第2話 煙
古ぼけた公民館だった。
怪談師のイベントだ。
一階の後ろの方の席だったが、話が聞こえれば問題ない。
休憩後の心霊写真のコーナーの時は見えずらいかもしれないが、プロジェクターで投影されるはずだからおそらく問題ないはずだ。
思った通り心霊写真の見え方にも問題はなかった。
その日も何枚かの心霊写真を紹介し、解説していた。
おや、と思ったのは3枚目の写真だ。
どこかの古民家で撮影されたらしきその写真は
写真の中央あたりでポーズをしながら姿見を見ている女性が写っていた。
後方の壁には赤いジャケットと黒いキャップがかけてある。
女性の肩に置かれている手がこの家に取り憑いている霊のもの、という話だったが、俺が気になったのは赤いジャケットだ。
赤いジャケットの肩のあたりに黒い小さい煙のようなものがある。
これはこの写真が最初に壁に映し出された時にはなかった。気がついたらあったのだ。
この後、これに言及するのだろうと思っていたが、一向にふれる気配がない。
あれ、気のせいか。
強く目をつぶってみる。
いる。
たしかにいる。
それは今度は袖口のあたりに移動して、さっきよりも濃く大きくなっているように見えた。
しかし、周りも怪談師もそれに気づいている様子はない。
いかんせん、遠い席のため、確信が持てない。
目の錯覚…?
メガネを外して目頭を軽く揉む。
やっぱりいる。
さらに色濃く大きくなったそれは女性の頭のあたりにいた。
「おい、あの黒いの何?」
後ろで声がした。
「うん、何だろうな」
「仕込み?」
なるほど。
仕込みなら怪談師が触れるはずもない。
怪談のイベントで本当に怪奇現象が起こったとなればSNSは盛り上がり、宣伝効果は抜群だろう。
結局その煙は次の写真にも次の写真にもあらわれたが、少しづつ濃く大きくなっていった。
最初は仕込みだと思っていたが仕込みにしては凝り過ぎている。
しかも、俺と後ろの二人以外はその存在に気がついていなさそうなのだ。
写真のコーナーが終わる頃にはステージの上半分を覆うくらいの大きさになっていた。
「ごめん、俺かもしれない。」
さっき、黒い煙に気づいていたうちの一人の声がした。
「え、なんだよ。」
「俺、霊感あってさ…
悪ぃ、ちょっと気分が悪い。」
「お、おい、大丈夫か?」
支えられるようにして会場から出ていった。
ステージでは後半の怪談がスタートしていたが
それどころではなかった。
ステージの上に広がっている煙は今や客席側に移動している。
なぜだかわからないが、このままではまずい予感がして
中腰で席を立とうとした瞬間、それは瞬間移動して俺の目の前にあった。
まずい、と思った時には俺はその煙に顔を突っ込んでいた。
あたり一面、闇だった。
目を凝らしても何も見えない。
見えないどころか、自分が立っているのか、座っているのかも分からなかった。
ただ、そこにいる。
それがその時の感覚に一番近いだろう。
まんじりともせず、しばらくそこにいると、霧が晴れるように遠くの方がぼんやり見えるようになってくる。
あれは鳥居だろうか。
暗闇にうっすらと鳥居がある以外は何も見えない。
立っているのか座っているのかも依然として分からない。
しばらくすると鳥居のあたりに何かが浮かんでいるのが見えてくる。
どうやらそれは動いているようだった。
鳥居の周りを右往左往して、やがてこちらに近づいてくる。
鳥居と俺との中間くらいの距離になった時
それはスピードを上げた。
俺の少し前でスピードを落とし
それからジリジリと近づいてくる。
俺の背丈くらいの位置を保って浮いていて、それは丸い何かだった。
目だ。と気づいたのはそれが目と鼻の先に迫った時だ。
叫び出したい、逃げ出したい、手で振り払いたかったが、体が言うことを聞かない。
目は文字通り目の前にあった。
瞬きをするをまつげがあたりそうなくらいの
距離にいた。
怖くてたまらなかったが、体を動かすこともできず、見つめ合うしかなかった。
いや、目をそらす方が何倍も恐ろしかった。
視線、闇、静寂…
あまりの恐怖に数を数えていないと自分を保てそうになかった。
1000を数えた頃、ふいに目玉の視線がそれた。
お前じゃない…
男の声だったか女の声だったか
記憶にないが、確かに
そう聞こえた。
気がつくと俺は公民館の席に座っていた。
鳥居は消え、煙も消えていた。
汗だくだが、全身に鳥肌がたっていて震えが止まらない。
どうやら助かったようだ。
結局、後ろの席の二人はイベントが
終わっても戻ってくることはなかった。
これは夢。きっと夢。 ふゆ @5rings
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