外伝1 アルゴリズムの縁(えにし)

 計算事務所アルゴリズムは今日も活動していた。そこの所長である陸前ペルゲは計算に関する依頼に対応していた。


「来週までに計算をして答えを導出しておきます。それでは、失礼します。」


 ペルゲはオンライン通話の面談を終え、一息ついていた。


「はぁー、あとは計算だけか〜。」


 コップに入った水を飲み、喉の渇きを癒した。その横から弟子の川内大介がペルゲの横に座った。


「今回の計算依頼も僕が片付けておきますね。」


「ありがとう、川内。あと、手計算でなくても、普通にパソコン使って計算してもいいんだぞ。」


「あぁ、でも受験生ですし、試験の時は基本的にパソコンは使えませんから。」


「そうかいそうかい。」


 川内とペルゲがそう話していると、事務所に積孝正が外出から帰ってきた。


「ペルゲ、ポストにこんな紙が入っていたぞ。」


 積はそう言って、ペルゲにポストに入っていた紙を渡した。その紙の正体はペルゲの師匠である広瀬潔宛のハガキであった。


「何だこれ?先生のやつじゃん。」


 ハガキの裏を見ると、『計算事務所アルゴリズムの皆様へ。広瀬所長、及びその他メンバー4人の方々、結成5周年おめでとうございます。所長はよく出張で事務所にいる機会は少ない中、力を合わせて活動されていると聞き、嬉しく思います。私が撮った皆さんの集合写真も大切に保管しているでしょうか?例え、メンバーが替わったとしてもあの頃のように志高く、活動し続けてください。大手計算事務所アルジェブラーユークリッド。』

と書かれていた。


「ユークリッド?」


 ペルゲは驚きのあまり、一瞬目が大きくなった。その様子を見て、川内はペルゲに気になったことを質問し始めた。


「ペルゲさんはユークリッドに会ったことはあるんですか?」


「いや、それはないけど・・・。それが何でだ?」


「ユークリッドって数学界の最大権力者だったんですよね?その方から手紙が来るなんて、凄すぎますよ。」


 川内がそう言うと、積は川内にユークリッドに関して話し始めた。


「確かに、アルジェブラのボス的な存在でもあり、そう考えると俺らとは関係がないとも言えないんだ。ただ、俺たちもそうだが、ユークリッドの本名を知っている人は数少ないらしい。それだけ謎も多い人物なんだ。」


「ところで、集合写真とはどこにあるんですか?」


 川内がそう聞くと、ペルゲはテーブルの裏から写真を取り出した。


「これだ。久しぶりに見たけど、なんか懐かしいな。」


 集合写真には広瀬、ペルゲ、積、建部、小町の5人が写っていた。


「そういえば、皆さんはいつ頃から出会ったのですか?」


 川内は2人にそう尋ねた。


「俺とペルゲは大学生の頃に出会って、小町はペルゲが連れてきて、建部はこの事務所ができたのと同時期ってとこかな。」


 積がそう話すと、ペルゲは昔の出来事を思い出した。


「なんか思い出しちまったな。お前が天才、天才って周りから言われていて、何だこいつはって思ったのをな。」


 ペルゲが積に向かってそう言うと、積は逆ギレした。


「お前だって、『数学のペルゲ』なんて言われていて、周りからチヤホヤされていてカッコつけていただろ。」


 すると、ペルゲもムキになって積と目を合わせ、バチバチと火花が散るように睨み合った。そして、川内はその空気を読まず、2人にお願いをした。


「その話ぜひ聞きたいです。すごい面白そうです。」


 すると、2人は睨み合いをやめ、ペルゲは昔話を始めた。






 2人が大学生の頃だった。ペルゲは図書館で本を借り、フリースペースで1人でくつろいでいた。そこへ、長身でスタイルの良い男が現れた。


「あの、その数学の本、表紙だけでも見せていただけないでしょうか?」


 この男が積孝正である。


「何だ、見ない顔だな。ほらよ。」


 そう言って、ペルゲは積に本を渡した。


「ありがとうございます。」


「ところでさ、お前数学に興味でもあるのか?」


「いや、興味は特にない。でも、こうやって使えそうな知識であれば、頭の中にストックしておくようにしているだけです。」


「となると、お前完璧主義だな?」


「えぇ。」


 積はそうドヤ顔でペルゲに向かって言った。ペルゲはその態度を見て、カチンと来たのか、立ち上がって積を睨みつけた。


「ムッキー、なんかムカつくな。お前は何歳で、どこの大学のやつだ?」


 積はまたもや自慢げにそれに答えた。


「帝東大学理学部、22歳積孝正だ。」


「22歳?俺と同い年か。」


「お前、大学とか他になんか言うことないのかよ。」


 ペルゲは少し落ち着き、座り込んだ。


「帝北大工学部、広瀬潔の1番弟子だ。」


 ペルゲがそう言うと、積はスマホを取り出し、調べ物をし始めた。


「広瀬潔?」


 積が調べると、数学界のホームページに名前と経歴が記されていた。


「アポロニウス。へー、数学界ってとこで有名な人なんだな。お前すげーじゃん。」


 すると、その後ろから何者かが現れた。


「私の噂なんかして何が楽しいんだ?」


 積は後ろを振り向くと、そこには広瀬が立っていた。


「もしや、あなたが広瀬潔さんですか?」


「いかにも。」


 積はいきなり頭を下げ、広瀬に頼み事をした。


「いきなりで申し訳ありませんが、私を弟子にしていただけないでしょうか?」


 その事を聞いたペルゲは怒った。


「いきなりなんだよ!先生に向かってそんなこと言って。」


 それを聞いた広瀬は少し微笑んだ。


「面白い、だが私は弟子はもう取らない。そんな立ち位置ではないからな。但し、明日ペルゲと勝負して、私が気に入ったら、考えてもいいだろう。」


 ペルゲは驚いた。


「待ってください、明日ですか?」


「それの何が問題なのか?お前なら大丈夫だ。」


 そう言って、広瀬は1人その場を立ち去った。積はペルゲを指差した。


「追加の条件だ。俺が勝ったらこれからお前を利用し続ける。逆に負けたら俺はお前に利用され続けるってのはどうだ?」


 ペルゲは呆れた様子で、ため息をついた。


「別に興味ないけど、勝手にしろ。」


「よし、決まりだな。明日は勝つからな。」


 積はそう言って、やる気に満ちた様子で、一方ペルゲは面倒くさそうな様子であった。





 その夜、ペルゲは知り合いの小野寺小町と共にとある飲食店で、ドリンクと話を交わしていた。ペルゲは今日の出来事をそのまま小町に話した。


「ってなことがあってさ、面倒くさいんだよ。」


「でも、その人はそんなに凄い人なの?」


 小町がそう言うと、ペルゲはスマホで積について検索してみた。すると、とある掲示板の書き込みに、積にまつわる情報が書き込まれていた。


「何だこれ?『大学の成績はオールS、剣道八段、射撃はグレード1、将棋は百戦百勝。何事にも非の打ちどころがなく、完璧主義な男である。奴のあだ名は「天才」。』ってこれ、ただの自慢話かよ。」


 ペルゲはやけになって、ドリンクを一気飲みしてしまった。


「まぁ、陸前くんならこんな『天才』よりも『秀才』なんだから、こんな奴のことをギャフンと言わせてちょうだい。」


 二人はその後、夜遅くまで話し合い、盛り上がった。





 次の日、とある場所にペルゲ、積、広瀬の三人が集まった。


「では、早速だが二人にはこれで勝負してもらう。」


 ペルゲは緊張した様子を見せていたが、一方積は余裕の笑みを浮かべていた。広瀬は二人にタブレットを渡した。


「ここに表示されているアルゴリズムの結果を導出してもらう。早く解いたほうが勝ちということだ。」


 しかし、この広瀬の発言に対し、積は意見を言った。


「待ってください。これは数学ではなく、情報の問題ではないですか。こんなんで勝負を決めてもいいのでしょうか?」


 それに対し、広瀬は答えた。


「私は特に数学の問題を出すとは言っていない。もちろん、君ならできるだろ?」


 すると、ペルゲも積に一言言った。


「お前、『天才』ってのはな、与えられた条件に文句を言わずに立ち向かう、そういう奴のことを言うんだぜ!」


 それを聞いた積は何かに気付かされたような様子を示した。


「では、始め。」


 広瀬がそう言うと、二人は解析に取り組み始めた。それからしばらくして、二人はほぼ同時に解き終わった。広瀬は二人の答えを見ると、正解を発表した。


「正解したのは、ペルゲ、お前だけだ。」


 広瀬がそう言うと、ペルゲは大いに喜んだ。


「負けたぜ。お前の勝ちだから、何でも言うこと聞くぜ。」


 積はペルゲにそう言うと、ペルゲは首を横に振った。


「別に勝負なんか関係ねーよ。俺にとって、勝負なんて娯楽の一環さ。楽しかったぜ。」


 すると、広瀬は積にとある誘いをした。


「もしよければ、今度事務所を作ろうと思っているんだが、それに協力してくれないか?」


 積はそれに応え、頷いた。


「はい、喜んで。」






 二人の昔話を聞いた川内は笑顔で感想を言った。


「いい話ですね。お二人とも、もしやツンデレなんですか?」


 二人はそう言われ、ドキッとした。


 その後、建部と小町が事務所に来た。すると、ペルゲは一つ皆に提案した。


「なあ、みんなせっかくだから写真撮ろうぜ。」


 計算事務所は何年経っても明るいままであった。

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