第17話

お前はいつから参加したのか?

私の希望とは反対に、次から次へとデマが広がっていった。


「可哀想。」

私の前でそう呟く。

そんなお前は可哀想ではないのか?

既に警察に言われた後から犯罪を始めたのなら、お前の行動は最初から今まで全部チェックされていた事になる。

わざわざ捕まる為に自分から寄ってきたお前は、可哀想ではないか?


デマが良からぬ奴に回っている。

お前が噓を突き通せば突き通すほど、長引かせれば長引かせるほど、お前達の中から死人が出る。

私はそう思っていた。

本当の事が分かっても、黙っている人間。

本当の事が分かってから、争い始める人間。

どちらからも死人が出ると思っていた。


理由は沢山ある。


このデマの広がりの規模。

私は早い段階で把握出来た。

それは、普段の集まりでもなかなかお目にかかれない親戚が私の目の前に現れたこと。

1人、2人、3人、4人。

それぞれ、年齢も違い職業も違う。

勿論言葉を交わす事も無く、目の前から去っていったけれど。

私は居場所の連絡だとすぐに察しがついた。

何千人、何万人と、同じ行動をする人間を毎日毎日見てきた。

ある者は、スマホの写真と実物とを見比べて頷き、ある者は必死で居場所の連絡をし、ある者はレンズを向ける。

気付かない訳がない。


市を2つ以上超えている、どころか県を超えた。

その広がりの大きさに驚いている暇も無く、私と母は、居場所を流されながらレンズを向けられながら、毎日毎日過ごしてきた。


そして私の予想は現実になる。


私が電車に乗れば、後日起こるその路線の人身事故の数々。

車を停車中。横を通る車に擦られた時。

その相手の住所付近で起こる殺人事件。

よく目にした病院のバス。その病院系統で起こった医師の自殺。


病院と聞いて、すぐに思い出すことがある。

祖母が腹痛で老人ホームから病院に運ばれた時。

私は母を連れて電車に乗った。

お前らは都会のど真ん中でも平気で周囲をグルグル取り囲んだ。

スマホを持ってレンズを向けて。

ショッピングモールの中でやっていた事を。

ぞろぞろぞろぞろ。

そのせいで母が倒れた。

救急車を呼んでもらった。

覚えているよな?

地下街から地上に、母が救急車に乗せられる間、お前がずっとスマホを向けていた事。

そこまでする必要がどこにあるのか?

だから私は1人で老人ホームに行っていた。

全部お前のせいだ。

お前が変えた。こんな風に。

結局その日、私と母は祖母の手術に立ち合うことは叶わなかった。


余程自信があるのだろう。

お前が倒れる事は絶対にないのか?

自分の体中にチューブが繋がれている。

そんな時に、写真を撮られたらどう思うのか?

ひどく弱っている時に、面白おかしく寄りつかれたらどう思うのか?

お前は絶対に言う。

汚い奴だと。

こんな時に。

卑怯者。


自分達のデマが流されている。

それはすぐに分かった。

あの事件の後から、私と母はショッピングモールで、歩く広告塔になった。

悪い意味の広告塔だ。

見せ物パンダとでも言うだろうか。

歩くたびに誰もがレンズを向けた。

立ち止まって抜かさせても、また違う奴が付きまとう。

ニヤニヤ笑って。指を指して。

私に向けられた視線。

「この子がそうか。」

この子だ。


店頭には私が買った商品が積み上げられ、

真似をしたら助かると心酔した人間が次から次へと購入する。

似たような服も次から次へと飾られた。


「店の奴等に土下座させてでも謝らす。」

ショッピングモールの駐車場。

そんな事を私の前で言いながらすれ違った、彼女を連れたお前。


対向車線の車の中から手を合わせてゴメンと見せる、運転席・真ん中・助手席のトラックの真ん中に座るお前。


連れに

「もう、殺されるの待ってるだけやから。」

と言うお前。


私の質問に答えてくれるか?


1つ目。それで、あの後どうなった?


2つ目。ゴメンで済むのか?


3つ目。お前はちゃんと殺されたのか?


1つ言っておく。

お前が上に立つ者であれば、お前の下にいる者を抑える事が出来るはずである。

下の者の失敗でお前の足を引っ張られないように。

この3人はどういう立ち位置だったのだろうか。

そしてこの時期、ある程度の人間が自分の間違いに気付き始めていた。

私と母はこの時点でも、ひどく被害に遭っている。

それでも、終わると思ったから黙っていた。

それなのに、なぜ今も終わらない?

なぜ終わらせない?


卑怯者の誰かが本当の事を言わずに止めている。

そしていつの間にか、それに付けて金も絡んでいる。そういう事か?


人は変わる。

お前は私にこれを書かせた。

お前のせいで書き始めた。

私に、何のために、誰のために、そんなに我慢するのか?

我慢するのは私ではない。

気持ちを変えさせた。

お前が変えた。


私が何のために黙っていたのか。

大げさな事を言うとお前は言うのだろう。

だが、本当の事だ。

この犯罪で秩序が乱れた。

何でもありになった。

悪いことをしていても平気になった。

それは別に良いことではない。

私は簿記の講師にはなれるが、教育者ではない。

年下のガキを教え導くつもりもなければ、年上の老人に説教する気もない。

そんな事は給料を貰っている教師がやればいい。

家族がやればいい。

だが、悪いことをしたのにそれを良しとしてしまえば、何を頑張っても無意味になる。

何も頑張らない方が良いという事になる。

そんな世界は望まないと思っていた。

そして、その為には警察には警察でいてもらわなければならない。

私はその為に、60も過ぎた母を付き合わさせてまで、沢山の時間を犠牲にしてきた。

お前も努力すると思っていた。

だが、お前は私の望む方にちっとも持っていかない。

お前は自分さえ良ければそれで良かった。

だから私もお前と同じところに立つ事にした。

私が被害に遭っている間、お前はとても楽だっただろう。

旅行も行けただろう。大切な人と時間を過ごせただろう。金儲けもしたのかもしれない。

自分さえ良ければ犠牲者が出たって構わない。

それがお前だ。

そして犠牲者をいつまでも私と母にしようと決め込んだ。そうだよな?

私もそうだ。

私と母さえ良ければ、それで良いのだ。

犠牲者が私に迷惑をかける者でなければ、誰であろうとも構わない。

お前と一緒。何でも一緒。

何でも一緒だ。お前と一緒。





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