第8話 この感想は合っていますか?


 推しの姿を作るのも、感想をSNSにつづるのも、別に悪い事ではない。

 そこに答えなどないのだ。勝手にするしかないだろう。


 だが今、自分の目の前に本人がいる。

 もしも正解があるなら、それに沿いたいと思ってしまった。


 縁治は呆れたように目をすがめた。

「だーから、言ったろ。オレだって客席から見たオレのことなんか知らないんだよ」

「でも……こう見せたいっていうのはあるだろ?」

「そういうののすりあわせは、演出家とやってる」


 辰己はぎくりとした。もうすでに、勘違いしそうになっている自分に気づいたからだ。

 目の前にいても、話をしていても、縁治は舞台の上の人間だ。縁治は舞台を作り、辰己はそれを受け止めるだけ。


 自分とは違う世界の人間なのだ。


「オレは作品を届けたい。でも押しつけたいわけじゃない。

 見る人には、自由でいて欲しいんだよ。

『正解はこれです』『ははー、かしこまりました』じゃあ、舞台にする意味もねえじゃん」

「そっか」


 そうだな。と、口の中でつぶやき、マスクをずらしてウーロン茶の湯飲みを傾ける。すでに干された湯飲みは、辰己の渇きを癒してはくれなかった。


 店員が〆の料理を持ってくる。湯気の立つチャーハンに、縁治は嬉しそうに手を合わせた。


「いただきまーす」


 辰己も一応手を合わせ、お茶漬けに口を付けた。塩味の効いた汁が妙に身体にしみる。二人並んで黙々と食べていると、向かいの夕夏が笑った。


「もう緊張しなくなったの? 辰己」

 肯定するように笑い、辰己は縁治を見る。


 チャーハンに夢中になっている同世代の男は、相変わらず顔が良く、しなやかな筋肉がついた身体も格好良かった。友達の自殺の理由を知るために、わざわざファンの力を貸りにくるところも、真っ直ぐですがすがしい。


 推しが隣にいることに、辰己が慣れたわけではない。ただなんとなく、『線引き』が見えて落ち着いただけだ。


 推しは相変わらず推しで、舞台上の人間だ。それはどれだけ近くにいても変わらない。自分がすべきこともだ。


 辰己はぬいぐるみを鞄にしまう。

 縁治は自分のスマホを差し出した。


「連絡先教えといて。あと、今度暇な日」

「休みの日は、全部縁治の舞台に行くんで……」


 言いつつ、辰巳は縁治のスマホに表示された連絡先交換用のコード画像を読み込む。友達申請をすると、すぐに承諾されて、友達一覧に縁治の名前が現れた。


 推しと繋がったなあと、辰巳はまじまじとスマホを見る。アイコンは、見たことがない縁治の写真だった。


 縁治は自分のカレンダーを確認しながら予定をすりあわせていく。


「マチネだけの日はどうだ? 今週末の金曜、五月十二日」

「大丈夫。でも次の土日はマチソワじゃなかったっけ?」

 マチネは昼公演で、午後十三時開演。ソワレは夜公演で十八時開演だ。一日二公演の日は無理としても、その前日に予定を入れるのは大変ではないだろうか。


 軽くピースして縁治は笑う。

「こんくらい余裕よゆう。あと、その次の木曜日の十八日は行ける?」

「夜シフトだな。十三時までならあけられる」

「了解。時間はまた後で送るわ」


 自分のスマホに、縁治が友達になったという表示が出ているのを、辰巳は不思議と他人事のように眺めていた。

 つい先ほどまでなら、頭も心もパンクしていただろう。心臓の換えが必要になったかもしれない。


 自分が推しの為になにを出来るのか、いや出来るわけがない。なんてことも自我の極みだ。自分のエゴだ。

 悟ったような、どこかさわやかな心地で辰巳は考える。

 今は推しに望まれていることを、出来る限りをやろう。


 縁治が挨拶スタンプを送ってくる。赤毛の犬が笑顔で『よろしくおねがいします!』と言っている絵だった。

 それに目を細め、辰巳はうなずいた。


「じゃあ五月十二日に」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る