第28話 腐敗した家

「……おあようごじゃいまず。愛敬堂ミライちゃんねるでず……。今日も愛嬌たっぷりでがんばりまず……」


 開始早々、愛嬌なんか一欠けらもない顔で未来が挨拶をする。


〈クッソ眠そうwww〉

〈声が死んでるwww〉

〈汚い声助かるwww〉


「だってまだ三時だよ? 草木も眠る丑三つアワー……。しかも日曜! なにが哀しくて休日のド深夜に早起きして配信しないといけないの!?」


〈www〉

〈知らんがなwww〉

〈枠建てたの未来ちゃんでしょwww〉


「昨日の配信終わって気持ちよく寝てたらいきなり九頭井君に配信するぞって叩き起こされたの! という事で説明を求めます!」


 半ギレのテンションで未来が言う。


 したり顔で腕組みをしていた時継はたっぷりと勿体ぶってこう返した。


「AO廃人の朝は早い」

「はぁ?」


《wwwwww》

《いや、怖いってwww》

《マジでキレてるwww》


「まぁそう怒るな。上手く行けばタダで家が手に入るぞ」

「え!? 本当!?」


 未来はあっさり怒りを引っ込めた。


《掌ドリルwww》

《相変わらず現金www》

《恐ろしく早い掌返し……。俺でなくても見逃さないね……》


「だって安くても数百万もするお家がタダで手に入るかもしれないんだよ!? そりゃ目も覚めるよ!」


《まーねwww》

《結局レアモン売って稼いだ金もゴミアイテム買って無駄になったしね》

《典型的なダメ転売ヤーだったよなwww》


「アー!? それは言わない約束でしょ!?」


 未来がヘッドホンの上から耳を塞ぐ。


「それにあれは転売じゃなく、掘り出し物を安く仕入れただけだし……」


《言い訳乙》

《転売ヤーはみんなそう言う》

《未来ちゃん……変わっちゃったな……》


「そんな事ないもん! だって一個も売れてないし! 売れてないなら転売とは言えないでしょ!?」


 涙目になった未来が苦しい言い訳をする。


 数日前の買い物配信だが、時継の目利き講座を聞く内に我慢できなくなったのか、結局未来はあれこれ理由をつけて気になるアイテムを仕入れていた。


 最初は一つだけのつもりだったようだが、その一つで未来を抑えていた何かが切れたらしく、有り金がなくなるまで仕入れをしていた。なんなら、「これも欲しい! 絶対高く売れると思うの!」と時継に借金までしている。


 面白いので時継はイチイチ一日一割で100万貸すことにした。


 結果はご覧の通りである。


《それはそうwww とはならんやろ》

《爆死しても転売は転売》

《的確にハズレアイテムだけ買うのむしろ才能なのでは?》

《絶対ギャンブルやっちゃいけないタイプwww》

《むしろ商売の才能が……》

《それ以上はいけない。マジで泣くぞ》


「う、ひぐ、ぐひ、ひっぐ……」


 リスナーの指摘通り、未来は歯を食いしばって嗚咽を堪えている有様だ。


「まぁ、泣こうが喚こうが借金はキッチリ返してもらうけどな」

「だって九頭井君が煽るからぁあ!? 普段のあたしなら絶対借金なんかしないもん! むしろ借金なんか転売と同じくらい嫌いだったはずなのに!? どうしてこうなっちゃったのおおぉ!?」

「そんな愚かな委員長に朗報だ。今回の配信、上手く行けば家だけじゃなく大金も手に入るぞ」

「詳しく教えてプリーズ」


《wwwバカ》

《詐欺に騙される奴の典型www》

《ちょっとは疑ってどうぞ》


「わ、わかってるよ! どうせ裏があるんでしょ?」


 未来がジト目を向ける。


「いや。裏も表もない。誰でも元手0で始められる簡単な金策だ」

「そ、そんな方法があるんですか?」


 ゴクリと未来が喉を鳴らす。


《あるわけねぇだろwww》

《絶対嘘www》

《そんなんあるなら俺が知りたいわwww》


「それがあるんだよな~。って事で委員長、とりあえずこのゲートに入れ」


 †unknown†が赤ゲートを開く。


「あれ? なんとなく見おぼえあるような場所?」

「そりゃそうだ。前の買い物配信の時に通ったからな」


 やってきたのは森の切れ間にぽっかり開いた住宅街建設可能地である。


 これと言って特徴のない小さな家が身を寄せ合うようにして立っている。


 いくつかベンダーを置いてある家もあるが、これと言って見るような物もなくすぐに通過した場所だ。


「普通の住宅地にしか見えないけど、なんでここが金策になるの?」

「そこの家の看板見てみろよ」


 †unknown†がとある家を指さす。


 プレイヤーの建てた家の壁には看板がぶら下がっている。


 通常そこには持ち主と家の名前が書いてあるのだが。


「……『この家は崩壊寸前だ』? なにこのメッセージ?」


 不思議そうに未来が尋ねる。


《あぁ~www》

《その手があったかwww》

《え、なにこれ? 初めて見たんだけど?》


 一部のリスナーは気づいたらしい。 


「AOの家は一ヵ月以上ログインしないと腐敗して消滅するんだが、消滅する一週間前になると看板に腐敗の進行度に応じたメッセージが表示されるんだ。で、このメッセージは進行の最終段階で表示される」

「つまり、この家はもうすぐなくなっちゃうって事!?」

Exactlyその通りでございます


 ニヤリとして時継が頷く。


「家がなくなれば建設可能地が残る。そこに新しく家を建てればタダってわけだ」

「ふぉおおおおおおおおお!?」

「しかも家が消えても中に保管されてるアイテムはその場に残る。一人のプレイヤーが引退までに集めたアイテムだ。場合によっちゃとんでもないお宝が眠ってる可能性もある」

「そんなのもはや宝箱だよ! 漲ってきたああああああ!?」


 興奮した未来が高速で身震いする。


「わざわざ日曜日の午前三時に早起きした甲斐はありそうだろ?」

「ありまくりだよ!」


 どうやら眠気は完全に覚めたらしい。


「それでそれで! この家はあとどれくらいで腐るの?」

「八時間以内だ」

「……はい?」


 未来の眉が訝し気に寄る。


「このメッセージが表示されるのは残り八時間を切ってからだから、実際にはもっと短いはずだが……。いつ腐るかは俺もわからん。一分後かもしれないし、七時間五十五分後かもしれん」

「えーと……。八時間後にまたくるんじゃダメ……だよねぇ……」


 分り切った答えを未来が聞く。


「当然だろ。腐り待ちは誰でも出来るからライバルも多い。一秒たりとも気を抜かずに貼り付いてなきゃ横取りされるぞ」

「わかってるけど……うぅ……。なんだか長い戦いになりそうな予感だよぉ……」

「委員長はちょっとでも寝てるんだからいいだろ。言っとくが俺はあれから一睡もしてないからな」


 用意したエナドリをグビッとやる。


 買い物配信の際にそれとなく腐り家に目星をつけて、定期的に見回りをしていた時継である。


 それで昨日の配信後、寝る前に巡回したらこの家が最終段階に入っている事に気づいたのだ。


 学生である自分達が腐り待ちをやるなら休日しかないので、急遽未来を叩き起こしたのである。


「という事で、地獄の腐り待ち耐久配信の始まりだ」

「わーい……」

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