第7話 「自殺の理由が知りたい」

「オレは、颯大の自殺の理由が知りたい」


 縁治は箸をおろし、辰己を見る。

 まっすぐな視線に、辰己はたじろいだ。

 至近距離からのそれは、舞台上から見られていた時よりも、胸に深く刺さりこむ。


「力を貸してくれ」


「なんで俺に?」

「信頼できる」


 縁治は強く言い切り、続ける。


「オレはこっち側からだけじゃなくて、ファンから見た颯大のことも知りたいんだ」


 辰己は口を開く。出てきた声は震えていた。

「でも、俺なんかじゃそんな……」


「辰己なら出来るよ! ぬい作家として割といろんなジャンルのファンと交流してるし!」

「ぬ、作家ッ?」

 趣味でやっているだけのことを大仰に表現され、辰己は驚く。だが縁治はその通りとばかりに頷いた。手のひらでゆっくりとぬいぐるみを撫でる。


「辰己のぬいぐるみは可愛いもんな。確か、颯大のファンとも交流があったろ?」

「あ、まあ……」


「お前と一緒に行動した方が、ファンがなに考えてるのかわかるだろうしさ。なあ、手伝ってくれよ」


 くったくのない笑顔に辰己は打ち抜かれる。

 今すぐ、「はい」と答えたい。だが本当に自分なんかが、縁治の役に立つのだろうかという不安がよぎった。

 だってただの一般人だぞ? いったいなにが出来るというのか。


 それに、と辰巳は、やらない理由を積み上げていく。

 ファンの側からの情報なんて、価値があるのだろうか。自分たちは本当のことなんか知らない。「見せてもらえている」ことだけだ。


 それに。縁治と共に動く中で、自分が勘違いしてしまうのが怖かった。自分の腹の底から湧き上がる臭気に、辰巳は顔をしかめる。推しに期待してしまうのが怖い。そうやって勘違いした自分を、知られるのが怖い。価値のない人間だと気づかれるのも怖い。

 ……。


 助けを求めるように、夕夏を見る。彼女はにやにやと笑っていた。明らかに面白がっている。


 夕夏はいつの間にか来ていたワインを片手であげた。

「いいじゃん、いいじゃん。面白そうだし」

「他人事だと思って……」

「私も手伝うしさ」

「な? そんな難しいことじゃないから」


 夕夏とノリを合わせ、縁治も頼み込んでくる。辰己はしばらくうなった後、頷いた。


「……わかった。手伝う」


 それに、と積み上げた理由を踏み越えて言った言葉は、意外にも軽い響きになった。やらない理由はごまんとある。やる理由は一つしかない。

 今目の前にいる推しを、落胆させたくなかった。


「やった!」

 縁治は手を叩いて喜び、ジンジャエールを手に取る。軽くグラスをかかげた。


「颯大に献杯」

 辰己と夕夏もそれにならい、グラスをあげる。縁治はジンジャエールを飲み、ほっと息を吐いた。


「オッケーもらえて良かった」


「一人でも十分調べられるんじゃないか? ファンが知ってる事なんて、そんなにないと思うけど」

 辰巳は疑問を口にする。


「オレとかマネだって、颯大の中身はわかんねーよ」

 がつがつと縁治はローストポークを食べる。舞台を終えた後だ、おなかが減っているのだろう。


 辰己は注文用タブレットに触れた。


「ご飯ものも食べるか?」

「食べる。なんかラーメンあったよな。それで」

「私もそろそろ〆いこうかな。チャーハン食べたい」


 辰己もお茶漬けを注文する。縁治は箸で辰己を示した。


「お前らはさ、自分は舞台に立ってる推しのことしか知らないーって言ってるけど、オレだって客席から見たオレのことなんか知らないんだよ。

 まあオレ自身のことだから、気持ちとかはわかるよ? そりゃ。どんな風に見えるのか、想像だってしてる。でも正解はわからない。

 他の人間なら余計だ」


「だから、ファンから見た颯大を知りたい?」


「そう。オレは颯大の気持ち、自殺した理由を理解したい。だから颯大のことをたくさんの人たちから聞いて、いろんな角度からアイツのことを知りたいんだよ」


 真面目に言う縁治に、辰己は一理あると感じた。

 ファンは本当の推しを知らない、とつい思ってしまう。舞台上、ショーケースに並べるために、綺麗に切り取られた部分だけしか、自分たちには見せてもらえない。


 だが、その美しく飾られた部分だって、本物の一つなのだろう。こう見せたいと思って作り上げたものを、偽物だと切り捨てるのは悲しい。


 夕夏もうなずき、縁治に問いかける。


「颯大のマネージャーさんには?」

「もちろんアポ取った。なんか、ちょうど良かった、とか言われたな」


 的確に話を進めていく二人に、辰己は少し安堵する。

 こっそり関わりをフェードアウトしても大丈夫そうだ。


 手伝うとは言ったものの、辰己は今も、自分が縁治の力になれると思っていなかった。顔の広さやコミュニケーション力では夕夏の方が上だ。ぬいぐるみを介して知り合った人もいるももの、細々と縁治だけを追いかけてきたため、リアルの知り合いも、SNSのフォロワーも多くはない。こんな時に調理師免許が役に立つとも思えなかった。


 縁治はぬいぐるみを抱き上げる。刺繍を施した顔を、まじまじと見た。


「辰己には、オレがこんな感じに見えてるんだなあ」

「えっ。うん。でも『カンテラ』で演じてるときのイメージも入ってるから、縁治そのものかというとちょっと微妙なんだけど」


「目の真ん中が赤い炎の形になってるし」

「主人公は未来を見据えて照らし出すカンテラそのものだと感じたので」


 ふっと、縁治は笑う。


「オレのことよく見てんな。舞台のことも」

「まっ……間違ってなかったですか」


 辰己は思わず問い返してしまった。

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