第12話 狙われたチューリング

 計算事務所『アルゴリズム』は計算にまつわる問題を解決する仕事をしている。そこで、様々な依頼が日々寄せられる。


 事務所にとある人物がやって来た。


「こんにちは。」


 事務所にいたペルゲはやって来た人にそう言うと、

「こんにちは。」

と返事が返って来た。


 その返事の主は以前、ペルゲがトルコの遺跡から持ち帰って来た計算機を見てもらったチューリング だった。


「久しぶりです。計算は捗っていますか?」


「ああ、お陰様で一瞬で計算処理ができるようになったぜ。」


 ペルゲはチューリング の質問にそう答えた。


 すると、チューリング は何やら、大きな袋を机の上に置いた。その中身はペルゲが破壊した計算機の部品だった。


「表面に書かれていた暗号の解読がほぼ完了した。」


「すげー!よくできたなあ。」


「そこで、一つこんな物があった。」


 そう言って、チューリングは袋から部品を取り出し、それをペルゲに手渡した。それはペルゲが頭痛を引き起こした直前に見た、沢山の円が描かれた板であった。


「これがどうしたのか?」


「アポロニウスの円。一定の比の距離の上にある軌跡。これらの円を操る者は空間の覇者となる。」


「何を言っているんだ?」


 ペルゲはチューリング が言うことに対し、首を傾げた。


「暗号にはそう書かれていた。『ユークリッド』という名と共に。」


 そのチューリングの話を聞くと、ペルゲは目を大きくし、反応を示した。


「広瀬先生が言っていた、ユークリッドの暗号・・・。どうやって解いたんだ?」


 ペルゲはチューリング にそう言うと、チューリングはペルゲに渡した板を指差した。


「入り込んだんだよ、空間に。」


「空間って、砂を操って計算をしている時の俺の脳の中の事か?」


「合ってはいるが、その空間は君の脳内ではない。」


 チューリングがそう言うと、ペルゲは首を傾げて、それがどう言う事なのか考え始めた。


「では私もそこへ行くとしよう。」


 チューリングがそう言うと、脳内でペルゲは計算機エニグマを起動させた。


 当たり前かのように、ペルゲはその空間が脳内に展開された。


 しかし、そこにはチューリングの姿が見えた。


「こういう事だよ。」


 チューリングがそう言うと、そばにある砂を操り始めた。


「このように、この空間にはあの沢山の円が描かれた板を見た人が計算をしようとすると、自動的にアクセスする事ができる。」


「それじゃあ、あの板とこの空間の関係は?」


 ペルゲがチューリング にそのように質問すると、チューリングは突然右手を広げ、手のひらを床に向けた。


「アポロニウスの円!」


 チューリングがそう叫ぶと、チューリング の後ろに大きな円が沢山現れた。


「何だこれは・・・。」


 それを見たペルゲは唖然とした。


 更にチューリングは右手の掌を上に向け、円の焦点を調節した。


 すると、円の大きさが変わり、2人はその空間から元いた所へワープした。しかし、チューリングの後ろの大きな円はまだ残っていた。


「そして円の焦点を調節することで、本来のいた場所でも出力ができる。」


「まあ、便利だけど、ここまでしなくても・・・。」


 すると、チューリングは円を消した。


「とはいえ、自分も計算空間の仕組みはよく分からないし、これであっているのかも分からない。」


「でも、ありがとう。おかげでユークリッドの暗号が解けたよ。お礼はいくらか?」


 ペルゲはそう聞くと、チューリングはソファに座り込んだ。


「礼はいらない。ただ、1つ調査してほしい事がある。」


「ああ、お安い御用。」


 ペルゲはそう答えると、チューリングは下を向き始めた。


「誰かに追われているんだ。それも、複数の人に。」

「いつから?」

「ここ最近だね。」

「理由とかは?」

「分からない。」

 ペルゲの質問にチューリングは淡々と答えた。


「まあ、俺たちもそれに協力するから。また何かあったら連絡してくれ。」


「ありがとう。」

 チューリングはそう言って、持ってきた計算機が入った袋を置いて、事務所を去っていった。



 その頃、ペルゲに弟子入りをしている川内は学校に行き、授業を受けていた。そこへ、ある女の人がやって来た。


「初めまして。私は計算事務所ピタゴラス教団から来ました、榴です。」


 見た目は長身の銀髪である。


(ピタゴラス教団・・・。)

 榴の自己紹介を聞いた川内は少し気まずくなっていた。


「ところで皆さん、何故昔の人たちは数学を学んでいたのでしょうか?例えば、ギリシャ時代の哲学者、16〜18世紀ヨーロッパの研究者等、彼らは数学を探究し続けていました。皆さんはどう考えますか?」


 榴はそう言うと、川内を指差した。


 慌てて川内はその問いについて考えると、

「面白いから?」

とそのまま答えた。


「なるほど、そうかもしれない。」

と川内の答えに対して榴は明るく言った。


「もちろん、答えはない。でもね、この世界は数字で表現できる。工学はもちろん、医療や経済、物理、スポーツなど、様々なところで数字は使われている。」


 榴はそう言うと、プロジェクターに「mathmatics」という単語を映した。


「この語源は『マテーマタ』、意味は『学ぶべき事』。算術、幾何学、音楽、天文学の4つが昔それに当てはまっていた。人類の進歩は計算から始まる。だから昔の人たちは数学を学んでいたのかもしれない。」


 その話を聞いた川内は心の中で呟き始めた。


(数学は偉大だな。つか、ピタゴラス教団って本当はいい奴らしかいないんじゃね?)





 そして、その頃ピタゴラス教団のリーダーピタゴラスの事務所の部屋に1人の男がやって来た。


「よく来てくれた、ライプニッツ。」


 ピタゴラスがそう言うと、ライプニッツと握手を交わした。


「数学都市計画は順調です。あとは市長の承諾をもらうのみです。」


 ライプニッツは満面の笑みでピタゴラスにそう伝えた。


「君はピタゴラス四天王の1人だから頼もしいね。ところで、他の3人は何をしているのか分かるかね?」


 ピタゴラスはライプニッツにそう聞くと、

「3人とも着々と行動しておりますよ。ニュートンも非常勤講師の仕事、パスカルもタクシーを運転し、デカルトも色々な人と会話をし、それぞれ仕事と両立しながら頑張っております。」

と答えが返って来た。


「君は何か機会を作っていると以前言っていよな?」


「はい、計算機を作っております。それも、乗除の計算に強い。」


「そうか、期待しているよ。」


 すると、2人の会話中、秘書が部屋に入って来て、耳打ちで何かをピタゴラスに伝え始めた。


 ピタゴラスは頷き、何やら支度を始めた。


「少し急な用事が入った。すぐ終わる。引き続き頑張ってくれ。」 


 ピタゴラスはライプニッツにそう言うと、秘書と共に何処かへと出かけて行った。


 その隙を見て、ライプニッツはピタゴラスの机の引き出しを開け、そこからUSBメモリを取り出した。その表面には「calculate」と表記されていた。


 ライプニッツはそのメモリをタブレットに差し込み、メモリの中のデータを閲覧した。


 データを漁っていくと、計算機に関する事が記されていた。更に漁っていくと、そこにはチューリングの名前があった。


 ライプニッツはそのデータを全てコピーした後、USBメモリを元あった引き出しの中に戻した。


「アラン・チューリング 。これで計算機の完成は見えて来た。」


 ライプニッツはそう呟きながら、部屋を退出した。

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