04 推しに愛されすぎてキレそうです
第21話 プレの横流しはしません
メッセージアプリが通話の着信を告げる。
辰巳がぬいぐるみ用の布を見ていると、呼び出し音が鳴った。画面に表示された縁治の名前に緊張しながら、辰巳は通話ボタンを押す。
「よ。今暇?」
縁治はきさくに言う。
耳元で響く推しの声に、辰巳は腰が抜けそうになった。劇場のスピーカーから聞こえる声とは、また違う威力がある。
はうように店舗の角に移動し、返答する。
「今……えーっと、どうだろう。暇ではないかな。新宿で布を選んでる」
「ぬいぐるみの?」
「そう。颯大のぬいぐるみを二つ作って欲しいって言われて」
凪結と千佳子から依頼を受けたことを簡単に伝えると、縁治は感心した。
「すげーじゃん。辰巳のぬいぐるみ、可愛いもんな」
推しから褒められ、嬉しくないわけがない。辰巳はとろけるように頬をゆるめる。開店直後なこともあり、店内に人が少なくて良かったと安堵した。
そばのボタンが並べられた棚をいじる。千佳子の颯大ぬいにちょうど良さそうなボタンを見繕いながら、辰巳は縁治に問いかけた。
「なんの用事? 次会うのって、今度の金曜日だよね」
「ソワレしかないから時間あるなーって思って。辰巳は今日仕事?」
「十四時から出勤だな」
「じゃあちょっと会えるじゃん。十二時に新宿の東口待ち合わせでどう?」
断るはずがないと思っているのが感じられ、辰巳は仕方なく笑う。「いいよ」と答えると、縁治は喜んで電話を切った。
辰巳は素早く店を回り、刺繍糸と布、ボタンを買い集めた。
肌用の布は手持ちに何種類かあるが、髪に使える布は、主に縁治を作っている関係で赤みがかったものが多い。青のイメージの颯大を作るのだからと、暗めの青のボアなど、数種類選んでみた。
紙袋に布を詰め込んで、十二時少し前に新宿の東口に向かう。すでに縁治は改札を出たところに立っていた。
「辰巳ー!」
黒いマスクをした美青年が、親しげな声を上げる姿に、周囲の人間が反応する。辰巳は素早く駆け寄り、縁治をつれて歩き出した。
改札から少し離れたところ、大きな柱のそばで立ち止まり、辰巳は縁治にささやく。
「おい、目立ってるぞ」
「こんくらい大丈夫だって。
新宿っていろんな有名人いるし、オレなんか目立たないよ」
全く気にしていない様子の縁治に、辰巳ははらはらする。
本人は自分のかっこよさやその影響に慣れているのだろうが、辰巳は慣れていない。縁治がいるとわかっただけで、周囲の人間がざわめくのではないかと気が気ではなかった。
大きな音を立てて、縁治は雑な仕草で大きな紙袋を数個持ち上げる。
「これやるよ!」
辰巳にもわかる程度に有名な、ファッションブランドのショッパーだった。中身はパンパンに詰め込まれており、重そうだ。
ぐいぐいと押しつけられ、辰巳は受け取ってしまう。
「え、何これ」
「服! 買ったけどデカかったのとか、先輩から押しつけられたやつのなかで、似合いそうなのを選んできた」
「ふぁ、ファンからのプレゼントは……」
「絶対ない! プレの横流しすぐバレるじゃん!」
おびえながら辰巳が問うと、縁治は何も持っていない手で大きくバツを作った。
「辰巳にあげたらオレの舞台に着てくるだろうし、絶対気づくと思うんだよなー」
「いや、ていうかそもそもなんで服……」
説明が必要か、といった顔で縁治は辰巳を見る。辰巳は思わず目をそらした。
確かに縁治の舞台では、いつも同じ一張羅を着ていた。しかも今日は現場の予定がなかったため、よれよれのTシャツと色あせたジーンズをを着ている。
口が裂けても、服なんて余っていると言えるような人間ではなかった。
辰巳は袋の中をのぞき込む。
黒系の色が多いが、布の質がいいものばかりだ。これでぬいぐるみの服を作ったら、普段と違うリアリティが出るのではないだろうか。
思考が脱線したことに気づき、辰巳は嘆息した。
「縁治にここまでして貰う理由がないよ。俺はファンだし……」
「すげー沢山オレのこと手伝ってくれんじゃん」
あきれたように肩をすくめ、縁治は不満そうに唇を曲げる。
「こんくらいさせてくれよ。感謝してんだからさ」
「うん……」と煮えきらず辰巳がうつむくと、今度は縁治がため息をついた。
「いやだってさあ、お前がオレに金かけすぎて服買ってないのはわかるんだよ。
一応身綺麗にしてるけど、服同じだし。
でも舞台見てくれるのも、イベントに来てくれるのも嬉しいじゃん? 来んなっつっても来るだろ?」
どこか拗ねたような顔で、縁治は辰巳を見る。
「だから、オレに出来ることを、ちょっとでもやらせて欲しいんだよ。
これはオレのワガママです」
言葉を受け止め、辰巳は一つ一つ噛み砕いていく。
縁治は辰巳のことをよくわかっている。だが、少しだけ理解できていないところがあった。それは辰巳が、自分には着飾る価値がないと考えているということだ。
平凡な自分が、縁治のように外見に気を使っても、無意味だろう。馬子にも衣装という言葉はあるが、それも結局、馬子が王子になるわけではない。服に引き立てられ、価値があるように見えるだけ。
辰巳は悩みながら、苦みを帯びた唇を開く。
「……俺に着こなせるかなあ」
「大丈夫だって! ぬいの服とかしっかり再現してんじゃん! 基本的な服飾センスはあるんだよ、お前」
前向きになったと感じたのか、縁治は明るく肯定する。
「もし不安だったら、着たのを写真で送れよ。ファッションチェックしてやるからさ」
その笑顔に辰巳もつられ笑いをする。紙袋を抱きしめ、うなずいた。
「わかった」
「じゃあ次に会う時と、千秋楽に着て来いよ。絶対だからな」
辰巳が了承すると、縁治は満足そうに帰って行った。服を渡したかっただけらしい。
辰巳も想定外の大荷物を抱えてしまったため、一度家に帰ることにした。
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