第11話 献花台のぬいぐるみ
颯大のコラボショップは、平日午後だというのに盛況だった。
コラボショップは、都内のデパートの四階の一角にあった。
元々女性向けのコスメグッズを扱う店で、颯大はコスメブランドの広告に起用されたことをきっかけに、コラボを行うことになったらしい。
女性が多くいる店先を、辰巳はこわごわと眺める。
縁治の舞台でも男性は少数派だが、まだ見知った顔がいる分、気楽に入ることが出来た。劇場で舞台を見るのだという理由もある。
だがここは違う。
コスメショップなど、姉の荷物持ちで店先まで来たくらいしかない。その上、知っている人はほとんどいない。完全なるアウェーだった。
スマホが振動する。
「はよ入れ」
縁治から短いメッセージが送られてきた。
颯大ファンのほとんどは縁治の顔を把握している。その為、彼はコラボショップから少し離れた、ユニセックス系のアクセサリーショップにいた。
ずっとまごまごしているわけにはいかない。時間をかけすぎると、縁治が颯大ファンに見つかって騒ぎになる可能性も増えてくるのだ。推しに迷惑をかけるのはいやだった。
「……よし!」
辰巳は気合いを入れ、店に入った。
ふわりと生の花の香りが漂ってくる。入り口近くに作られた献花台には、様々な花が供えられていた。
仏花や白い花も多いが、颯大の担当カラーであった青色の花も多い。いわゆる推し色だ。コロナ禍前であれば、舞台のエントランスにスタンドやアレンジメントとして飾られていただろう花々は、今、颯大の死を悼むために飾られている。
ストーンやリボンで飾られた硬質カードケースには、在りし日の颯大の写真と、彼への追悼メッセージが入れられていた。手前の注意書きには、食べ物は供えないようにと書かれていた。
辰巳はしばらく献花台を眺めてから気づく。辰巳の作った、颯大のぬいぐるみが見あたらない。
花もお供えも増えるばかりだろうから、一定期間で撤去されているのだろうか。きょろきょろと見回していると、後ろから声をかけられた。
「つみすけ君?」
詰介は辰巳のSNS上でのアカウントネームだ。振り向くと、前に辰巳が颯大のぬいぐるみを作ってあげた、SNSのフォロワーが立っていた。
「あ、ろくちーさん……」
「君が颯大の現場に来るの珍しいね。もしかして、颯大ぬい見に来たの?」
どこか気まずそうに、ろくちーはふっくらとした頬に触れた。
ろくちーは三十代後半の女性だ。子供と共に子供向けシリーズを見始め、そのまま颯大やシリーズのファンになったという。穏やかなお母さんといった雰囲気の女性で、いつも人当たりのいい笑顔を浮かべていた。
だが、今日は妙にぎこちない。
細い目をさらに細め、ろくちーは苦笑する。
「あー、でもここ現場って言っていいのかな。
いつもの劇場とかみたいにファンがいっぱいいるから、勢いで言っちゃったけど、もう颯大はいないんだもんね」
辰巳は確かにとうなずいた。
ファンは推しのイベントや舞台の会場を現場と言う。推しが今そこに存在している場所だからだ。あるいは、仕事か何かのルーチンのように、通い詰める場所だからでもある。
颯大はもうどこにもいない。
現場と言える場所は存在しない――だがもしかすると、ファンがいれば現場であると言うことも出来るのかもしれない。
そんなことを難しい顔で思案していると、ろくちーは柔らかい手のひらをあわせ、詫びた。
「ごめん! 詰介くん! 颯大ぬい、盗まれたみたいなの!」
「盗まれた?」
驚いた辰巳に、ろくちーは今日店から連絡が来たのだと説明した。
颯大のぬいぐるみは、供えられた後、しばらく献花台に置かれていたらしい。だが昨日、店が花と共に回収して供養に出そうとしたところ、台から消えていたそうだ。
ろくちーは申し訳なさそうに頭を下げる。
「いつなくなったのかわからないらしくて。
せっかく供えていいって言ってもらったのに、こんなことになってごめんねえ」
「ろくちーさんが悪いわけじゃないんだし、気にしないでください」
そう言ってなだめても、ろくちーはごめんね、ごめんねと繰り返す。
「せっかく詰介くんに作ってもらったのに。あんなに可愛かったのに。
私が手放そうと思わなければ……」
颯大のぬいぐるみはなくならなかったのに。
ろくちーが颯大を二度失ったことに気づき、辰巳は胸が締め付けられた。
本当の颯大と、ぬいぐるみの颯大、どちらが失われた時も、彼女に出来ることはなかっただろう。だがどうしても自分を責めてしまう。大切なものを失ってしまった現在に立っていられず、過去に立ち戻っては、後悔を繰り返してしまうのだ。
辰巳は出来るだけ優しく、あまり力を込めないで、ろくちーの肩に触れる。
「ろくちーさんさえ良ければ、また颯大ぬい作りますよ」
「でも……」
「今でも颯大を想う気持ちがあるなら、その気持ちに応えられる子がそばにいた方がいいと思うんです」
替わりをあてがう、と言えばそうなるだろう。
だが、胸の中に強い思いがあり、それが彼女を過去や後悔に引き戻すなら、現在に新しいくさびを打って連れ戻すのも、選択肢としてあってもいいのではと辰巳は思った。そして、それを出来るのは自分だけだ。
ごめんねと、ろくちーは呟く。
「気を使ってもらっちゃって……」
「いいんですよ」
ろくちーは、辰巳がSNS縁治のぬいぐるみの写真をあげているのを見て声をかけてくれた人だ。是非ともぬいぐるみを作ってほしいと言われ、とても嬉しかったのを覚えている。響心戦隊の現場で知り合った夕夏とは、また違う絆があった。
「ろくちーさんは、俺の作ったぬいを大切にしてくれた人だからさ、俺も大切にしたいんですよ」
「またまた。優しいこと言って」
ふふっとろくちーは笑う。いつもの明るく優しいお母さんが戻ってきて、辰巳もほっと頬をほころばせた。
そんなのどかな空気を打ち破るように、幼く高い声が響いた。
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