第15話 お焚き上げ

 縁治は警備員の名札を確認する。

「原口さん、ちょっと聞いていい?」


「なんだ、お前らも俳優さんのファンか?」

 瞬時に意図を推測され、辰巳はひき笑いをしてしまった。じろりと原口に睨まれ、あわてて弁解する。


「すみません。ご苦労されてるんだなと思って、つい」

「しょっちゅう聞かれるからなあ。俺がランニングコースを見回ってるのも、そういう奴らを追い払うためなんだよ」


 やれやれと首を振り、ため息をつく。


「人が死んだところなんて、そんな見たいかねえ。前職で散々見たけどよ、見たってどうしようもないよ」


 まさに見に行こうとしていた辰巳にとっては、耳の痛い言葉だった。

 気まずく思っていると、縁治がマスクをとって原口と向かい合った。じっと原口を見つめ、言う。


「オレ、俳優やってて、死んだ奴と友達だったんですよ」

「ほぉー。確かにオーラある感じだな。で、なんで現場に?」


「アイツがなんで死んだのか知りたいんです」


 辰巳にも覚えのあるまなざしだ。真っ直ぐで嘘がなく、人の心をこじ開けてくる。

 原口はしばらく眉間にしわを寄せた後、あきらめたようにため息をついた。


「……あっちの方だよ。多分行けばわかるだろ。ランニングコースの近くに、下草が焼けてるところがあんだ」


「焼けて? 焼身自殺ではないですよね」

「ファンの子が焚き火したんだよ」


 迷惑そうに首を振り、辰巳を見る。


「お焚き上げをしようとしてた、で通じるかね?」


 辰巳がうなずくと、原口は軽く説明してくれた。


 夜遅く、数人の少女が集まって火を焚いていたらしい。他の警備員が見つけ駆け寄ったところ、少女達は散り散りに逃げてしまい、今も見つかっていない。

 残されたのは、焼けた下草と、燃やしきれなかったものだけだった。


「花とか、写真とか、ぬいぐるみを焼いてたらしいね。生花も混ざってたから、燃えずにほとんどそのまま残ってたんだけど、もう掃除したからな」


 辰巳の脳裏に、コラボショップの献花台がよぎる。沢山の花に囲まれた颯大の写真。そして、辰巳が作ったぬいぐるみ。

 ろくちーは、ぬいぐるみが盗まれたと言っていた。献花台に供えられたものは、後日店舗側が供養するだろうし、わざわざここでお焚き上げする必要もないだろう。


 それでも少し気になって、辰巳は問いかけた。


「その燃え残ったものって、まだとってありますか?」

「いや、捨てちゃったね。すすもついてたし」


 だろうなと辰巳はうなずいた。大きな火事になっていれば、証拠品扱いになるかもしれない。だがちょっとした小火程度では、捨てられるのもしょうがないだろう。

 辰巳が考えていると、そういえば、と、原口は続けた。


「第一発見者の警備員から、現場の周りにヒールの跡があったって話は聞いたな」

「ヒール?」


「だからさ、俺たちん中では、痴情のもつれじゃないかって言ってた。そこんとこ、どうなんだい?」


 興味津々な様子に、縁治は苦笑する。


「ここ最近は、彼女の話は聞いてないかな。コロナにかかったら公演も撮影も飛ぶから、新しく出会うわけにもいかないじゃん」

「そりゃそうだろうなあ」


 縁治が答えると、原口は納得したようにうなずいた。きっと、縁治が与えたこの情報も、警備員同士の雑談のトピックスになるのだろう。


 案内は出来ないからな、と言って、原口は辰巳と縁治が来た方へと去っていく。背中に一礼をして、二人は言われた場所へ向かった。


 ここ最近は、ということは、以前はいたのか。辰巳は、颯大に彼女がいたことを意外に思った。忙しくてそれどころではないのではと思っていたのだ。

 それを縁治に伝えると、軽く答えられた。


「ももなと付き合ってたこともあるよ」


 颯大達が共演していた響心戦隊ズッキュンジャーは、放映期間が一年あり、当然撮影期間も長い。その中でカップルが出来るのも当然のことだろう。

 縁治はどうだったのか気になったが、辰巳は聞かないことにした。


 縁治はぽつぽつと呟く。


「颯大が彼女切らしてることなかったからな……アイツさみしがり屋だから」

「そうなんだ」

「ああ。仕事忙しくて、いろんな人に会うのに、いつも人恋しそうにしてた。いつでも誰かにそばにいて欲しいタイプなんだろうな」


 言いながら、縁治は足もとを見ていく。辰巳も一緒に見ると、ランニングコースの横に、下草が少し焦げた場所が見つかった。


 奥には木々が分厚く生い茂っている。この奥が颯大の自殺現場なのだろうか。


 躊躇している辰巳を置いて、縁治は迷わず森の中に入っていった。

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