第12話 地雷系女子・なゆ
「あのー! ここにあったぬい作ったのってお兄さんなんですか?」
至近距離から話しかけられ、辰巳はたじろいだ。こんな近くで女の子の声を聞いたことなど、ほとんどない。
下を見ると、小柄な少女が立っていた。
まっすぐ切りそろえられた黒髪に、褪せた青みのある白い肌と大きな瞳が印象的だった。長袖のブラウスに、黒を基調としたジャンパースカートが幼さを際だたせている。いわゆる地雷系の服がよく似合っていた。
少女は辰巳を期待に満ちた目で見上げる。大きな淡い色のカラコンが、白目にかかって透けていた。
「
「あ……はい、いいですよ」
「マジ? 即答! やったー!」
凪結と言った少女は両手を突き上げて喜んだ。
ブラウスの裾が落ち、無数の傷がある左手首が露わになる。辰巳は思わず目を天井に向けた。
メンタルが不安定なファンは、縁治のファンにもいる。だがここまでしっかりと自傷の痕を見たことはなかった。
颯大のことを知るために、ろくちー以外にも知り合いが欲しいとは思っていた。だからつい安請け合いしてしまったが、拙速すぎたかもしれない。人を選んだ方がいいと、今更になって基本に立ち返った。
凪結はスマホを突き出す。
「これなゆのQR! 流出させちゃだめだからね? これでもファンいるんだから!」
「あ、はい。俺にはそんな友達いないんで大丈夫です」
連絡先を登録しながら辰巳が答えると、凪結は大きな笑い声をあげた。
「わろー。でもぬいママさん見つかってよかったー! 凪結ここ毎日来てるけど、マジお供えぬい尊すぎてさー、エモすぎじゃない?
ほんと可愛い欲しい欲しい欲しい凪結だけの子がほしーって思うんだけど、ウチにつれて帰るのはさすがにダメじゃん。
あの子は天国にいかなくちゃいけない子で……お花に囲まれてる颯大の隣に……」
ぼろっと、大粒の涙が凪結の目からこぼれ落ちる。コンタクトレンズが落ちた用に見えて、辰巳はおびえた。
幼い子供のように、ただただ凪結は泣く。
「颯大ぁ、なんでいなくなっちゃったの……凪結、無理だよ……一緒に行きたいよ……」
エモいはエモーショナル、つまり感情という意味だと聞くが、目の前にいる凪結は、確かに感情を体現していると辰巳は感じた。心の動くままに身体が反応し、笑って泣いてと騒がしい。
感情をあまり表に出さないタイプの辰巳の目には、奇異な存在に映っていた。
泣きじゃくる凪結の周りに、似たファッションの少女が数人集まってくる。少女達にすがりながら、彼女は辰巳に手を振った。
「ごめんね、こっちから話しかけたのに。ちょっと、もう、話せない感じで……あとでまた連絡するね」
颯大、颯大と凪結は泣きじゃくる。少女達に付き添われながら店の外へと出て行く背中を、辰巳は呆然と見送った。
ろくちーが、心配そうに声をかけた。
「……大丈夫ですか?」
「あ、はい……」
凪結の存在感が強く、ろくちーがまだそばにいたことを忘れていた。辰巳は頭をかく。
「すごい勢いですね。縁治の現場ではあんまり見ないかも」
「あの子、あの、ちょっと特殊で」
辰巳が苦笑すると、ろくちーは表情を曇らせた。
「あの子のこと、詰介くんは知らない感じ?」
「ファンがいるってことでしたけど、アイドルか何かですか」
「うーん。アイドルではないかな。そっか、知らない……そうだよね。同担ではないし」
ぶつぶつと呟きながらしばらく思案した後、ろくちーは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「あの、さっきぬいぐるみ作ってくれるって言ったでしょう。
あれ、私はいいや、大丈夫」
「遠慮とかそういうのならしないで下さいね?」
辰巳が心配して言うと、ろくちーは唇の端をあげた。
「詰介くんに作りますよって言ってもらって、気持ちが前向きになったんだ。
ずっとめそめそしてたら、颯大にもぬいにも申し訳ないなってさ」
ろくちーの笑顔にはまだ力がなかったが、先ほどよりは晴れ晴れとした様子もある。
安堵した辰巳に、ろくちーは手を合わせた。
「ただ……一つお願いがあって」
「なんでも言って下さい、俺に出来ることなら何でもしますよ」
「千佳子さんって方が、前に詰介くんの颯大ぬいを欲しがってたの。
もしよかったら、その方に作ってもらえないかな。
すっごい颯大のことを熱心に推してる人だし、人柄は私が保証するから」
「なるほど、わかりました」
熱烈なファンなら、颯大についての様々な話が聞けるだろう。願ったりかなったりだ。ろくちーは自分から千佳子に連絡を取り、後日辰巳に伝えると約束してくれた。
辰巳はろくちーと共に、ひとしきり店を見て回る。コスメに疎いため、ろくちーに説明されても、何を何に使うのかよくわからなかった。
だが、店内に多数飾られた颯大は、男目線でも美しく、化粧品の広告塔にぴったりだった。自殺という悲しい事件の後も、彼のことを否定したり隠したりせず、生前の姿を残している様子も、辰巳にとっては嬉しく感じられる。
ろくちーに礼を言って、辰巳は店を後にする。
アクセサリーショップに移動したが、縁治はいなかった。きょろきょろしながらスマホをポケットから取り出すと、十分前にメッセージが来ていた。
「一階のカフェにいる」
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