第20話 推しと創作
「起きてんだ?」
凪結からのメッセージだった。SNSを見たのだろうか。
だが凪結には辰巳の名前で登録してあるメッセージアプリのアカウントしか教えてないはずだ。
「詰介さんですよね?」
続けてメッセージが来る。凪結は、辰巳=詰助だと知っているのだ。
辰巳は少しおびえながら返事をした。
「よくわかったね」
凪結は前に対面した時と同様に、まくし立てるように短いメッセージを連投した。
「あのぬいなら詰介さんだよーって友達が言ってたんですよ」
「あげてる縁治くんのぬいもめちゃかわじゃないですか?」
「そうえんオソロ服とかあったらウケそ」
「詰介さんナマモノ大丈夫です?」
「そういえば縁治くんの目情ありますよ颯大のショップの近くにいたって」
目情とは、目撃情報の略だ。やはり縁治は見つかっていたらしい。彼の勘の良さ、あるいは視線慣れに辰巳は感心する。
凪結はすでにその話に飽きたのか、ぬいぐるみの相談に移っていた。
「凪結だけの颯大ぬい欲しいんですけど」
「デザインめっちゃ悩んでるんだよなー」
「ざっくりいくらですか? 十万?」
千佳子との対比に辰巳は笑う。話は早いが額がおかしい。
「そんなにかからないよ、大きさによるけど布代で三千円とか」
「作業の時給とれし」
泣き顔の猫が描かれたスタンプを凪結は送ってくる。
「凪結コンカフェとキャバやってるから金はある」
「もう使うところないし」
「颯大いない」
連続して送られてくる泣き顔の猫のスタンプに、彼女が本当に泣いているのだろうと辰巳は感じた。
無表情のままメッセージを送る人は多い。辰巳も、『笑』と送りながら目が死んでいる時がある。だが、颯大のコラボショップで見た凪結は、感情そのままに生きていて、こんな他愛のないメッセージの中にも想いを感じることが出来た。
凪結から聞き取ったところによると、顔の刺繍デザインは韓国製のぬいぐるみのように、黒目がちで寄り目風のものがよいとのことだった。目の色も、颯大の色である青にしたいという。
髪の毛の処理は、毛先を刺繍で肌に縫い止めるか、着脱できるものにするか悩んでいるようだった。
服は着替えが出来るものが希望だった。
いろんな服を着せたいと、沢山の颯大の写真や、ぬいぐるみの服の販売サイトを共有してくれたおかげで、辰巳の資料にもなった。
凪結と相容れなさを感じていた辰巳だったが、ぬいぐるみを介して話すのは楽しかった。
凪結から颯大への想いや、ぬいぐるみへの愛情を感じると、彼女も自分と同じく、誰かを推している一人の人間なのだと思えたのだ。
凪結とのやりとりが一段落し、辰巳が缶ビールを飲み干した頃、千佳子からまたダイレクトメールが届いた。
テキストと数枚の画像を交えて作られたぬいぐるみの依頼書は、とてもわかりやすくまとまっている。仕事もきっと出来るのだろう。
顔の刺繍デザインは、ろくちーのぬいぐるみとほぼ一緒で、口だけ微笑んで開いているものが良いとのことだった。
凪結と違い、ぬいぐるみに着せる服の指定もあった。
深い藍色のジャケットに、黒のYシャツとスラックス、靴は黒い革靴だ。颯大によく似合いそうな服だった。
確認のため、辰巳は短めに返信する。
「依頼書確認いたしました。丁寧にまとめて下さりありがとうございます。
服は着せかえ出来る仕様がよろしいでしょうか?」
「この服のデザインが気に入っており、着脱させる予定はありません。
詰介さまのやりやすい仕様にして下さい」
辰巳は普段着の縁治のぬいぐるみに触れる。
このぬいぐるみは、既製品の服も着られるように、ボディからデザインした。ろくちーに渡した颯大ぬいや、夕夏のももなぬいもそうだ。ぬいぐるみ本体だけでなく、着せかえも楽しめるようにしている。
舞台のキャラクターに寄せたものは、基本的に衣装を脱げないタイプだ。
独特なデザインも多いため、パーツをボディに縫いつけたり、布用ボンドを駆使して再現している部分も多い。
千佳子の希望する颯大のぬいぐるみは、どちらかと言えば普段着に近い。それにYシャツやジャケットは前が開くため、Tシャツと違って背中にテープをつける必要もなかった。
ズボンのみ、ボディと一体型にすることでタイトなシルエットを保つのがいいだろう。
そう千佳子に伝えると、彼女は「その仕様でお願いします」と答えた。
辰巳がシフトを確認すると、明日も遅番だった。出勤前に新宿の服飾資材専門店に行って、布を選んでから見積もりを出すことが出来そうだ。
そう千佳子に伝えると、彼女は承諾し「おやすみなさい」という言葉でダイレクトメールの文面を結んだ。
時計を見ると、すでに一時を回っていた。
酔いと、ぬいぐるみのことだけを考えていた時間の幸福感で、頭がふわふわとしている。
縁治のことを考えている時間は、気持ちが華やぐのが好きだった。
だがこうしてぬいぐるみの制作に向き合っている時間も、穏やかで満たされている。
辰巳は軽く歯を磨いてから、ベッドに転がる。満たされた感覚に包まれながら、眠りに落ちていった。
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