第8話 数学家の気紛れ

 寒さが温かさに変わり、桜が咲き、様々な生き物も姿を見せる季節となった。ペルゲと積は数学界で所属している大手事務所「アルジェブラ」の会議に参加するため、その事務所に来ていた。


「アルジェブラ」はとある大きなビルの中にあり、そのビルには病院から弁護士事務所、バーまで様々な施設が入っている。数学界の人たちがよく利用する場所だ。


 ペルゲと積はビルに入り、エレベーターに乗って上の階へと上がった。


「ここがアルジェブラの事務所か。思っていたよりもずいぶん立派だな。」

「ここに先生やユークリッドが来ていたのか。それを考えると、俺たちは同じ次元で生きている存在なんだな。」


 積とペルゲはそう呟きながら、建物のあちらこちらを眺めつつ廊下を歩いていた。事務所のドアの前に立つと、ペルゲはそのドアを開け、積とともに中に入った。すると目の前に女性が1人立っていた。


「待っていましたわ。あなたたちが噂に聞いていた陸前ペルゲと積孝正ですね。」


 女性はそう言うと、ペルゲを指差して突然問題を出した。


「十進数123を五進法で表すといくつ?」

「443。」


 ペルゲは女性が出した問題を即答した。


「ものすごい速さね・・・。」


 女性は少し驚いた様子を見せつつそう言った。


「関数y=-2x-4と関数y=x^2-8のグラフの交点の座標は?」

今度は積に問題を出題した。


「えっと、何で俺だけそんな面倒くさい計算なの・・・。」

「いいから答えろ!」


 積は呆れた様子でそう言ったため、女性は積にそのように催促した。


「うーんと・・・、(-1+√5,-2-2√5)と(-1-√5,-2+2√5)。」


 答えを出すのに少し時間がかかったが、無事に答えることができた。


「遅いけど正解。」


 女性はそう言った後、2人を奥の部屋へと連れていった。そこには沢山の椅子が円卓に沿って並べられていた。


「ここに座ってなさい。」


 女性がそう言うと、2人は指定された席に座り、その女性も隣に座った。


「そういえば、あなたが計算鬼ね?」

「ええ。」

「先程の問題を即答していたけど、あのカラクリは一体どうなっているの?」

「ああ、それは私にもよく分かりません。」


 ペルゲは女性に聞かれた質問に対し、誤魔化すかのようにそう答えた。


「そういえば、私の自己紹介を忘れていたわ。私の名前は多賀成美。数学界のトップ26にも所属しているわよ。ちなみに、称号は『V』。」

「『V』?あまり数学者の名前でVから始まる人は思い浮かばないのですが、肩書きは?」

「ヴィンチ。」


 女性はペルゲに自身の肩書きを聞かれて、そう答えた。


「ヴィンチ?ヴィンチって、あのレオナルド・ダ・ヴィンチ?」

ペルゲは首を傾げながらそう言った。


「まあ、といえど、たまたま空いていたからその称号が取れてしまったってわけ。」


 それを聞いた積も、多賀とペルゲの話に参加した。


「では、『D』は埋まっていたってことですか?」

「ええ、そうよ。まあ、称号が取れるか取れないかはオリュンポスのゼウスの気紛れみたいなところもあるわよ。」


 多賀は積に対してそう言った。やがて部屋に数人ほどのメンバーが次々と姿を現した。その最後に登場した人物に対し、ペルゲは驚いた様子を見せた。


「お父さん⁉︎」


 ペルゲが席から立ち上がりそう言うと、周りの人たちは全員ペルゲの方を向いた。すると多賀は、


「フェルマーはペルゲにまだ伝えていなかったのですか?」

と、ペルゲの父に言った。


「フェルマー?もしかして、肩書き⁈」


 それを聞いた積は1人でそう呟いた。


「父さんは弁護士の仕事をしていたんじゃないのかよ?」


 ペルゲは大声で父親にそう言うと、


「まあ、それは後で話す。まずは座れ。」

と、ペルゲの父親は息子にそう言って促した。ペルゲは着席すると、父親のフェルマーも席に座った。その後、フェルマーは円卓を見渡すと、


「半分か・・・、あまり揃っていないけど、始めるか。」

と、あまり元気なさげにそう言った。


「私が新しくリーダーとなったフェルマーだ。まず最初に話すことは皆んなもわかっているとは思うが、ユークリッドとアポロニウスについての事について説明する。」


 フェルマーはひとつ咳払いをした後、話を続けた。


「ユークリッドはエラトステネスに直接対決の末負け、『E』の称号を譲る形となり除籍となった。しかし、アポロニウスは除名で済んだものの、しばらくは数学界で表には出ないだろう。そこで今回、私と広瀬の推薦で私の息子陸前ペルゲに『アポロニウス』の肩書きを授け、再び『A』の称号を奪還し、その名を轟かせようと思う。」


 フェルマーはペルゲの方を向いて願いを言った。


「先生のためにもやってくれるか?」


 ペルゲはそう言われると、小さく頷いた。すると今度は積の方を見た。


「そして、私の息子の相方積くんにもお願いがある。実は数学界で長年『S』が存在しているんだが、それが少しおかしくてね。」


「おかしいとは?」


 フェルマーのお願いにそう突っ込んだ。


「シュリニヴァーサという人が『S』を名乗っているんだ。」


 フェルマーがそう言うと、積は何かを思い出しているかのように、


「シュリニヴァーサ?ラマヌジャンの名前?普通数学界は苗字が一般的なのになぜ?」

と、言った。


「私もわからないが、ゼウスの気紛れかな?それは良いとして、その『S』の称号を目指して欲しい。」


「私が取るのですか?」


「ああ、そうだ。もし機会があれば、オリュンポスにも相談してみるよ。」


「でも、そうなると、ペルゲみたいに肩書きを名乗ることになりますよね?それはどうすれば?」


「積くんは本名が『積孝正』だから肩書きは関孝和で良いと思う。だから今日から漢字は『のぎへん』の『積』ではなく、『もんがまえ』の『関』としよう。」


 積はフェルマーにそう言われると、少し戸惑いながら返事をし、小さく頷いた。


「そして今回、このような形で皆んなに集まってもらったのにはもうひとつ理由がある。それはライバル事務所『ピタゴラス教団』について話したいことがあるからだ。ピタゴラス教団は数学界でも大変影響力がある組織だ。だが最近、我ら数学界の闇の中で、何やら物騒な出来事が起こっているらしい。もし我々がそれらに手を出していたとしたら、風評被害が出ることが分かっているよな?」


 話の途中、その話を聞いて、ペルゲと関は2人で目線を合わせた。


「そして、我々が行うべき事は闇に手を染めず、この世に『アルジェブラ』の名を轟かせる事。そのためにも全員で共に頑張ろう!」


 フェルマーはそう言って、メンバーたちに解散を促した。しかし、ペルゲと積はフェルマーに呼ばれ、その場に残ることとなった。


「2人には一つ調査をしてもらいたいと思っている。とある場所に行って、働いている人のことについて調査をして来てくれ。」


 フェルマーは2人にそう伝えると、ペルゲは思わず思っていたことを言った。


「父さん・・・、父さんは弁護士の仕事はもうしないのかよ。」


「いや、この建物には様々な施設が備わっているが、私の弁護士事務所もつい最近ここに移動したよ。だから、弁護士と数学界の仕事の両方をやっているよ。」


 フェルマーはペルゲの質問にそう答えた。しかし、ペルゲはまだ言いたいことがあるのか、強めの口調でさらに言った。


「先生は急にいなくなって、今日の会議には半分ぐらいしか出席していなくて、一体この事務所の人たちは何者なの?本当は何を手に入れたいの?地位?名誉?それとも世界?」


 ペルゲは下を向き、部屋には不穏な空気が漂っていた。そこで、積はフェルマーから先程お願いされた調査について詳しく聞いた。


「ところで、その場所とはどこですか?」


「株式会社ホテル勾当台。」


 積の質問にフェルマーはそう答えた。その言葉に反応し、ペルゲと積は目を大きく見開いた。


「人間の行動は予測できない。気紛れだよ。だから片っ端から調査が必要なんだ。計算事務所『アルゴリズム』の2人とも頼んだよ。」


 フェルマーはペルゲと積にそう言うと、部屋から退出していった。

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