第25話 お尻出しなさい!

『毎度ありがとうございましただワン♪』


 犬耳カチューシャにエプロン姿の店員がペコリと頭を下げる。


 前回の配信で入手した短剣兎の色違いを金に換える為、二人は無数にある断片世界の一つ、ムーンランドにやって来ていた。


 こちらは最初期の大型アップデートで追加された断片世界の一つで、月の大陸の名の通り、大地は海の代わりに星々の煌めく宇宙めいた黒い空間星海に浮かんでいる。


 ムーンランドの固定ゲートはルナールという神殿めいた街の中にあり、こちらは設定上聖騎士の本拠地になっている。


 騎士道や死霊術といったスキルが追加されたのもこのアプデからだ。


 当時からAOでは住宅用地の不足が問題視されていた為、ムーンランド実装の際は多数の建設可能な土地が用意された。


 中でもルナール周辺の土地は固定ゲートから近い事もあり、どこのサーバーでも有名な職人や商人ギルドのショップが並ぶ一大商業区を形成している。


 当然地価も高く、最小サイズの土地ですら数億は下らない。


 その手のプレイヤーなら誰もが一度は憧れる夢の高級一等地であり、金さえあればなんでも揃うルナール商店街の通り名で親しまれている。


 二人が訪ねたのはペット取引を専門に行う大手ギルド、【ワンニャンらんど】ルナール本店である。


 獣人風のコスプレをした店員が働くこの店は、一階が買い取りカウンター、二階が販売カウンター、三階がVIPルーム、屋上がレアモン展示場になっている。


 ちなみにレアモンハンターのサトはこのギルドのナンバー2で、広報兼仕入れ業務を担っている。


 時継が数あるペットショップの中でこの店を選んだのもそれが理由だ。


 とある配信者が言っていた話だが、新規のリスナーを増やすには別の配信者とコラボするのが一番である。


 コラボで面白い配信が出来れば、相手のリスナーが登録してくれる。


 よくこれを相手のリスナーを奪えという意味だと誤解している者がいるが、それは違う。


 自分だけ得をするような配信ではコラボ相手が居なくなってしまうし、業界も縮小する。


 そうではなくて、お互いにリスナーを分け合って、リスナーの母数を大きくするようなコラボをしようという意味である。


 どんなに面白い配信でも、一人の配信者をずっと追っていたら誰だって飽きが来る。


 そんな時、他に好きな配信者がいなければリスナーは別ジャンルの配信に移ってしまうだろう。


 関りのある配信者に浮気する分には、また戻って来る可能性がある。


 そうやってみんなでリスナーを分け合って、お互いに色んな楽しみ方を知っていく。


 それが正しいリスナーの増やし方なのではないだろうか。


 なるほどと思ったので、時継も真似る事にした。


 登録者数35万人の大物が向こうから10万人にも満たない格下に声をかけてくれたのだ。しかもこちらは駆け出しで、登録者数だってラッキーバズでたまたま増えたみたいなものである。


 サトとのコラボも好評で、かなり数字を増やす事が出来た。


 お礼という程の事ではないが、ワンニャンらんどで取引したら少しは宣伝になるだろう。


 勿論、先日コラボした相手の所属するギルドなら、なにかしらサービスしてくれるかもという下心もある。


 時継の目論見は成功した。


「やったやった! 大金ゲット! しかも相場の倍の値段で買い取って貰えたし! これも九頭井君の交渉のお陰だね!」


 ホクホク顔で未来が言う。


 今回取引した短剣兎の金角カラーは大体50万ゴールドが相場である。


 だが、ここは泣く子も黙るルナール商店街である。


 ここの商品は他所に比べて若干割高で、売値も安くなりがちだ。


 その代わり、ここに来れば大抵の物はすぐに揃うし、即座に現金化できる買い取り窓口を設けた店も多い。


 普通の店はわざわざプレイヤーの店員を置いたりしないので、アイテムやペットを現金化したかったら自分で売りさばくしかないのである。


 ちなみにルナール商店街の独自相場は、ルナールが聖騎士の本拠地である事からルナール税と呼ばれている。


 これは騎士道スキルを使用する際に神殿にお布施をして得られる【十分の一税ポイント】というリソースを消費する事に由来する。


 前置きが長くなったが、ルナール税を考えると今回の取引は40万ゴールドが妥当だろう。


 だが、そこは小狡い時継である。


 折角配信にのせているわけだし、はいそうですかでは面白くない。


 あの手この手で値段交渉を行い、100万ゴールドまで買い取り額を吊り上げた。


《流石†unknown†様www》

《むしろあれは九頭井の話術だろwww》

《普通に面白かった》

《値段交渉してるだけなのにダンジョン攻略並みに熱かった件www》

《本職相手によくあれだけデタラメ並べられるよなwww》


 頑張った甲斐があり、リスナーのウケも悪くはない。


「デタラメじゃねぇよ。実際人気配信者がペットにしてるモンスターは需要が増えて値段が上がるんだ。しかもあいつはサト氏が調教して委員長に譲った激レア品だぜ? 相場の倍でも安いくらいだっての」


 そういう論法で交渉したのである。


 まぁ、サトは普段から配信で調教したレアモンを店に流しているし、駆け出しの自分達ではどこまでプレミア価格がつくのか分からないが。


「あ! 見て見て! さっき売った金さんが早速屋上に並んでるよ!」


 ミライが屋上を指す。


 金さんは未来が金角につけた名前である。


 プレミア感を出す為に命名してくださいと店員に言われたのだ。


「屋上? それは流石に扱いがデカすぎだろ……」


 ペットショップの屋上は大抵高級ペットの展示場になっている。


 この店も同じで、人気ペットの激レア色違いとか、アプデで修正されたレガシー物のバグ色なんかが並んでいる。


『愛敬堂ミライチャンネルをご覧の皆様に宣伝ですワン。当店ナンバー2のサト氏が調教し、未来様が自ら命名した初めてのレアモンをオークション形式で販売します。期限は今から一時間。場所はこちら、ルナール商店街の大十字路を西に進んだ表通りにあるワンニャンらんど本店です。ふるってご参加下さいだワン』


 犬耳の店員がペコリとお辞儀する。


「あ、汚ねぇ!?」


 それを見て、時継は悔しがった。


「そうなの?」

「そりゃそうだろ! オークションなら値段は天井知らずだ! 人気配信者の私物ならその辺の店売り品だって高値が付くぜ!」

「え~! だったらあたし達もやればよかったなぁ」


 能天気に未来は言うが。


「本人がそんな事したらリスナー相手にあくどい商売してるって炎上するわ! ああいうのは商人ギルドがやるから許されるんだよ!」

「そうなんだ? 色々あるんだねぇ」


 相変わらず何もわかってない顔である。


「ちくしょう! こんな事ならもっと吹っ掛けとくんだったぜ!」

「でも、そんなに高く売れるかなぁ? っていうか、むしろ高く売れなかったらあたし達が恥ずかしくない?」

「まぁそうなんだが……。一応俺ら勢いだけはあるらしいし、委員長も顔は良いから少しくらい酔狂なファンがいるかもしれんだろ」


 言ってある間に店の周りにポツポツと青や赤のゲートが開く。


「ほれ見ろ。早速来やがった」

「折角だし、いくらになるか見てみない?」

「まぁ、配信のネタにはなるか」


 というわけで暫く眺める事にしたのだが。


『150万!』

『200万!』

『220!』

『225!』

『224!』


「おいリスナー! しょっぺぇ競り方するんじゃねぇ! こっちが恥かくだろ!?」


《www》

《クソわろwww》

《マジでやめろwww俺達まで恥ずかしくなるwww》

《これ絶対わざとだろwww》

《リスナーは配信者に似るって言うから……》


「俺はこんなセコくねぇぞ!?」

「あたしはちょっと心当たりあるかも……。歯磨き粉とか爪で伸ばして出なくなるまで使っちゃうし……」


 恥ずかしそうに未来が言う。


《¥3000 歯磨き粉代》

《¥5000 貧乏エピソードやめて》

《¥10000 セコくないよ! エコだよ!》

《¥20000 LGBT偉い》


「やめてリスナーさん!? スーパーチャットは嬉しいけども!? 貧乏じゃなくて貧乏性なだけ! あとLGBTじゃなくてSDGsじゃないかな!?」


《www》

《ワロタwww》

《可愛いじゃんwww》

《お前ら笑うなっ!(CV仲間由紀恵)》

《恥ずかしくて死にたい……》


「生きろ。そしてまたスパチャ投げてくれ」

「九頭井君!?」


 それとなく時継がフォローする。


 そんな事をしている間にもオークションは続き。


『223と5000!』

『223と5500!』

『え~いままよ! 223と5501! これ以上は出せないぞ!』


《www》

《腹いてぇwww》

《ここのリスナー調教され過ぎだろwww》


「クソリス共が……。あんまりふざけた事してると俺が入札すっぞ!」


 ブルブルと時継が拳を震わせる。


 まったく、良い恥さらしだ。


 内心ではちょっと美味しいと思っているが。


 と、そこに新たなゲートが開く。


 現れたのは見覚えのある名前だ。


「500万っす!」

「風間君!? なにやってるの!?」

「なにって見ての通りっすよ! 舎弟として、兄貴に恥をかかせるわけにはいかねぇっす!」


 グッとテンペストこと大吾が親指を立てるが。


『チッ。余計な事しやがって』

『折角配信盛り上げてたのに台無しなんだが?』

『こんなん茶番だろ。空気読めよ』


「あ、あれ~? もしかして俺、やっちゃいましたぁ?」

「悪い意味でな」


《www》

《不憫すぎるwww》

《大虐助かるwww》

《全てが裏目に出る男www》


『しゃーねぇ。そろそろ本気出すか。550!』

『負けませんよ! 600!』

『650! 未来ちゃんのペットは俺の物だ!』


「一億だ!」


「は?」

「えぇ!?」

「その声は!? 生徒会長っすか!?」


 大吾の言う通り、現れたのは白銀の甲冑を着た白い軍馬に乗るさっちゃんである。


《一億www》

《狂人来たwww》

《バカだろこいつwww》

《今日は服着てた来たか~?》


「例によってお風呂中だったので全裸で失礼する! 最低でも一億だ! そうでなければ†unknown†様のお名前に傷がつく! へっくち!」

「いやいいから服着ろよ」

「生徒会長! 本当に風邪ひきますよ!」

「てか生徒会長! そんな大金持ってんすか?」

「問題ない! 足りない分はギルド資金でどうにかする!」


 ボボボボッ。


 突如さっちゃんの足元から無数の火柱が立ち上がる。


 対人ではおなじみの、フレイムストライクによるSKだ。


「ぬぁ!? なんだ!? 敵対ギルドの襲撃か!?」

「……いや。見た感じお前ん所のギルメンっぽいんだが」


 呆れ顏で時継が言う。


 配信を見ていたのだろう。


 さっちゃんを囲むようにぞろぞろと【無銘の刃】のギルドタグをつけたプレイヤーが雪崩れ込んでくる。


『会長! なに勝手な事やってるんですか!』

『いくらギルマスでも流石にそれはダメですよ!』

『一応あたし達のギルマスなんですから自覚持ってください!』

『†unknown†様ごめんなさい! †unknown†様は尊敬してますけど、活動資金がなくなると私達も困るって言うか……』


「いや構わんが……。お前らも苦労してるんだな……」


 心底呆れた顔で時継は言う。


「お前達! 邪魔をするな! これも大恩ある†unknown†様の為! ていうか普通に†unknown†様の持ってたペットが欲しい! お願いお願い! ポーションの無駄遣いは控えるし装備の衝動買いも我慢するから!」


『『『だ、め、で、す!』』』


「やだやだやだやだ~! 欲しい欲しい欲しい欲しい~!」

「幸子! 何時だと思ってるの! って、またあなた裸でゲームして! ゲーム禁止にするわよ!」


 どうやら母親が怒鳴り込んで来たらしい。


「お、お母さん!? ごめんなさい! それだけは許して!?」

「この前も同じ事言ってたじゃない! 言っても分からない子はお仕置きよ! お尻出しなさい!」

「ひぃ!? お母さん!? せめてマイク!? マイク切らせて!」


 幸子の必死の訴えも虚しく、全裸少女の生尻を叩く音と悲鳴がワンニャンらんど前に響き渡る。


「……あー。九頭井君。これ、ミュートにした方がいいんじゃないかなぁ……」

「ゲーム内ボイチャなんだよなぁ……」


 一応配信の方では音声を切るのだが。


《乗るしかない! このビッグウェーブに!》

《俺はオークションに参加したいだけだから》

《俺も》

《俺も》

《俺も》


 と、美人生徒会長JKのガチ泣きスパンキング音声を聞きに、凄まじい数のプレイヤーが押し寄せた。


「ひぎぃ!? いだぁい!? ごめんなさい! 許してお母さん! 助けて、†unknown†様ぁ~!」

「……いや、流石にそれは無理だって」


 またもや色んな意味で伝説になった夜。


 あくまでもオークションに参加する為という顔をしたいリスナー達の手によって、最終的に金さんの値段は二億ゴールドまで吊り上がったのだった。

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