おかしな火





朝。


登校して教室の扉を開くと、視界が煙で埋め尽くされた。


「うわ、煙た」


うちわ手で煙をかき分けると、扉の近くの席に集まる女子三人組が揃って振り返る。


各々の手に紙巻煙草


「……」


俺は教室に足を踏み入れると、すれ違いざまに声をかける。


「一本くれよ」


「あはは、自分で買え」


彼女たちはきゃははと俺を軽くあしらいながら、会話に戻った。


「カプセル2つある?」


「一本ちょうだい?」


「これパッケかわいくない?」


机の上には、様々なデザインの直方体が並んでいる。


「先生きたよー」


という委員長の報告に、慌てて片付けを始めた彼女らを尻目に、俺は自分の席に着く。


「うわ、煙た」


担任は教室に入ってくるなり顔をしかめた。


「学校に持ってくんな。没収するぞ」


「あはは…」


片付けが間に合わなかった分に覆いかぶさりながら、


「先生だって職員室の机に隠してるくせにー」


「……大人はいいんだよ」


「大人ずるいなー」





下校中。


並んで歩く彼女が、途中のコンビニを指さす。


「寄ってっていい? 新フレーバーが出てるはずなの」


「よく覚えてんなぁ」


「常識でしょ」


自動ドアをくぐって、2つ目の棚の角を曲がると、一面色とりどりの煙草のパッケージが並んでいる区画がある。


彼女は上機嫌に、そこから2つ3つ手に取ると、レジに並んだ。


店員の背後の壁面には、黒や、赤や、金色の、チョコレートのパッケージ


そうだ。


俺は商品をレジスターに通す店員に話しかける。


「あと、クーベルの80%を板で」


「……」


初老の店員はやる気なさそうに、こちらにちらと目をやると、


「…制服」


とだけ呟いた。


あ。


「やべ」


彼女が俺の後頭部をはたく。





喫茶店でもらってきたのであろう、まだ真新しい紙マッチの蓋を開くと、なんだか安っぽい、平らなマッチが並んで生えている。彼女はそのうちの一本を、丁寧にこちら側に折り込み、火薬部分を右手の親指とやすり部分の間に挟むと、シュッと擦り合わせた。きゅんです。


彼女の右手のひらの中に、ボゥと生まれた魔法のようなマッチの火に、咥えた煙草の先を近づける。息を吸い込みながら点火すると、煙草の先が光るのを、いつも俺は線香花火みたいだなと思う。彼女は慣れた動作で、手品のように紙マッチの蓋を指で弾いて火を消した。パンッ。


煙草を咥えなおすと、深く吸い込み、肺に煙を入れる。


「は~っ」


紫煙が河川敷の風で霧散する。


俺たちは、いつものベンチが並んでいる河川敷で、近くに人がいない場所を選んで座っていた。


通学カバンを探ると、内側のポケットの中に、小さな銀紙に包まれた固まりが出てきた。


開くと、チョコレートが2、3欠片


「いる?」


と彼女に声をかけながら、自分はひとつ口に入れる。


「いらない。歯ぁボロボロになるよ」


彼女はいつも呆れたような顔をするけれど、俺はその顔が案外好きだった。


「そっちこそ、歯ぁ真っ黄色になるよ」


と俺も軽口を返しながら、脳が痺れる甘さにくらっとする。


「糖尿になって死ね」


「肺がんになって死ね」


近付くと、慣れた動作で彼女の口元にそっと唇を重ねる。


「甘ったる」


彼女がまた、嫌そうな顔をする。


「ふふ」


そうですね。





END

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