第23話 我が眷属の贄となれ
「ああああああああああ! あたしの50万がぁああああ!?」
悲鳴をあげてミライ(調)がその場に崩れ落ちる。
《おいwww》
《完全に金の事しか頭にないwww》
《ぐずぐずしてるからwww》
「だっでぇえええええ!」
「諦めろ。こういうのは早い者勝ちだ――と言いたい所だが。ここは横入りを主張した方が面白くなりそうだな」
ニヤリとして時継が言う。
「いいよ……。あたしが遅いのが悪かったんだし……。堅気のプレイヤーさんに迷惑はかけられないよ……」
「安心しろ。向こうも配信者だ。それも、結構な大物だぞ」
「え、そうなの?」
キョトンとして未来は言う。
相手はサトという名前の少年キャラだ。
赤く染めたつば付き兜に青いベストと短パンを合わせ、緑色のバックパックを背負った格好は強烈な既視感を見る物に覚えさせる。
「そうなんだよ。てか、向こうもそのつもりで割り込んだだろ。AO配信名物、突発コラボバトルの始まりだ」
「なにそれ、聞いた事ないんだけど!?」
「まぁ、AO配信の独自文化みたいなもんだ。配信者同士が偶然出会ったらその場のノリで面白い事やるんだよ。上手く行けば登録者爆増で他の配信者からもお声がかかる。失敗すればつまんねー奴だと思われて人気ダウンだ。ってわけで、コラボバトルなんて呼ばれてる。ちなみに向こうは調教師系の有名配信者で登録者数は35万くらいだったか」
「35万!? めちゃくちゃ大物じゃない!? 無理無理! そんな恐れ多い!?」
「ビビんなよ! こっちだって勢いだけなら負けてねぇ。むしろAO界隈じゃ注目度ナンバーワンの新人なんて言われてんだ。てか、ここで日和ったら折角絡んでくれた相手に失礼だっての!」
こくこくとサトが頷く。
こちらの準備が終わるまで律義に待ってくれているのだ。
「わ、わかったけど……、どうすればいいの!?」
「取り合えず向こうのリスナーに向けて自己紹介だ。出来るだけ自然にな」
「が、がんばりまふ!」
ガチガチに緊張した未来がサトの元へと歩いていく。
「は、初めましてサトさんとリスナーさん!? 愛敬堂ミライチャンネルの愛嬌未来です!」
《クッソ不自然www》
《緊張しすぎだろwww》
《裁人の時の勢いどこ行ったwww》
「だってぇ!? あの時は無我夢中だったから!?」
リスナーの総ツッコミに未来が弁解する。
サトは待ってましたというように紅白に染めた丸パンを右手に掲げた。
「オレはバサラタウンからやってきたレアモンハンターのサト! よろしくな!」
サトの名乗りに硬直すると。
「……えーと。ちょっと待ってくださいね」
未来は時継に助けを求める。
「ね、ねぇ九頭井君!? この人ってもしかして、ポケモ――」
「違う。レアモンハンターのサトだ。本人もそう言ってるだろ」
「で、でも……。声もそっくりだし……」
《サト氏キターwww》
《サト氏に声かけられるとはこのチャンネルも大きくなったな……》
《何度聞いても本物過ぎるwww》
「ほら、リスナーさんもサトシって……」
「サトシじゃなくてサト氏な。そういうキャラのロールプレイなんだよ。言わせんな」
「モノマネ芸人さんみたいな感じなのかな……」
「なんの事だかわからないけど、オレはバサラタウンからやってきたレアモンハンターのサトだぜ!」
「う~、本物にしか聞こえないよぉ~!」
頭を抱えて未来が混乱する。
改めて見れば、赤く染められたつば付き兜は某キャラのトレードマークの赤い帽子にしか見えないし、紅白に染められた丸パンは某捕獲用ボールそのものである。
「なんの事だからわからないけど褒められて嬉しいぜ! それでミライ、オレになんの用なんだぜ?」
「そ、そうでした! えっと、あの……その……」
「コラボバトルに遠慮は禁物だ。委員長も配信者ならスイッチ入れてビシッと言ってやれ! じゃないと、向こうにも迷惑かかるぞ!」
「そ、それはダメ!」
未来はハッとすると、気合を入れるようにしてパンパンと頬を叩いた。
「その50万――じゃなくて、レアモンはあたしが先に目を付けてたんです! サトさんは横入りなのであたしに返して下さい!」
「なるほどだぜ! なら、レアモンバトルでオレと勝負だ!」
『レアモンハンターの サトが 勝負を しかけてきた!』
テロップ代わりにサトが発言する。
「れ、レアモンバトル!? 急にそんな事言われてもあたし、スキル上げ中でレアモンなんか持ってないんですけど……」
おろおろしながら未来は言う。
「なら、そっちの謎の男がミライのレアモンって事でオッケーだぜ!」
ビシッとサトが†unknown†を指さす。
《それでいいのかよwww》
《まぁ、レアである事は確かだよなwww》
《むしろこっちのカードの方が興味あるwww》
「この前の
「なるほどな。本命は俺ってわけか」
《誹謗中傷男www》
《確かにその通りだけどwww》
《裁人多方面に恨み買いすぎだろwww》
あれから暫く経つが、裁人事件の切り抜きはいまだに再生数が伸びていて、中には50万再生を超えた物もある。全く、裁人様様だ。だからと言って感謝する気は微塵もないが。
『いいだろう。珍獣使いよ、我が眷属の贄となるがいい』
ミライに変わって†unknown†が前に出る。
「それはこっちの台詞だぜ! ピカ虫! キミに決めた!」
サトが紅白丸パン掲げる。
インベントリの召喚クリスタルから現れたのは黄色い体に赤い目をした巨大なコガネムシみたいなモンスターだ。
「ぴ、ピカチュウ!? それってありなの!?」
ギョッとした未来が思わず叫ぶ。
「よく見ろ委員長。ピカチュウじゃなくてピカ虫だ」
「いやだからピカチュウでしょ?」
「ピカ虫だ。ルビを振らなきゃどっちかわかんねぇだろ」
「ルビ? なに言ってるのか分かんないよ!? ていうか、配色が完全に同じだし!」
「雷光虫のレアモンだぜ!」
得意気にサトが親指を立てる。
『ピ、ピカ虫~♪』
電気ネズミ色の巨大昆虫がギチギチと足を動かしながらサトの設定した台詞を発する。
《出たwww運営の悪ふざけ色違いwww》
《海外ゲーでは稀によくある》
《パクリじゃなくてリスペクトだから……》
《雷光虫もアウトなんだよなぁwww》
《それはローカライズが悪いwww》
「さぁ†unknown†! そっちはどんなレアモンを出すんだぜ?」
「まぁ見てろ。世界に一匹だけのウルトラレアなモンスターを見せてやるぜ」
『我、†unknown†の名において命ずる。粗暴なる者、古き世界を統べる偽りの支配者よ。異界の門を越え、我が呼び声に応じよ』
仰々しいセリフと共に†unknown†が両手を広げる。
《お、これはクトゥルフ系モンスターか?》
《沸き立つ狂気のレアモンと見た!》
《
《てかこの詠唱即興かよwww》
《地味に凄いwww》
「世界に一匹のレアモン!? どんな奴が現れるか楽しみだぜ!」
時継の広げた風呂敷に、リスナーは勿論サトまでもが期待に胸を膨らませる。
だが、†unknown†はペットを召喚しなかった。
その代わり、青いゲートが出現する。
向こう側から現れたのはテンペストという名のプレイヤーである。
《は?》
《まさかの人間www》
《誰だよこいつwww》
《いや、たしかに世界に一人だけかもしれんけどwww》
コメントがざわつく中、聞き覚えのある少年の声がゲーム内ボイチャに加わった。
「ど、どうも……。†unknown†様のペットの風間大吾っス……」
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