第18話 何のために推してるんですか?
ずけずけと言ってくる正人から、辰巳は視線を逸らす。会話が成り立たない、そう感じていた。
ため息をつき、答える。
「恋愛じゃなくて、芝居で推してるんだよ。コンテンツとして好きなんだ」
「もしかして、そういう人に偏見あったりします?」
すべての好意が、恋愛や性愛に繋がるという考えだって偏見ではないか。
辰巳はいらいらと足を組む。自分が理解のない、考えの足らない人間であるかのように言われ、不愉快だった。
本が好きだと言ったときに、作者に恋をしていると思われることは少ない。作者と本が別物だと、ほとんどの人が理解しているからだ。
しかし、役者やアーティストだと、本人の身体を用いた表現が多いだけに、誤解されてしまう。好きが固定化される。恋愛なのではと勘違いされる。
「俺の好きはそういう好きじゃないんだって」
「否定しなくていいんですよ」
まるで理解者のように笑いかけてくる正人が、嫌だった。
確かに、推しを恋愛対象として愛している人もいるだろう。男性が男性を愛することも当然ある。それを否定するつもりはない。他人のことだからだ。自分と思想が違うのなんて当然だ。
それに辰巳の中にも、恋愛的な価値観でものを見る側面はある。SNSなどで沢山のオタクを見ているうちに、自分の中にもそういう考えの選択肢が増えてしまった。縁治が誰を好きなのか、考えることだってある。
だから完全に、ひとかけらも恋愛感情がない、とは言い切れないのは事実だ。
だが、だからといって俳優として、その創るものを愛しているのだ、という気持ちまで否定されていいわけではないだろう。
辰巳は縁治が好きだ。見るだけでドキドキしてしまう。そばにいれば緊張する。人間として尊敬している。縁治の芝居を見るためだけに、貯金をせずチケットを買い続けている。
確かにこれは、恋愛感情と似ているだろう。
だが、縁治と恋人になりたいわけではない。
彼を知りたいことと、彼に知られたいこと、関係を持ちたいと思うことは、必ずしも一緒ではないのだ。
なにより――自分が縁治にふさわしい人間だと思えない。
穏やかに正人は辰巳に話しかける。
「自分の気持ちに正直になりましょうよ。押し殺す必要はないんですよ」
「素直に話してるんだけど、通じないな」
辰巳はやれやれと首を振った。
自分の気持ちってなんだ? 押し殺されたのはなんなのか。
辰巳の脳はいらだち、混乱する。たとえ正直な気持ちを見つけたとしても、今話さなければいけないのだろうか。
眉間にしわが寄り、瞼が圧迫される。頭の中にたくさんの言葉があり、どれを選んで言い返せばいいのか、わからなくなっていた。
隣の阿部が心配そうにしていることに気づき、辰巳は自分の眉間に手をやった。手で強くしわを伸ばしながら、自分の中の怒りをほぐす。
親密でもない人間に、自分の気持ちをわざわざさらけ出したくもない。だがそうやって喧嘩するのもめんどうだ。
へら、と無理矢理頬をゆるめ、辰巳は答えた。
「そもそもさ、うちの給料じゃ結婚できないだろ?」
「あー! それは確かに!
俺も確かに、マジで結婚ってなるとちょっと悩んじゃうよなーって」
「一人暮らしならどうにかなるけど、誰かを支えるとかはね……俺貯金ないし」
正人と笑いあっていると、阿部は安堵したらしい。緊張が消え、和やかな空気に変わる。店先にいた店長が、そろそろ客が増えるぞと休憩室に声をかける。阿部が先に席を立った。
正人は立ち上がりながら、辰巳に笑いかけた。
「俺そういう友達いっぱいいるし、偏見とかないんで、いつでも相談して下さいね」
ぐっと握り拳を作る彼に、辰巳は笑顔で心を閉ざした。
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