第11話 変わった数学家

 ペルゲは衝撃の一言を言った。

「あいつは高校の頃、俺を邪魔する存在だった。」


 そして、建部はパソコンの画面を閉じ、ペルゲの話を聞く姿勢を示した。


「定禅寺と初めて出会ったのは高校生の頃で、高校の数学部の創立に協力した仲間だった。」


 ペルゲは話の途中、キッチンへ行き、コップに水を汲み、元いた所に戻って話を再開した。


「高校一年生の頃、広瀬先生と出会い、数学が面白く感じるようになった。それで、俺は数学部を設立することを決めた。そこで部員を募らないといけなかったから、あらゆる方法で勧誘をし、協力してくれる事になったのが定禅寺政宗だった。」


 ペルゲは口に水を含み、小さなため息をついた。


「やがて部員は増えたが、ある日を境にその部は崩壊していった。その頃、広瀬先生が数学界でアポロニウスの名を名乗り、称号『A』を取った。それがきっかけで、部員は肩書きを名乗ることを全員で決めた。」


「もしやその肩書きは・・・。」

 川内がそう呟くと、ペルゲは川内の方を向き、

「ああ、そうだ。」

と言って、頷いた。


「だが、一つ説明がいる。俺は最初『ペルゲ』を名乗るつもりはなかった。」


「では最初何を名乗るつもりだったんですか?」

 川内は興味津々にそう聞いた。


「『アルキメデス』だよ。奴が今名乗っている。」


「へっ⁈」

 そこにいたペルゲ以外の人たちは、全員思わず言葉が漏れた。


「けれど、話し合った結果、広瀬先生は定禅寺が『アルキメデス』を名乗る事を決めてしまった。その理由は部員皆んなよくわからない。だが、その代わりに広瀬先生は自分の肩書きである『アポロニウス』の生まれ故郷から『ペルゲ』の肩書きを俺に提案して来た。」


「定禅寺に『アルキメデス』の肩書きを取られてどう思ったのか?悔しいとかはないの?」

 積はペルゲにそう質問した。


「別に、あまりそう言うこだわりはない。ただ、『アルキメデス』の肩書きを俺ではなく定禅寺にした理由は何となく推測できる。」


「教えてください。」

 川内はペルゲにそう言うと、

「今はやめておこう。別に話すほどではないし。」

と言い返した。


 小町はペルゲのその話を聞いて、感想を述べた。


「高校同じだったけど、私もそれは知らなかった・・・。」


「別に話すほどではなかったから。」

 ペルゲは小町にそう言った。


「その後、部活は定禅寺が中心となって、みんなで話し合わずに勝手に物事を進めるようになってしまい、俺はその部を去った。」


「広瀬先生との関係はそれだけ?」

 そのように、関はペルゲに気になった事を聞いてみた。


「いや、俺は高一の頃、広瀬先生の助言で生徒会長に立候補した。しかし、定禅寺も何故か立候補した。あいつは目立ちたがり屋だからかもしれないけど。俺はあいつと争って、票数では圧勝した。」


 すると、小町はペルゲの話の途中、下を向き始めた。


「でも、俺は当選しなかった。」


「どうして?」


 川内は驚きつつそう言うと、

「分からない。けど、この不条理を殆どの生徒はそれを当たり前のように受け入れた。」


「酷い・・・。」

 積と川内はそう呟いた。


「小町お前はどう思ったのか?もち、お前もペルゲと同じ高校だったんだからさ、何か思ったろ?」


 建部は小町にそう聞いてみると、

「もちろん、おかしいと思った。でも、なぜか皆んな気にしていなかった・・・。」


「それで俺は不登校になり、その後も学校と唯一関わっていたのは広瀬先生だけだった。その関係は今に至る。」


 ペルゲは話が終わると、コップに入った水を全て一気飲みした。


「それでお前は定禅寺の事が気に入らなかったって訳か。」

 積はそのように感想を述べた。


「あと、これで今回分かった事が一つある。」


「広瀬潔と定禅寺が裏で協力しているって事だよな?」

 そのように、ペルゲが言おうした事を先に建部は自分の推測を言い放った。


「そうだ。俺の人生はあいつらに振り回された。だから、今日から敵だ。」


「お前、それじゃあ、先生のことを疑うのかよ?計算機もペルゲに渡し、肩書きを託され、お前の父親に従い、数学界で長年称号を守り続けて来た、あの広瀬潔をか⁉︎」


「そうだ。」

 関はペルゲに強く、広瀬のことを疑うのか聞いてみたが、即座にそう返された。


 すると、ペルゲは空のコップを片づけ、別な部屋の方へと消えて行った。


「変わっちまったな。」

「ペルゲの目には何が見えているのだろうか?」

 建部と積はそう言うと、

「いや、変わってないわ。だって、久しぶりに昔の陸前くんを見たもん。だから、私は少し嬉しい。」

と小町はその2人に言った。


 事務所には緊張感と期待感が漂っていたが、川内はその場にいた3人に挨拶を言い、その場を脱した。





 その頃、ホテル勾当台の社長室では定禅寺政宗と秘書の愛宕平次と台原陽一が会話をしていた。


「定禅寺社長、ホテル勾当台の社長になって少しは慣れましたか?いかがでしょうか?」

「まあまあかな・・・。」

 台原がそう尋ねると、元気なさげに定禅寺は答えた。


「定禅寺社長、そこまで重く考えなくても良いですよ。」

 愛宕はそう言うと、窓の方を見て話を再開した。


「人生は旅ですよ。旅は気になった所へ行き、感動を得る。人生は様々な出来事を通して、経験を得る。この世を訪れている客だと思えば良いでしょう。」

 その話を聞いた定禅寺は表情が少し明るくなり、元気を取り戻した。


「そういえば、小次郎、彼はよくここに来ているな。数学界では有名なのか?」


「いえ、有名ではございませんが、当社のCIOの『黒松』が、情報収集した限り、オリュンポスの『ヘラ』と親しい関係となっていたそうです。私の知っている事はそれくらいです。」

 その台原の発言を聞き、定禅寺は何かを思い出し始めた。


(オリュンポスは数学界では嫌う人も多い。そこに何故?)

 定禅寺は窓の方を向いた愛宕を見つめ、さらに考えた。


 すると、定禅寺はピクリと固まり、目を大きくさせた。


「それは本当か?」


「ええ、おそらく・・・。」

 定禅寺は突然頭を抱え、右手で右目を押さえ、右の方を向き、

「あいつは出禁だ・・・。」

と言った。


 台原は少し戸惑った様子を見せた。しかし、

「はい・・・、分かりました。」

と定禅寺に言った。


 その時、愛宕は2人の話に窓の外にいる烏を見つめつつ、耳を傾けていた。


 その後、台原は退出した。ドアのそばには黒松が立っていた。


「聞いていたのか?」

「はい。」

 台原は黒松にそう聞くと、黒松もそのように即答した。


 台原は立ち去ろうとすると、黒松は呟き始めた。


「社長は変わった。愛宕と一緒になってから。」

「どこが変わったのか?」

 台原は振り返り、黒松にそう聞いた。


「そうだな・・・。『目』かな?」


「目?」


「人前に立つ時はキラキラした目をして、社長室では虚な目をして、たまに鋭い目になる。」


 黒松は口角を上げ、更に言った。

「計算鬼、陸前ペルゲ。奴に会わせると更に面白くなるかもな。」


 それを聞いた台原は不安そうな様子をしていた。

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