第17話 mumについて考察したブログ


イカホロを襲い続けるインターネットの大怪獣 混迷マム


「mum(以下マム)」というブログをご存知であろうか。

「マム」はイカホロを題材にした二次創作系小説ブログだ。

管理人は誰なのかわかっていない。ブログタイトルも書かれていないのでわからない。ただアカウント名が「マム(mum)」であったことからこのブログはそう呼ばれている。

マムは八年運営が続けられており、そこに置かれた作品は二千以上にものぼる。

八年が二九二〇日であることを考えればその作品量がどれだけ凄いものかがわかると思う。

しかもこの二千以上の作品、内容はすべてイカホロが怪獣たちにひたすら凌辱されるだけの内容である。


イカホロの性的描写を含む二次創作は珍しくなく、特にアニメ版『イカホロUK』で書き手は増えた。しかしそれはアカツキやユカリを始めとした人間キャラクターの話であり、イカホロを怪獣に犯させるような奇異なものは無かった。そもそもイカホロ自体をそういう目で見る人間などいないのだから当然だ。(※)


(※ここに関しては後日抗議のコメントをたくさんいただきました。イカホロをモチーフにした性的な二次創作は存在してはいるが、特撮作品なのですべて隠されているそうです。自分はその辺りはよくわからないのですが、表記に誤りがあったことをここで謝罪させていただきます)


マムは「イカホロ」というワードを検索エンジンにかけると上位に出てくる。

そのためイカホロに興味がある人間は高確率でマムに遭遇してしまう。

また、マムはイカホロ関連の掲示板でコピペ荒らしとして使用された。おそらく実際にマムに行ったことがなくてもコピペで見たことがあるという人は多いと思う。

以下は実際に投下されたものである。


『宇宙虹人イカホロ』『イカホロUK』シリーズが来月新作グッズを発売することを決定、予約を本日から開始する。それに伴い全国のコンビニエンスストアでイカホロ特製クリアファイルがもらえるキャンペーンも実施。デザインは一部書き下ろし、イカホロの胸についた二つの飾りは怪獣達の執拗な愛撫を受けていたために肥大化している。乳輪は目玉を想起させるほど大きく発達し、乳首は怪獣達の愛撫がいつでも受けられるよう常に固く勃起していた。またイカホロの後孔は巨大な性器に蹂躙され続けたため今では異常なほど広がっていた。クリアファイルは指定商品を二つ購入することで手に入る。


マムの本文コピペはそのまま使われることも多かったが、引用のように本物のニュース本文に織り交ぜて使われることもあった。途中まで本当の情報なのでうっかりマムの部分も読んで気分を害したファンも多かった。案の定そのスレは荒れた。(乳首の肥大化したイカホロクリアファイルが欲しいか欲しくないかの議論スレになった)

マムは検索の邪魔、イカホロの冒涜、荒らしの象徴といった理由でイカホロファンからは嫌われている。しかし本文がコピペされるに従ってマムに興味を持つ者も増えてきた。いわゆるインターネットの「怪文書」の一つとして消費され始めた。ただしそれは石の裏側に潜むグロテスクな虫を観察する類の残酷な好奇心によるものであって、決して温かな感情ではない。俺もよくわからない感情でマムを追い続けている。


俺はマムに置いてある二千以上の小説をすべて読んだ。今日更新されたやつも読んだ。だからマムについては語る資格はそれなりにあると思っている。


マムのイカホロ小説は大体は同じような筋書きである。

「イカホロが作者の作った怪獣にみっともなく犯される」「イカホロの肉体に異変が見られる(主に乳首肥大化・肛門奇形化・男性器の縮小)」「民衆がイカホロに失望する」

この三つはマムを支える大きな柱である。


初めてマムを目にした者は「これを書いた者はイカホロを馬鹿にしている」と思うらしい。俺も初めて見たときはそうだった。冗談の延長、いわゆるネタコピペだと思ったのだ。正直ふざけていると思った。しかしこれが二千以上あるとなると話は別だ。冗談で二千も書かないだろう。この作者は冗談で書いたのではなく、何か重く熱い情感をもってこれらを書いているのである。形はどうあれこの人はイカホロに真摯な気持ちで向き合っているに違いない。


そもそもイカホロには乳首も肛門も男性器もない。「ない」と明言されているわけではないが、デザイン画にも設定資料集にも一切載っていないのである。こういうところもイカホロファンがマムを許せない理由であるらしいのだが、俺は敢えてこの三つをイカホロに付与したところにマムの執念を感じる。男性器を持たないイカホロに男性器をつけてわざわざ縮小させる(切断に及ぶことすらある)なんて嫌がらせにもほどがある。そういう性癖の持ち主だと言われればそうかもしれないが、性的な行為に及んでいる割にはあまり性的快楽のようなものを感じないのである。猟奇趣味や奇形趣味の人の書くような偏愛がマムには見られない。感じるのは執念、そして信じられないかもしれないが幸福さである。まったくの主観で申し訳ないのだが、こればかりは二千読んだ者にしかわからないことだと思う。マムの作品は書き手の幸福さに満ちている。


以下はにわかにはあまり知られていないマムの要素である。

「花モチーフの怪獣が多い」

マムに出てくる怪獣はすべてマムによるオリジナルである。「興隆ギオカーラー」「厭世ハルバッティ」などは一切出て来ない。しかしオリジナル怪獣のデザインの引き出しはあまりにも少ない。怪獣は大小形状さまざまだが、大概身体に花が咲いている。考えてみれば「マム(mum)」は洋菊の意味である。花屋にも「マム」「スプレーマム」などが置かれているので知っている人も多いと思う。ひょっとしたら作者は花が好きな人間なのかもしれない。


「怪獣は浄化されない」

マムに出てくる怪獣は浄化されない。イカホロは怪獣に犯され正常な状態にないのでアヌエヌエの矢は使えず、怪獣はほとんどは日暈研究所によって倒される。しかしイカホロが怪獣にアヌエヌエの矢を使う話もいくらかある。だがすべて浄化に失敗するオチだ。怪獣は浄化しないというのが作者のこだわりなのかもしれない。


マムがどんな人間なのかわからない。宇宙虹人世代の男性ではないかという意見もあるが逆に若い女性なのではという意見もある。マムには作者の日記やあとがき的なものも一切掲載されておらず、コメント欄も解放されていない。マムは常に一人きりである。八年間、たった一人でこのブログに籠り、ほぼ毎日のペースで、多いときは一日三本イカホロを凌辱する話を書き続けている。普通ブログは誰かに見てもらうためのものだが、マムは一体誰に見てもらいたいのだろうか。二千以上に及ぶこの作品は、俺にはときどき誰かへの手紙であるように感じられる。

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