医学部に行って医者になるのも悪くないと思うぞ。お前の学力なら今からでも遅くないぞ。』

 これは回想で、積の父親はそう言っていた。


 積の父親は医者であり、よくある息子にも医者になってほしいと思っているタイプである。しかし、積はプライドが高いがゆえに、悩んでいる所があった。


 積は気晴らしに自販機でジュースを買おうとしていた。


 すると、そこには別に車椅子に座っている少女がいた。


「ねぇ、あのオレンジジュース飲みたいんだけど!」


 少女はいきなり積にそう言ってきた。


「何だよいきなり⁉︎」


「だからあのジュースを飲みたいの!」


 積は仕方がなく、コインを投入し、オレンジジュースを買った。


「はい」

と言って積は少女にそのジュースを渡そうとした。


「開けて」

と少女は呟いた。


 積は少しキレかけた。

「あのさー、俺はお前の召使じゃないんだよ!あんたが面倒くさがりなのか知らないが、俺はやらんぞ!」


 しかし、積は意識をせずともジュースの蓋を開けていた。それを見た少女は、

「開けてるじゃん」

と呟いた。


 積は渋々ジュースを少女に渡した。

 しかし、また注文が出た。


「そこのストローを指して。」


 ため息をつきつつ、積は言われた通りに事をこなした。


「飲むか?」

と少女に問いかけると、彼女は頷き、積はジュースに刺したストローを彼女の口元に持ってきた。


 少女はジュースを飲み始めた。


「ありがとう。」

と照れ臭く少女は礼を言うと、積もなぜか照れ臭くなった。


「あんた、気がきくじゃん。今日一日私のお供してくれない?」


「へっ⁉︎もう午後だぜ。どこか行くとこあるのかよ?」


 少女は即座に頷いた。


「じゃ、決まりね。」


 そう言うと、少女は車椅子を操作し始め、どこかへと向かった。

 積は急いで彼女を追いかけた。






 それから2人はしばらく歩き、たどり着いた所は野球場であった。


「何でこんなとこに来たんだ?」


 積は少女にそう問いかけると、少女は車椅子を前進させつつ答えた。


「私野球の試合見たかったの。噂によると屋台みたいなのが沢山あって、それに皆んな声を出して応援するんでしょ?なんか楽しそうじゃん。」


 笑顔の少女を見て、積はハッとさせられた。自分自身も昔父親と野球場へ行き、その思い出が脳裏に蘇ったからである。


(昔父親が、貴重な休みの日にもかかわらず、俺を野球場に連れて行ってくれたな。あの時の俺はあれだけときめいていたのか・・・。)


「何ぼーっとしてんの!早くチケット買ってよ。」


 積は動揺した。


「はっ⁉︎お前チケット持ってねーのか?」


「当然よ!そのためにあなたをここに連れてきたんだから。ほら早く!」


 積は慌ててチケットを2つ買った。

「ほら、買ったぞ。」


 積はそう言って、2人で球場の中へと入って行った。


 2人はスロープがついているところから入場した。すると、普段は見られないような光景が2人の目に入ってきた。


「うわー、すごい!」


 少女は驚き、思わず心の声が漏れた。


「やっぱりテレビで見るのとは大違いよね。」


 2人はチケットに示されてあった場所を探し、席を見つけるとそこに座った。


 グラウンドには選手たちが沢山いて、打撃練習の最中であった。


 積は打球の行方を目で追い、何かを計算していた。


(角度が約60°で飛距離が60mってところかな?そうすっと、30×tan(60°)で最高到達点が51.9mか。そうなると、オフィスビル11階分とかそのくらいか?って、いかんいかん、理系だからつい計算しちまった。)


 積がそう心の中で呟いていると、少女は積に声をかけた。


「ねぇ、今何考えていたの?」

 積はそう聞かれ、戸惑いながら適当に答えた。


「別に、プロってすげーなって思って・・・。」


 それを聞いた少女は1人で話し始めた。


「プロってのはね、素人が安易にすごいとか言ってるのがバカらしく思っているのよ。だから素人と玄人は話が噛み合わないのよ。」


「つまり、言いたいことは?」


「面倒くさいって訳よ。」

 積は呆れてしまい、ため息をついた。


 しばらくしていると試合が始まり、応援や歓声で球場が賑やかになった。


「これよこれよ!」


 少女は感動し、胸が躍った。


 油断してると、2人の方向にファールボールが近づいてきた。


「やばくない?」


 少女はそう呟くと、積は手を出し、見事にキャッチしてしまった。周りは皆な拍手喝采であった。


「やるじゃない。」


 少女が積そう言うと、積はボールを直接少女に渡した。しかし、少女はうまくボールを掴めず、地面に落としてしまった。

 それを見た積は再びボールを拾い、ポケットにしまってあげた。


「悪いな、うまく渡せなかった。」


 積はそう言ったが、少女は黙りこんでしまった。


 しばらく沈黙は続き、違和感を感じた積は考え事を始めた。


(俺は何かまずい事をしたのか?)


 積はあれこれ考えていると、過去に行った父親との会話を思い出した。


『患者は医者を軽視してはいけない。医者は患者の命を握っている。つまり、何かあれば医者は患者を殺すことができる。一方、医者は患者に親切にしなければならない。さもなければ、信頼を失い、医者としての目的が果たせなくなる。医者は金や地位、名誉を得ることが仕事ではない。人の健康、そして命を救う事が仕事だ。』


 積の父親は過去にそう言っていた。


 積は少女についてあれこれ考えていると、何か思いついたのか、頭を抱えて俯いてしまった。


 少女はそれを横目で見て、

「どうしたの?」

と積に言って、問いかけた。


「わりーな、気づくのが遅かった。お前が言っていた『プロ』ってのはそういうことだったのか・・・。実はな、俺の父親は医者なんだが、俺の事を褒めたことは一度もなかった。それがなんでなのかが今分かったよ。本当に素人って面倒な生き物だな。」


 積はそう言って1人で笑い始めた。


「何で笑ってるの?不気味ね。」


 それから時間が経ち、試合が終わると、2人で元出会った場所に戻ることにした。






 2人が出会った場所に着くと、辺りは夕日が出ており、最初とは違う光景が広がっていた。


「さて、ここで良いのか?」

 積はそう言って車椅子を止めた。


「ありがとう、すごく楽しかったわ。」


「礼を言うのはこっちの方だぜ。これで俺は迷わず前に進めるぜ。」


 すると、少女はポケットに手を添えた。


「今度会う時はこのボールで2人でキャッチボールをしましょう。」


 元気よく、少女は積にそう言うと、積は返事をした。


「あぁ、そのときはボールを忘れずに持ってこいよ!」


 積はそう言うと、少女は車椅子を前に進め、帰って行った。






 それから時は経ち、積は陸前ペルゲと共に計算事務所アルゴリズムで仕事をしていた。


 ペルゲは室内で川内と軟式ボールでキャッチボールをしていた。すると、ペルゲが投げたボールの軌道が変わり、積の頭にボールがぶつかってしまった。


「イってーな!」

 積は大声でそう叫んだ。


「すみません、積さん。」


 川内がそう詫びると、積はボールをペルゲに向かって投げつけようとした。その時、積は昔少女と野球場に行った記憶が蘇ってきた。また、それと同時に父親と話した内容も思い出した。


『父さん、俺は医者になりません。俺には医者は向いていないし、理工学が面白いからです。なんかごめんなさい。でも父さんは立派な医者であり、その息子として生まれて誇りに思っています。』


 積は父親にそう伝えた後、心の中でこう呟いた。


(俺は天才だが、プロの天才ではなく、アマチュアの天才だ。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る