第27話 フラン〇書院AO支店

 ルナールの固定ゲートから飛んだのは基本世界、アニタリブの混沌世界だ。


 マップの地形はほとんど同じだが、緑豊かで牧歌的な雰囲気の漂う秩序世界と違って、混沌世界は木々が枯れたり無造作に屍が転がっていたりと、全体的に殺風景で不穏な気配が漂っている。


「わざわざPKのいる混沌世界に来なくても、買い物ならルナール商店街ですればよくない?」


 PKを気にしているのだろう。


 ビクビクしながら未来が言う。


「レアモン売る時に説明しただろ。ルナール商店街は金さえ払えば大抵の物は揃うが、その分割高なんだよ。そもそも100万程度じゃ大した装備買えねぇし」

「そうなの!?」

「場所にもよるけどな。ああいう所の商品は目利きがちゃんとしてるから性能以下の値段って事はまずない。人の出入りが激しいからお買い得なアイテムがあってもすぐに売れちまうしな。金のある奴には便利だが、貧乏人が買い物するような場所じゃねぇよ」

「世知辛いのぉ……。じゃあ、お金のない貧乏人はどうすればいいの?」


 口を尖らせて未来が尋ねる。


「簡単だ。足を使って掘り出し物を探せばいい。AOの世界は広大だし。家にベンダーを置けば誰でも気軽にショップを開ける。けど、ショップを開いてる奴が全員商人プレイヤーみたいに目利きが出来るわけじゃない。中にはアイテムの価値が分からないで良品を安く売ってる店が結構あるんだ。上手くやれば、100万でもそこそこの装備が全身揃うぜ」

「なにそれ! 宝探しみたいで面白そう!」

「だろ? 実際宝探しみたいなもんだしな。普段行かない場所に行くいい機会にもなる。色んな家が見れるしな。ハマるとかなりの沼だぜ」

「でも、それなら別に秩序世界でもよくない?」

「どうしてそう思う?」


 意味深に時継が尋ねる。


「どうしてって、混沌世界はPKいるから怖いでしょ?」

「だから狙い目なんだよ。大抵のプレイヤーはPKにビビって混沌世界に来たがらねぇ。つまり、それだけライバルが少ないって事だ。掘り出し物を探すなら混沌世界一択。配信的にも緊張感が出るしな」

「なるほどぉ……」


 とりあえず未来も納得したらしい。


 それでもPKは怖い様子だが。


「心配すんな。装備には保険かけてあるし、死んだら俺が蘇生してやる」

「そこは俺が守るって言う所じゃないの?」


 未来がジト目を向ける。


〈ワロタwww〉

〈そこは守ってやれよwww〉

〈照れ隠し可愛いねぇ^^〉


「いやマジで全然一ミリも照れてねぇから。ここは弱肉強食の混沌世界だぞ? 甘えた事言ってねぇで委員長も戦え。装備はカスでもスキルは育ってるだろ」

「え~! 無理だよ! PKだよ!? 普通に怖いよ!」


《わかる……》

《PK怖いよね!》

《赤ネーム見るだけで心臓がキュッとして手が震えちゃう……》


 共感のコメントが大量に流れる。


 未来が特別臆病というわけではない。


 これが一般的なプレイヤーの反応である。


「まぁ、気持ちは分からんでもないが。AOの半分は混沌世界なんだぜ? PK如きにビビって避けてたら勿体ないだろ。PKだって同じプレイヤーだし、全員が全員歴戦の手練れってわけでもねぇ。むしろ大半は生産職とか雑魚狩りばっかりやってる似非PKだ。ちゃんと準備しておけば、一方的に殺されるなんて事はそうそうねぇよ。むしろ赤ネームなんて合法的にぶっ殺せる保険金袋みたいなもんだろ。見つけたらラッキーくらいの気持ちでやっちまえばいいんだよ」

「なるほど~……」


 未来は神妙に頷いて。


「とはならないからね!?」


《www》

《あぶねwww危うく騙されかけたwww》

《でもいい考え方だよな》

《俺もそれくらい強くなりてー》


 そんなやり取りをしつつ、二人はショップを探して混沌世界を彷徨った。


「あ! 早速お店発見! ん~……。使えそうなのはないかな~」


 ベンダーの所持する商品を一通り眺めて未来は言う。


「言い忘れてたが、自キャラ用以外でも使えそうな装備探す癖つけとけよ」

「え、なんで?」

「自分で店出す時に目利き出来ないと困るだろ。その為の練習になる」

「あ、なる!」


《アナル!?》

《黙ってどうぞ》


 バカなコメントはシカトして。


「他にも、目利きが出来るようになれば掘り出し物を転売して稼げるからな。そうだ。どうせならその100万元手にして家代稼ぐってのはどうだ? 商品は俺の家のベンダーを一人貸してやる。普通に掘り出し物探すより面白そうだろ」


《いいじゃん》

《面白そう!》

《未来ちゃんの目利きじゃ普通に目減りしそうwww》


「ま、それも経験の内だ。自分の金でやった方が覚えもいいだろうしな。どうだよ委員長」

「イヤです」


 ムスッとして未来が拒否する。


「あん? なんでだよ」

「転売は嫌い。転売は悪。転売はカス。転売はゴミ……」


 眼の光が消えた未来がブツブツ呟く。


「い、委員長?」


 豹変に時継はビビるのだが。


《あ~……》

《最近愛敬堂の商品転売されたってツイッターでキレてたね》

《アレはマジクソ》

《クソだよな》


「本当だよ! 配信で紹介した商品が品切れになっちゃうのはうちが悪いけど、食べもしないのに大量購入して高値で売るとか信じらんない!? しかも食べ物だよ!? 中には賞味期限短い物だってあるし! ちゃんと保管してるかも怪しいし!? そんな所から買って何かあってもうちは責任取れないし! リスナーさんは絶対に転売ヤーから買ったりしないでね! 転売ヤーは責任もって自分で全部食べてください! そして二度と転売なんかしないで下さい! っていうかするなバカ! バカバカバカバカバカバカ! 真面目に商売してる人への冒涜だよ!」


 声高にまくし立てると、フーフーと熱っぽい息を吐く。


《ガチギレwww》

《怖いよぉ……》

《俺も商売やってるから気持ちは分かるオブ分かる……》

《転売は悪。聖書にもそう書いてある》


「お、落ち着けって委員長。俺もリアルの転売は悪だと思うけど、これはゲームだぞ?」

「イヤなものはイヤ! そんな汚れたお金でお家立てても嬉しくないもん!」


 プイっと未来がそっぽを向く。


 意地でも転売はしたくない様子である。


「いや、転売って言っても人気商品買い占めて値段吊り上げるとかじゃないし……。言い方が悪かったか。掘り出し物を仕入れて適正価格で売ろうって言ってるだけで……」

「むぅぅ……ッ!」


 涙目の未来が悩まし気な怒り顔で睨んでくる。


 時継の言いたい事も理解出来るが、感情的に許せないらしい。


「……まぁ、金を稼ぐ方法なんか幾らでもある。無理にとは言わねぇよ」

「……ごめんね九頭井君。わがまま言っちゃって……」

「謝んな。悪いのは全部クソッタレうんこチンチンゴミカスゲロバカ転売ヤーだ」


《そこまで言うwww》

《言うだろwww》

《転売ヤー許すまじ。慈悲はない》


 という事で買い物続行。


 今後店を開く時の為に、目利きの練習だけは行うことにした。


「お。この指輪なんか分かりやすいな」

「魔法スキルは分かるけど、秘薬低減ひやくていげんってどういう効果?」

「確立で魔法や死霊術なんを使う時に必要な秘薬の消費を踏み倒せる。100%にすれば秘薬要らずだ」

「なにそれ凄い!?」

「実際すごい。秘薬の管理はめんどくせぇからな。魔法は人気スキルだし、この二つが高い数値でついてるだけでそこそこの売値になる。そっからさらにファストキャスト高速詠唱とかキャストリカバリ詠唱反動軽減なんかの有用スキルが乗っかれば一気に値段が跳ね上がるぜ」

「なるほど……。でも他についてるの伐採とかだし。魔法使いには意味ないよね?」

「と思うのが素人の考えだな。伐採スキルは文字通りマップ上の木を切って木材を得る生産系のスキルだ。生産職は基本的に戦闘はしないが、移動用とか護身用に魔法スキルを取る事が多い。だからこの組み合わせも悪くはない。てか、魔法スキルと秘薬低減なら余程のハズレでない限り有用な組み合わせになる」


《それ欲しいわ……》

《30万でどうでしょうか》

《50万でも買う》

《なら俺は100万!》


「ひゃ、100万!? こんなのが!?」


 勝手に競りを始めるリスナーを見て未来が叫ぶ。


「委員長にとってはこんなのでも、誰かにとってはお宝だって事だ。つまり掘り出し物だな。目利きが出来るようになればこういうのを仕入れてウハウハなんだが……。残念だなぁ~。委員長は転売イヤなんだもんなぁ~?」

「ぅ、ぁ、ぁぅ、ぅ、ぅ……」


 転売はイヤ。


 でもお金は欲しい。


 そんな葛藤で未来が頭を抱える。


《悩んどるwww》

《あんま未来ちゃんイジメんなよwww》

《これはクズいwww》


「あぁ? 俺は本当の事を言ってるだけなんだがぁ?」


 リスナーを煽りつつ。


「ちなみにだ。たしかにこいつは人によっちゃ100万の価値があるかもしれねぇが、実際に100万で売れるかは話が別だ」

「どういう事?」

「今は配信してるから簡単に買い手が見つかったが、本来は店のベンダーで売る事になるからな。欲しがる奴が見つけてくれなきゃ売れないわけだ。この通りこいつも売れ残ってるわけだしな。なにが言いたいかわかるか?」

「良い物でもお店の立地が良くないと売れないって事?」

「それもあるが。商品によって需要は違うって事だ。わざわざこんな所まで装備探しに来る木こりなんかそうはいないだろ。その辺の事を考えとかないと、折角掘り出し物を仕入れても金に換えるのに時間がかかる」

「……なんか九頭井君、あたしより商売人みたい」

「AOの中ならそりゃそうだろ。このゲーム何年やってると思ってんだ? 商人だって当然経験済みだ」


 ドヤ顔で時継がピースする。


《殴りたい、この笑顔》

《クッソムカつく》

《¥9210 可愛い》


「サンキュースーパーチャット」


 そんなこんなで当てもなく混沌世界を走り回り、目につくショップを覗いて回る。


「やっぱり個性的なお家の方がベンダー覗いてみようって気になるね」

「だな。店開くつもりなら今のうちに勉強しとくのもありだ」

「え? これ、本屋さん?」

「NPCの雑貨屋で本売ってるの見た事ないか? 中身が白紙で好きな内容書き込めるんだ。中にはこの通り、日記やら小説やらを買いて売ってる奴もいる。リアル作家職だな」

「なにそれ面白い! 記念に一冊買っちゃおうかな!」

「あー……。それは止めといた方がいいかもな……」

「なんで?」

「看板見てみろ」

「フラン〇書院AO支部(官能小説オンリー)……」


《フラン〇書院www》

《エロ本屋って事?w》

《朗読会希望!》


「……次ぎ行こっか♪」


 見なかったことにして先に進む。

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