第22話 自室の異物

 自室に服の紙袋を置き、中身を確認する。

 おしゃれな服が多かったが、ある程度着こなしが想定できるものばかりだった。辰巳にあわせて縁治が選んでくれたのだろう。


 服を一枚取り出して広げ、しみじみと眺める。

 かっこいい。これが自分に似合うのか、心配だ。袋の中身を数え、重要なことに気づいた。


「服を入れるところがないな……」


 辰巳の部屋は質素で、ベッドとテーブル、ノートパソコンとその周辺機器、そして布を入れる小さめのチェストしかなかった。

 衣類はプラスチックの収納ボックス一つにまとめられており、着るものはボックスの上、季節はずれのものはボックスの中に入れてあった。


 貰った服は紙袋数個分で、当然ボックスには収まらない。収納を買い足す必要があるだろう。


 辰巳は広げた服を紙袋に戻し、壁際に寄せる。縁治の写ったカレンダーの下に、縁治から貰った服を置くと、奇妙な気持ちになった。


 縁治のぬいぐるみや、彼のグッズで満たされていると思った自分の部屋に、さらに縁治からのプレゼントが加わった。世界観の違うブランドのショッパーは、部屋の中で異物感を放っている。


 これはきっと幸せなのだろうと思いつつも、どこかそわそわとした、落ち着きのない気持ちにもなる。自分が『ファン』から逸脱していくのを感じる。


 蛙化現象。

 不意に、以前縁治が言っていた言葉が頭の中をよぎる。うっすらと、その意味がわかったような気がした。


 蛙化とはつまり、大好きな人が自分のようなこんな価値のない人間を見いだすなんて、という醒めだ。

 愛していた美しい夢が、現実の自分に触れてきたために、現実に浸食されて醒めてしまう。怖くなってしまう。


 自分の家なのに落ち着かない感覚は、職場で正人と話していたときにも似ていた。複雑な感情がわき上がって、自分自身がわからなくなる。


 縁治からメッセージが届く。


「辰巳の家の住所って、この間貰った手紙に書いてあるやつで大丈夫だよね?」


 コロナ以降、劇場で出演者へのプレゼントや手紙を受け付けることがほとんどなくなった。何か送りたいときは、事務所宛に郵送する必要がある。

 劇場に預けていたときは、辰巳も名前だけで済ませていたが、今は差出人欄に全て書かざるを得なくなっていた。


 縁治が何を考えているのか不安になるが、嘘もつけない。辰巳は渋々「そうだよ」と答えた。


「とりま明日午前着で送るから、受け取れなかったら再配達依頼して」


 ごめんねという文字と、申し訳なさそうな縁治の写真を使ったスタンプが送られてくる。彼の事務所が出しているスタンプで、辰巳も持っていた。


 本人も使うんだな……と思いつつ、辰巳も、OKと笑顔で言う縁治のスタンプを返した。


 ごめんねというのは、再配達の手間のことだろう。間違っても、勝手に送りつけてごめんという意味ではない。


 辰巳は自分の部屋の壁を見る。

「……棚一個増やすか」


 出来るだけ安価で、服もかけておける棚がいい。帰ってきたら検索しよう。そう思い、仕事のために家を出た。

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