第32話 本当の奥の手
幸子のいるチームをAチーム、もう一方をBチームとする。
分身はコントロールスロットの分だけ作成出来る。
通常は5体だ。
その全てをBチームの方に走らせて攪乱しつつ、†unknown†本人はステルス状態のままAチームの動きを先読みして進路上に待機する。
Aチームを追う一団とすれ違うと同時に、構えていたヘビークロスボウを発射する。
『どぁ!?』
矢を喰らった赤ネームが騎乗動物から落下する。
放ったのはヘビークロスボウで使用出来る必殺技、『
こちらは通常ダメージに加え、相手の騎乗状態を解除して落下ダメージを与える。
先程はここから混合弓に持ち替えて最速振りからの『装甲貫通』を連打したが、今回は
そこから放つ必殺技は【
今回の†unknown†は高DEX中INT低STRの超攻撃特化型だ。
高いDEXにより最高速の振り速度を実現し、装備とINTで盛った多量のマナで必殺技の連打を可能とする。
代償として本体は非常に脆いが、そこは立ち回りでカバーする。
そしてこの必殺技はDEXと毒スキルが高い程高レベルの毒を付与する。
敵のペットはレベル5毒になり、高威力の毒ダメージを受け続ける。
そこから†unknown†は高いDPSを持つドラゴン特攻の弓に持ち替える。
一部のペットは鎧を着せる事で騎乗しているプレイヤーの被ダメージを軽減させる事が出来る。
入手の容易さから、沼ドラゴンと呼ばれるモンスターを使うのが一般的だ。
無銘の刃と協力した集団戦を想定して、時継はペット殺しに特化した武器を用意したのである。
レベル5毒とドラゴン特攻の猛攻を受けてあっと言う間に相手の沼ドラゴンが死ぬ。
調教師でもないPKが獣医を取っているわけもないので、解毒は勿論回復や蘇生も不可である。
集団戦は機動力が第一だ。
足を失ったら死んだも同じである。
†unknown†も徒歩だが、忍者スキルの
「貰ったぁあああ!」
以心伝心。
こちらの作戦を察知した幸子が後続を撒きながらやってきて鮮やかなSKで仕留める。
「ナイスだ生徒会長!」
その頃には時継は分身と共に戦場を縦横無尽に駆け回り、騎乗解除からのペットキルを連発する。
見えない所から突然騎乗解除を受けるのだ。
恐怖と警戒から相手の動きは目に見えて悪くなる。
そうなればしめたもの。
時継が手を下すまでもなく、はぐれた者から無銘の刃の餌食になる。
『くそ! 一旦蘇生して立て直すぞ!』
「させるわけねぇだろ」
時継は目聡く蘇生しようとしている者を見つけると、隠密で後をつけ、無慈悲なリスキルを行う。
こうなると相手は蘇生するのに護衛を付ける必要がある。
ますます無銘の刃に当てる人員が少なくなり被害が増える。
ペットを殺されたプレイヤーは集団戦に参加出来なくなるので、戦力差は縮まる一方である。
《†unknown†様強すぎだろwww》
《マジで百人力じゃん……》
《ステルス忍者強すぎワロタwww》
《くっそ脆いけどな》
《当たらなければどうという事はない!》
《これならマジで勝てるんじゃね?》
実際、戦況は時継達の有利に傾いていた。
人数差は相変わらず向こうの方が多いが、戦場を支配する空気感はその逆である。
相手側には絶望感が立ち込め、【騎乗解除】受けた時点で諦める者まで出始める始末である。
(……あとは時間だけが問題だが)
内心で呟く。
こちらの戦法は逃げながらのヒット&アウェイだ。
戦闘では勝っているが、腐り家に近づく事は出来ないでいる。
腐り家を手に入れる為には、誰かが家の近くでマゴットよりも早く空いた土地に家を建てなければいけないのだが……。
パチパチパチ。
マゴットが拍手しながら立ち上がる。
『なるほど。認めましょう。†unknown†と無銘の刃の皆さん。貴方達は確かに強い。戦闘ではこちらに勝ち目はないらしい。ですが残念。これは腐り家の争奪戦だ。機は熟した! これにて終了、時間切れです。HAHAHAHAHAHAHAHA!』
「くそったれ! どんだけ細かく把握してるんだよ!?」
「†unknown†様!? どうしたら!?」
「行くっきゃねぇだろ! 誰でもいいからマゴットより先に家を建てるんだ!」
「総員! 突撃いいいい!」
姿を現した†unknown†と無銘の刃の一団が一塊になってマゴットの元へと突っ込んでいく。
『HAHAHAHAHA! この時を待っていました! お前達、やってしまいなさい!』
『『『Yeah!』』』
腐肉漁りの一団が腐り家の周囲に集まって時継達を迎え撃つ。
こうなると数で劣るこちらが不利だ。
視界に入った端からSKされ、無銘の刃のメンバーが次々散る。
「ぐはぁ!? すまない、†unknown†様!」
ついに幸子もやられ、最後には分身を引き連れた†unknown†だけが残る。
「うぉおおおおおおお! 間に合えええええ!」
必死の叫びも虚しく、あと一歩という所で家は腐り、新たな土台が建設された。
同時に敵のSKを受けて†unknown†も死ぬ。
『HAHAHAHA! HAHAHAHAHA! 無様だ! 実に無様! 貴方達はよく頑張った! そしてその全てが徒労に終わった! 実に最高の気分です! これだから腐り家はやめられない! 今回の切り抜きの主役は私達、腐肉漁りのようですねぇ! HAHAHAHAHA!』
「……くそったれ」
がっくりと時継がうな垂れる。
《マジかよ……》
《あとちょっとだったのに……》
《惜しかった……》
《まぁ、これはしゃあない》
《良い物見せて貰ったわ》
《くやしいいいいいいいいい!》
落胆のコメントが並ぶが、時継達を責める声はない。
『バカなリスナーの皆さん、負け惜しみご苦労様です。確かに貴方達の応援する配信者は惜しかった。でも負けた。あと一歩及ばず、しかし負けた。全力を尽くし、力の限り頑張った結果、無様に負けて散ったのです。貴方達が配信に張り付いていた数時間も水の泡。こんなに愉快な話はありません。こちらのリスナーも大爆笑しておりますよ。HAHAHAHAHAHA!』
《は????》
《なんだこいつ》
《マジでムカつくんだが》
《クソかよ》
「……はは」
時継が乾いた笑いを漏らす。
「……ははは、はははは、あはははははははは、うはははははは」
狂ったように笑い出す。
「†unknown†様!? お気を確かに!?」
《どうした?》
《悔し過ぎてイカレたか?》
《おい九頭井! しっかりしろ!》
「ひひひ、はーっはっは! いやーすまんすまん。ウジ虫野郎があんまりバカなんでつい笑っちまった」
『意味の分からない事を。どう考えてもバカは貴方でしょう?』
「そう思うなら家の看板見てみろよ」
看板には所有者と家の名前が書いてある。
『そんな、バカな!? 何故だ!?』
看板には、【バーカバーカ! ここはあたしのお家だよ~ん】と書かれていた。
所有者の名はミライだ。
「いぇ~い! 視聴者さん見てる~! 忘れた頃におはようございます! チャンネル主の愛敬未来で~す!」
ずっと黙っていた未来がニコニコ顔でピースする。
最序盤に死んだはずのミライが、どういうわけか腐肉漁りの一団に混じって家のそばに立っている。
『何故だ!? 貴方は真っ先に死んだはずでは!?』
「はい! というわけでここで今回の功労者、大吾君の紹介で~す!」
「ど、どうも……。兄貴の舎弟の大吾っス……」
ミライの隣に大吾幽霊が現れる。
《どういう事だってばよ……》
《全然分からん……》
《誰か説明してくれ!》
「単純な話だ。大吾の蘇生は間に合ってたんだよ。蘇生が成功すれば死んだ側に蘇生を受け入れるかどうかのダイアログが表示される。普通はその場で蘇生するが、保留にする事も出来るわけだ」
「九頭井君にチャットで相談したら、家が腐るまで死んだふりしとけって言うから今まで黙ってたのでした~! エッヘン!」
得意気に未来が胸を張る。
「一か八かの賭けだったがな。どっかのマヌケが油断してくれたお陰で委員長の方が先に家を建てられたらしい。よくやったぞ委員長。生徒会長に大吾、無銘の刃の連中もな。けど、個人的にMVPはこの配信を最高に盛り上げてくれた功労者にやるのが相応しいと思うんだが、どうだ?」
「う~ん。それもそうだね」
「異論ないっす!」
「いい考えだ!」
時継達がニコニコしながらマゴットと腐肉漁りに感謝の言葉を告げる。
《www》
《確かにMVPだwww》
《くっそ盛り上がったからなwww》
《これは良いスカッとwww》
《HAHAHAHAHA! 笑いが止まんねぇわwww》
『黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ』
「黙るかボケ。散々好き勝手煽りやがって。因果応報だバーカ」
ベロベロバーと時継が舌を出す。
『うるせぇボケこうなったらアイテムだけでも持ち替えるぞお前らやっちまえ』
「ありゃりゃ。下品な素が出ちゃってるよ」
「こうなるとただの三下っすね」
「往生際の悪い奴だ。良いぜ、好きなだけ恥かかせてやるよ」
†unknown†が姿を現す。
「さっき死んだのは変わり身だ。来いよマゴット。決着をつけようぜ」
『しねえええええええええええ!』
犯罪者フラグが立つのも構わずマゴットが攻撃魔法を放ってくる。
火柱と共に†unknown†の死体が現れる。
「当然今のも変わり身だがな。これで合法的にお前をヤれるわけだ」
本物の†unknown†が現れてマゴットを射殺す。
『Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo Oo』
マゴットの幽霊がなにかを喚く。
「あははは。霊話がなくてもなに言ってるか分かるね?」
「あんまり笑ってやるなよ。委員長のそれはマジで刺さるぞ」
「†unknown†様! 全員蘇生完了です! 寝ていたメンバーも揃いました!」
幸子と共に無銘の刃のフルメンバーがずらりと並ぶ。
その数は腐肉漁りに勝るとも劣らない。
「おう。日曜の朝っぱらから悪いが、もうひと働きしてくれるか?」
「喜んで!」
そういう訳で消化試合が始まった。
結果は当然圧勝である。
「ふぅ~。勝った勝った。で、どうだった? 初めての腐り家の感想は?」
ウジ虫共を蹴散らして、取り合えず壁だけ作った家の中に戦利品の箱を運びながら時継が尋ねる。
窓の外は既に明るく、白い朝日が目に眩しい。
「さいっこう! 家が腐った瞬間なんか心臓止まるかと思ったもん! 手なんかもうブルッブルで、クリックするのも必死だったし! なにより自分の家が建った瞬間! もう脳内麻薬ドッパドッパで頭がどうにかなっちゃうかと思っちゃった!」
言葉通りハイになっているのだろう。
喜びと興奮で目をギラギラさせて未来が言う。
「そいつは良かった。これがAOの醍醐味だ。まぁ、その一つだけどな。ふぁ~……。そんじゃそろそろ寝るか」
緊張の糸が切れ、どっと眠気が押し寄せる。
「え~! 折角だしもうちょっと配信やろうよぉ~! 戦利品チェックしながら雑談配信! ね、ね? いいでしょ~?」
「いやマジで眠いって……」
「お願い! ちょっとだけ! 30分! ううん一時間だけでも!」
未来が両手で拝んでくる。
《なんで増えてるんだよwww》
《未来ちゃん元気過ぎwww》
《まぁ気持ちは分かる》
《興奮して寝れる気がしないwww》
《同じく》
《もうちょっとだけ配信してくれめんす~》
そんなコメントが目についたわけではないのだが。
「……しゃあねぇ。甘いもん取って来るからちょっと待ってろ」
溜息と共に席を立つ時継だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。