おかしな火
朝。
登校して教室の扉を開くと、視界が煙で埋め尽くされた。
「うわ、煙た」
うちわ手で煙をかき分けると、扉の近くの席に集まる女子三人組が揃って振り返る。
各々の手に紙巻煙草
「……」
俺は教室に足を踏み入れると、すれ違いざまに声をかける。
「一本くれよ」
「あはは、自分で買え」
彼女たちはきゃははと俺を軽くあしらいながら、会話に戻った。
「カプセル2つある?」
「一本ちょうだい?」
「これパッケかわいくない?」
机の上には、様々なデザインの直方体が並んでいる。
「先生きたよー」
という委員長の報告に、慌てて片付けを始めた彼女らを尻目に、俺は自分の席に着く。
「うわ、煙た」
担任は教室に入ってくるなり顔をしかめた。
「学校に持ってくんな。没収するぞ」
「あはは…」
片付けが間に合わなかった分に覆いかぶさりながら、
「先生だって職員室の机に隠してるくせにー」
「……大人はいいんだよ」
「大人ずるいなー」
◆
下校中。
並んで歩く彼女が、途中のコンビニを指さす。
「寄ってっていい? 新フレーバーが出てるはずなの」
「よく覚えてんなぁ」
「常識でしょ」
自動ドアをくぐって、2つ目の棚の角を曲がると、一面色とりどりの煙草のパッケージが並んでいる区画がある。
彼女は上機嫌に、そこから2つ3つ手に取ると、レジに並んだ。
店員の背後の壁面には、黒や、赤や、金色の、チョコレートのパッケージ
そうだ。
俺は商品をレジスターに通す店員に話しかける。
「あと、クーベルの80%を板で」
「……」
初老の店員はやる気なさそうに、こちらにちらと目をやると、
「…制服」
とだけ呟いた。
あ。
「やべ」
彼女が俺の後頭部をはたく。
◆
喫茶店でもらってきたのであろう、まだ真新しい紙マッチの蓋を開くと、なんだか安っぽい、平らなマッチが並んで生えている。彼女はそのうちの一本を、丁寧にこちら側に折り込み、火薬部分を右手の親指とやすり部分の間に挟むと、シュッと擦り合わせた。きゅんです。
彼女の右手のひらの中に、ボゥと生まれた魔法のようなマッチの火に、咥えた煙草の先を近づける。息を吸い込みながら点火すると、煙草の先が光るのを、いつも俺は線香花火みたいだなと思う。彼女は慣れた動作で、手品のように紙マッチの蓋を指で弾いて火を消した。パンッ。
煙草を咥えなおすと、深く吸い込み、肺に煙を入れる。
「は~っ」
紫煙が河川敷の風で霧散する。
俺たちは、いつものベンチが並んでいる河川敷で、近くに人がいない場所を選んで座っていた。
通学カバンを探ると、内側のポケットの中に、小さな銀紙に包まれた固まりが出てきた。
開くと、チョコレートが2、3欠片
「いる?」
と彼女に声をかけながら、自分はひとつ口に入れる。
「いらない。歯ぁボロボロになるよ」
彼女はいつも呆れたような顔をするけれど、俺はその顔が案外好きだった。
「そっちこそ、歯ぁ真っ黄色になるよ」
と俺も軽口を返しながら、脳が痺れる甘さにくらっとする。
「糖尿になって死ね」
「肺がんになって死ね」
近付くと、慣れた動作で彼女の口元にそっと唇を重ねる。
「甘ったる」
彼女がまた、嫌そうな顔をする。
「ふふ」
そうですね。
END
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