第13話 心に残る誰かの声

 縁治はカフェの奥で、あたりを伺いながらアイスコーヒーを飲んでいた。


 入店した辰巳に気づき、軽く手を振る。辰巳はさっさと店頭でアイスコーヒーを買い、縁治の向かいの席に着いた。


 縁治は大げさなほど息を吐いて安堵する。

「はー、良かった。合流できて」


「なんでショップから移動したんだ?」

「コラボショップからわらわら出てきた、颯大ファンの地雷系女子に見つかりそうになったんだよ」

 おそらく、凪結達のことだろう。


 縁治はからからとアイスコーヒーの氷を紙ストローで鳴らす。テーブルの上には空のガムシロップが三つ転がっていた。結構甘党なんだなと思いながら、辰巳は自分のアイスコーヒーをそのまま吸った。


「取り巻きとうっかり目があってさ。あっ! て顔してんの。

 でも真ん中の黒髪の地雷ちゃんが号泣してたんで、そのまま通り過ぎてくれた」


 だがそのままその場にいるのは危険だと縁治は判断したのだろう。凪結が泣き止めば、彼女たちが戻ってくるかもしれない。その時、改めて見つかってしまうかも。


 だから縁治はカフェの奥に逃げ込んだのだ。


「ああいうタイプに捕まると、しばらく動けなくなるんだよなー」

 縁治はげっそりとした顔で呟く。これまでもそういう経験があるのだろう。

「こう、ハマると一直線というか。相手にせず歩いてるのに、ずっとついてきたり……まあオレのファンではないから、そこまでしないかもだけど」


 疲れ切った様子を見て、辰巳は心配になった。このまま、ファンたちがいる場所に行ってもいいのだろうか。

 顔をのぞき込み、問いかける。


「どうする? この後、自殺現場に行けるか?

 彼女らも巡礼するかもしれないよな……」

「いや、多分大丈夫……。アイツら、今日は帰ろうって話をしてた」


 尻ポケットに入れた辰巳のスマホが、椅子に当たって低くうなる。

 取り出して見ると、凪結からメッセージが来ていた。


「さっきはごめんなさい! 颯大のこと考えたら泣いちゃった」


 泣き顔の猫が描かれたスタンプが送られてくる。こういうやりとりに慣れていない辰巳は、ただスマホの画面を見下ろすことしかできなかった。どう返事をするのが正解なのだろうか。


 縁治がスマホの画面をのぞき込む。

 見やすいように辰巳がスマホを傾けると、指先でスクロールした。


「こいつ、さっきの地雷系?」

「そう。ぬいぐるみを作って欲しいって」


「へー、見る目あるじゃん。あ、じゃあこう送って……」

 縁治の指示通りに文面を作成し、辰巳は凪結へメッセージを送る。


「大丈夫? 家まで気をつけて帰りなよ」

「平気! 友達が付き添ってくれる。ありがとう!」


 猫がピースサインをしているスタンプが来る。

 縁治はよしよしとうなずいた。


「これなら多分帰るだろ。じゃあオレたちも移動するか」

 手慣れた様子に、辰巳は推しの知らない一面を感じた。これだけ顔が良く、性格も明るい男だ。職業的にも若い女性のあしらいが上手いのも当然だろう。

 だが改めて目にすると、ついドキリとしてしまう。


 辰巳は自分を、縁治のガチ恋オタクだと思っていない。

 縁治のことを大切に思っている。愛していると言ってもいいだろう。しかし、恋愛対象として彼を見ているわけではないのだ。


 だがSNSで目にするガチ恋オタク達の言動は、辰巳の中に蓄積されており、芸能人の熱愛や、恋愛や性愛的に慣れた言動を見る度に、内側で声を上げた。「彼女いるんじゃない?」「好きな異性のタイプ……って、この間共演した子に似てるよね」「あれ食われてそう」

 その声は、縁治に対しても響いてくる。


 それらが絶対に自分の気持ちと異なると言い切れるのかどうか、辰巳はわからないでいた。


 鞄を持った縁治が、カフェの出口で名前を呼ぶ。


 外からの逆光で顔は見えないが、当然綺麗なのだろうなとぼんやりと思いながら、辰巳は立ち上がった。

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