第14話 自然公園

 自然公園は涼しい香りがした。


 新緑が懸命に空へと伸び、青さを競っているようだ。ビニールシートを敷いて遊ぶ家族達や、のんびりとベンチで本を読んでいるサラリーマンもおり、絵に描いたような都会ののどかさがあった。


「ここで死んだのか」


 ぽつりと縁治は呟く。

 誰もが颯大の死を知らないような、朗らかな顔をしている。もしかすると今颯大のことを考えているのは、自分と縁治だけかもしれない。それが妙に恐ろしいと辰巳は思った。


 コラボショップでは、一部普通の買い物客もいたが、そこかしこに颯大の写真があり、彼の死を悼む人が多くいた。

 だがここは違う。颯大とは関係なく、今も変わりない生活が続いている。


 辰巳はスマホに目を落とし、ブラウザのタブを移動していく。前もって調べた情報を改めて確認した。


「現場は中央広場から離れたところみたいだ。

 外周にランニングコースがあって、そこから少し森に入るとか」


「細かい場所はわからない?」

「さすがにネットには載ってないな」


 一瞬、辰巳は凪結に聞いてみようかと考える。だがそれがやぶ蛇となり、彼女がここに来てしまったら、縁治の負担になるだろう。


 縁治も同じことを考えたのか、渋い顔をした。


「……ぐるっと回ってみるか」


 二人はぶらぶらとランニングコースを歩くことにした。

 本気でランニングをしている人もいるが、デートをするカップルや、ウォーキングをしている老人も多い。男性二人の散策を、誰も気にしていないようだった。


 ランニングコースの周辺は木の密度が高く、どこが颯大が自殺した場所なのか、辰巳にはわからなかった。縁治は注意深く観察しているのか、ポケットに手を突っ込んだまま、森を睨んで黙り込んでいる。


 涼しい風が吹き、ざわざわと枝葉のこすれる音だけが響く。時折落ちる木漏れ日がまぶしく、最近、舞台でしかこういう風景を見ていなかったなと辰巳は気づいた。

 舞台上の木漏れ日は、小道具で作った明暗のパターンだが、実際の木漏れ日は毎秒動く。現実の情報量の多さに圧倒された。


 ふと上を見上げる。

 おしゃれなデザインの街灯があった。間隔がかなり離れている。光量が多ければいいが、普通の街灯程度であれば、暗がりになるところもあるだろう。


「夜はだいぶ暗そうだな」

「街灯? 確かに」


 縁治も手ひさしをして見上げた。しばらく考え、呟く。

「ここ、確か颯大の住んでるマンションから近いんだよな。ミューアパって呼ばれてる」

「ミューアパ?」


「ミュージアムプロダクションでツーフロアくらい借り上げてるデカいマンション」


 縁治はミューアパについて説明する。あまり住居に興味がない所属アーティストや、年齢が若いなどでマネージャーがそばにいた方がいい者がすんでいたらしい。演歌の大御所が、建て替え工事中に借りていることもあったという。


「マンションの前はもっと小さいアパートを借り上げてたから、その名残でミューアパなんだってさ」

「へえ」

「颯大だけじゃなくて、前に死んだ夜光も住んでたかな」


 そうなんだ、と、辰巳は返す。縁治は一方を指さした。


「あっちの方だよ。歩いて十分くらい。アイツ、ランニングが趣味だったんだけど、ここはあまり人が多くないから、走りやすくていいとか言ってた」


 普段から来ている場所なら、勝手も分かるだろう。自分の目的にあった場所も頭の中にあったはずだ。


 いつもは趣味のランニングをするために来た道を、自殺のために歩くというのは、どういう気持ちだったのだろうか。辰巳は想像し、うなだれる。


 縁治は前を指さした。

「あ、警察」

「警備員だよ」


 指をさされた六十代前後の男性は、嫌そうに答えた。縁治は笑って謝る。


「ごめんごめん。立ち方めっちゃ格好良かったからさ、本職の人かなーって」


 紺色の制服に身を包んだ身体は、確かに背筋が伸びており、りりしさがある。警備員はまんざらでもなさそうにした。


「実際、昔は警官だったからな。今は退職して、シニア枠で警備員してるんだよ」

「じゃあ本物じゃん」

「逮捕権はないけどな」


 わははと笑いあい、縁治と警備員は打ち解けた様子になる。辰巳はつい詫びた。


「すみません、お仕事の邪魔をして」

「や、全然いいよ。こうして市民と会話するのも仕事の内だからな」


 穏やかにうなずく警備員に、辰巳は警察の魂を感じる。定年まで、まじめに勤め上げたのだろう。

 自分の仕事に矜持を持っているのはすごいことだと、辰巳は感心した。

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