マスクの日
天木犬太
マスクの日
朝。
教室の扉を開くと、窓際の席に座る彼女の姿が目に入った。
いつものように、文庫本に目を落としている。
扉を開いたまま佇む僕の姿に気が付くと、軽くひらりと手を振ってきた。
彼女の口元には、真っ白なサージカルマスク。
「お……」
おはよう。
そう口に出そうとした瞬間、
「おーっす」
気の抜けた声が右隣から発せられる。
「……はよう」
坊主頭が素敵な悪友だ。
「あれ? 彼女さん」
教室を覗き込むようにして言う。
「マスクの日じゃん」
彼女は既に文庫本に目を戻している。
「……」
悪友は僕の肩に肘を載せて言った。
「今日はちゅーできねーな」
「はあ!?」
◆
「はー、だる」
「その柄かわいいね」
「ダブルマスクってどうなん?」
体育の授業中。
グラウンドの隅、木陰のベンチで女子たちが喋っている。
その集団から少し離れた位置で、彼女はひとり文庫本に目を落としている。
「おーい、余所見してんな」
「あ……ごめん」
ぼーっとしていて注意を受けた僕がサッカーの紅白戦に戻ろうとした時、
彼女が目を上げて僕を見ていることに気が付く。
マスクの表面が蠢いて、彼女の目がいたずらっぽく笑う。
(ばーか)
◆
「じゃあまた明日」
下校中。
いつも彼女と別れる細い路地のすみっこで、
「ん」
と彼女が腕を広げる。
僕は彼女の背中に手を回し、彼女の耳に軽く頬を添わせながら、
「今日は……駄目だよね?」
「うん、ごめんねー」
「いや全然……」
心地好いシャンプーの匂い。
「ていうか別に……俺は気にしないけど……」
「は? 私が気にするんだよ」
「あっ……はい」
そうですね……。
「……」
ずっ、とひとつ彼女は鼻をすすると、
「ちょっと待って」
僕から離れて背を向ける。
「準備するから」
とマスクを外し始めた。
「え? いや、そんな無理にとは」
「私もしたいし」
ずっ
「よし、おっけ」
くるりと正面を向いた彼女が、僕の腋腹に腕を差し込んでくる。
「ふふ」
マスクのない彼女の唇が近付いてきて、
「あ、やば」
すぐに離れた。
彼女が手をやる鼻の穴からは、赤い液体がたらりと垂れている。
すん
「えっ」
僕は彼女の手首を掴むと
「やっ」
彼女が逸らそうとする口元に顔を寄せる
「ん」
鉄の匂いが口の中に広がった
「ぷは」
ぬちり、と
離れた僕と彼女の唇は、細い赤色の糸で繋がっている
「……」
「……」
「……」
「……」
「……変態」
そうですね。
END
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