第5話 計算機エニグマ
ペルゲがトルコから戻ってきた次の日、外はどんよりとした雲に覆われ、ぽつぽつと雨が降っていた。
そんな中、数学界の傍らで何やら会議が開かれようとしていた。
ピタゴラスはその会議に参加するため、事務所でパソコンを開き準備をしていた。
「上様、あと10分で会議が始まります。ご着席の上お待ちください。」
と部下に伝えられると、
「ああ、分かった。」
と、ピタゴラスは返事をし、机の後ろにある窓の方を振り向き笑みを浮かべた。
この会議には数学界の称号を持つトップ26人と監査組織『オリュンポス』のリーダー『Z:ゼウス』を含めたメンバー12人の37人が参加し、インターネットを介して行われる。
しかし、ユークリッドとアポロニウスは既に数学界から除名と称号剥奪が濃厚となっているため、この会議には出席しない。そのため2人を除いた計35人が参加予定となっている。
「ちなみに上様、空いた2つの称号には誰を推薦するおつもりですか?」
と、部下が質問すると、
「エラトステネスとアキレスにしようと考えている。私にとって、称号などどうでも良い。とにかく、空いた穴をうちから埋めることが出来るかが重要だ。」
と、ピタゴラスは力強くそう答えた。
すると部下が退出してからすぐに、中継がつながった。
パソコンの画面には称号を持つ者やオリュンポスのメンバーの人たちが映っていた。
やがて、会議が始まった。
「まず初めに、称号の『E』と『A』につきましてお伝えします。本議会の議員であるユークリッドとアボロニウスに関しまして、ユークリッドは、エラトステネスと勝負を挑みエラトステネスが勝利し、エラトステネスとのポイントの差が規定の5%以上で、尚且つトップとなり、称号剥奪と除籍。また、アポロニウスは機密情報不正入手の疑いで称号剥奪と除名。以上により、この2つの称号は現在空白となります。」
数学界では『ドラクマ』という単位で扱われるポイントの多さを競い、会議の話し合いの結果で各称号の持ち主が決まる。
司会はうまく会議を進行させ、着々と時間が経過しつつある。
称号を持つ議員の何人かは少し落ち着きのない様子を見せていたが、ピタゴラスは冷静に司会の話に耳を傾けていた。
「それでは最後に数学界で現在、ポイントが最も高い、ピタゴラスに推薦権が与えられております。」
それを聞いたピタゴラスは急に気を引き締め、あらかじめ印刷しておいた書類を手元に置いた。
「ピタゴラス、誰か推薦する人はいますか?」
と司会に尋ねられると、
「はい、います。」
とピタゴラスは答えた。
「私は『E』にはエラトステネスを、『A』にはアキレスを推薦します。」
司会よりも大きな声でそう言った。口元が少し上がり、一仕事を終えたような気分に浸っていた。
司会はオリュンポスのリーダーであるゼウスにピタゴラスの推薦を承認するか確認した。
「ええ、良いですとも。」
ゼウスはそう答えると、それをピタゴラスはこれまで以上にない笑みで聴いていた。
「ただ、『E』のエラトステネスだけに限ります。」
それを聞いたピタゴラスは表情が一転し、目が大きく開き、眉間に皺が寄った。
「なぜだ、なぜ両方とも通さない?」
「『A』の座に君臨していたアポロニウスは『除籍』ではなく『除名』。アキレスはアポロニウスと直接対決を勝利し、尚且つ『A』のトップになったものの、アポロニウスとは5%以上の差はつけていない。果たして、それで称号を与えてしまってよろしいのか、いやダメだ。」
「アポロニウスは『除名』された。だから奴は『A』でも『アポロニウス』でもなく、ただの凡人だ。それなら肩書きがあり、私が推薦しているアキレスに称号与えるべきだ。」
「いや、称号を決めるのは神だ。ピタゴラスが決めるのではなく、我々オリュンポスが決めることだ。そのため、しばらくはオリュンポスの3番手アテナが『A』を担うこととする。」
そのようにピタゴラスとゼウスは言い合ったが、ピタゴラスの意見を全てゼウスは受け入れなかった。
そして、怒ったピタゴラスは会議の中継を切断し、自分の机を強く拳で叩いた。
また、机の上にある2つの書類を見つめ、2枚目のインクが薄くなっている書類を手で丸め、思いっきりぶん投げた。
計算機を持ち帰ってから何日か経ち、ペルゲは事務所にとある人物を呼んだ。それは二日町が紹介した「チューリング」である。
ペルゲはチューリングと挨拶を交わし、ソファに座らせた。また、事務所にいた小町はチューリングにお茶を出してあげ、別の部屋へと消えていった。
まず初めに、「チューリング」という名前について少し気になっていたため、チューリングに色々と質問をした。
「ところで、あんたは数学者っぽい名前を名乗っているけど、数学界の者なのか?」
「ああ、そうでもある。でも、本職は違うかな?」
「本職は?」
「エンジニアだけど、主に暗号研究かな。」
「名前はチューリングだから『T』の称号か?」
「いや、私は持っていない。確かタレスが称号の持ち主だったはず。」
テンポ良く会話が弾み、チューリングはペルゲの質問に淡々と答えた。
すると、チューリングはお茶を少し飲んだ後、ようやく自分から会話を切り出した。
「ところで君は『アラン・チューリング』という人物は知っているか?」
「いや、恥ずかしながら存知ない。」
ペルゲは質問にそう答えると、チューリングはソファの背もたれに寄り掛かった。
「『アラン・チューリング』イギリス数学者で、ドイツ軍の暗号機『エニグマ』の解読に成功した人物だ。アメリカやフランスも解読に挑んだが、失敗に終わっていた。彼はただ1人で解読をし、不可能を可能にした。その後、彼は同性愛者であったが、イギリスは当時同性愛者に厳しく、警察に逮捕された。苦しい環境での生活を送っていたからか、彼は青酸中毒による自殺を図った。彼は功績によって『コンピュータの父』と呼ばれるようになった。」
そのように語ると、チューリングはまた、お茶を口にした。
「では、なぜあんたがその肩書きを名乗っているんだ?」
ペルゲはチューリングにそう聞いた。
「いやー、自分はコンピューターに詳しくて、周りの人から名乗れと言われて名乗った感じだよ。好きとか嫌いとかじゃないし、別に意味なんてないんだけどね。」
「なんか、その気持ち分かる。俺もさ、昔先生に『ペルゲ』の肩書きをもらったけど、今度は急に先生が名乗っていた名前を受け継げと言われた。もう振り回されてばっかりなんだよ。」
「そっか、じゃあペルゲは称号のこととかどう思っているの?」
「別に興味ないんだ。勝ち続けることとかプライドとかどうでも良くて、自分が自由であればいいかなって。」
「だからね、分かる。」
ペルゲはチューリングと本音を語り合い、少し笑顔になった。
会話が盛り上がり、2人とも少し疲れた様子を見せていた。
そして、チューリングは計算機を見たいと言ったため、ペルゲは例のペルゲ遺跡から持ち帰った石灰石の塊を机の上に置いた。
計算機には何やら文字が書かれていて、特に数字は見当たらない。また、石灰石だからなのか、ところどころに亀裂が入っている。
「本当にこれが計算機なのか?」
とチューリングは不思議そうに思ったことを口に出すと、
「先生曰く、計算機らしい。自分も本当なのか疑っている。」
とペルゲは言った。
「ところで、見た感じ立派な計算機なんだから、名前とかはあるの?」
「分からないけど、名前はあっても良いかもな。」
「じゃあ、私が名前をつけよう。」
そうチューリングは言うと、ペルゲは驚き、目が大きくなった。
「アラン・チューリングが解読に成功した暗号機の名前にちなんで、『エニグマ』にしよう。」
「エニグマ・・・。」
「そうだ、こいつの名前は『エニグマ』だ。計算機『エニグマ』。こいつで数学界のやつらの度肝を抜こう。」
ペルゲはチューリングの提案に興奮し、微笑みながら頷いた。二人は計算機エニグマを通じて新たな冒険を始めることになった。
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