第22話 レアモン、ゲットだぜー!

『おいでおいで♪ 怖くないよ♪』


 短剣兎ダガーラビットの調教に失敗した。


『おいでおいで♪ 怖くないよ♪』


 短剣兎の調教に失敗した。


『おいでおいで♪ 怖くないよ♪』

『キュ~ッ♪』


 短剣兎の調教に成功した!


『おいでおいで♪ 怖くないよ♪』


 コントロールスロットがいっぱいでこれ以上調教出来ない。


 ミライ(調)は短剣兎達を解放した。


『蒼白き飢えた蛇よ。雷帝の名においてその暴食を許そう。チェインライトニング』


 †unknown†の指先から放たれた雷撃が連鎖して、解き放たれた短剣兎を次々と感電死させる。


 黙々と調教上げを行っていたミライ(調)が動きを止めて振り返る。


 背後にはナイフのように鋭い角を切り取られた無残な兎の死体が道のように並んでいる。


 ミライ(調)が前を向く。


 前方には、可愛らしい兎の群れが無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねている。


 その中の一匹と目が合う。


『キュ~ッ?』


 無垢な瞳に見つめられ、死んだ目をした未来が叫んだ。


「モウイヤアアアアアアアア!?」

「だぁ!? びっくりした!? なんだよいきなり!?」


 ズルズルと愛敬堂のうどん汁粉しるこを食べていた時継は、危うくお椀をひっくり返しそうになった。


 こちらはモチ米でついたうどんがお汁粉とセットになった一品である。


 お汁粉と言えば温かいイメージだが、本商品は冷たくしても食べられる。


 いわゆる冷やし汁粉という奴である。


 そんなもの美味いのか? と食べる前は疑問だった時継だが、もちもちのモチうどんとさっぱりとした冷やし汁粉の組み合わせは悪魔的な美味しさである。


 味よし、風味良し、喉越し良し。


 ヤバいのはカロリーだけだ。


 その点に目を瞑れば、これからやってくる夏に是非オススメしたい商品である。


 というわけでいつも通り配信しながら宣伝している最中だったのだが。


「なんだよじゃ~ないんだよぉ!? なんなのこれ!? さっきからひたすら可愛い動物さんを調教してはぶち殺して! 罪悪感で頭がどうにかなりそうだよ!?」


 バンバンバン。


 半狂乱の未来が配信テーブルを叩く。


「そんな事言われてもな。セカンドキャラで調教師ティマー作りたいって言い出したのは委員長だろ」


 とりあえずファーストキャラであるミライのスキル上げは大体終わった。


 裁人事件でうやむやになっていたオーガ窟攻略も、リスナー参加型という形で一応クリアした。


 ちなみに戦利品は【モコーズキッチンナイフ】というゴミユニークだ。


 料理スキルが20上り、料理系の生産物のクオリティーにボーナスがつく。


 料理人には人気の品だが、そもそも料理は生産スキルの中では不人気の部類である。


 低難易度ダンジョンでも入手可能な上、比較的出やすいユニークアイテムという事もあり、完全に供給が需要を追い抜いている。


 売値は僅か5万ゴールド。


 未来にとっては大金だが、AO的にははした金である。


 それだって、ユニークアイテムを解体した際に手に入る特殊素材の売価分である。


 不要なユニークを解体して特殊素材に変えられるようになる前は100ゴールドで投げ売りされるようなアイテムだったのだ。


 それはともかく。


 裁人の一件で未来は調教師に興味を持ったらしい。


 前線に出て敵と殴り合う戦士キャラはなんか怖いし、強くなるには装備がいる。


 装備を買うには金がいるが、金を稼ぐには強い装備がいる。


 MMOあるあるである。


 その点ペットは装備不要だ。


 強力なペットさえ手に入れれば元で0で稼ぎ放題。


 †unknown†のように色んなペットを仲間にして使い分ければ配信だって派手になるに違いない。


 そんなわけでスキル上げをしながらまったり雑談配信を行っていたのだが、なにやら未来は不満らしい。


「そうだけど……そうだけどぉおおおおお! もっと他に方法ないの!? 出来れば動物虐待しない方向で!」

「あるわけねぇだろ。調教上げだぞ? 調教しないでどうやってスキル上げるんだよ」

「じゃあせめて、罪悪感が湧かない相手とか!」

「それならいる」

「え、本当!?」


 本人も無理を言ってる自覚はあったらしい。


 意外そうに未来が言う。


「あぁ。虫系ダンジョンとかな。ここより効率は落ちるが、嫌だってんなら仕方ねぇ。ぶよぶよのキモイ芋虫とかクソデカGが相手なら罪悪感もわかねぇだろ」

「そんなの何時間も調教してたら頭がおかしくなっちゃうよ!?」

「じゃあ悪魔系ダンジョンはどうだ。内臓を裏返したみたいな名状しがたいグログロモンスターがより取り見取りだ」

「絶対いや! そんなの相手にスキル上げしてたらSAN値がピンチで発狂しちゃうよ!」

「じゃあ諦めろ」

「くぅ~ん……」


 言い返したいけど言い返せない。


 そんな顔で未来が喉を鳴らす。


《流れるようなボケとツッコミ》

《たまにはこういうまったりした配信もいいよな》

《むしろ毎秒雑談してくれ》

《未来ちゃんも雑談面白くなったよなw》


「えへへ……。お笑いとか見て勉強しました!」


 リスナーに向かってはにかみつつ。


「解体だけでも許して欲しいな~……なんて?」

「嫌なら別にしなくていいぞ。委員長がついでに家も欲しいとかふざけた事抜かすからスキル上げしながら出来る金策教えただけだし」


 モンスターの中には専用のツールで解体すると生産素材を入手できるものがある。


 短剣兎の場合は少量の皮と鋭い角を一本入手可能だ。


 一つ一つはたいした額ではないが、スキル上げついでに大量に集めればちょっとした小遣い稼ぎ程度にはなる。


 もちろん未来もその辺の事は理解しているので。


「うあ~ん! リスナーさ~ん! 九頭井君が正論で殴って来るよ~!」


 この通りリスナーに泣きつくのだが。


《つべこべ言わずに手を動かす!》

《可哀想だけどここは九頭井が正しい》

《むしろもっと未虐見たいまである》


「リスナーさんの裏切り者ぉおおおおお!?」


 オーバーリアクションで未来が叫ぶ。


 未来もプロレスが上手くなってきたなと関心する時継だ。


「まぁ、ぶっちゃけこの手の素材は千単位で集めてナンボって感じだし、効率考えたら別にやらなくてもいいんだけどな」

「わった、ふぁ~?」


 信じられないといった顔で未来がFワードを漏らす。


《顔芸やめてwww》

《可愛いが過ぎる》

《¥5000》


「スーパーチャットありがとございま~す!」


 即座に営業モードの顏になって片目を瞑る。


 店の手伝いで売り子をする事もあるというだけあって、愛想の振りまき方は未来の方が余程うまい。


 というか、そもそも時継はそういうのは最初から諦めている。


 クソガキ担当の時継と可愛い担当の未来。


 そういう売り方で問題ないと思っている。


 ともあれだ。


「最初に説明したが、むしろ本命は色違いのレアモンだ。種類にもよるが、ものによっちゃ数十億で売れる奴もいる」

「す、数十億ううう!? うぎゃああああ!?」


 驚き過ぎて未来が椅子からひっくり返る。


「おいおい、大丈夫かよ……」


〈リアルに椅子からひっくり返る奴初めて見たwww〉

〈一瞬短パン見えた件〉

〈言うなバカ! アーカイブカットされるだろ!〉


「エロリス共が……」


 と言いつつ、ちょっとドキッとした時継である。


「イタタタ……。数十億って、マ?」


 起き上がった未来が尋ねる。


「人気のペットでレアな色だとそれくらい行くやつもいる。大抵は騎乗できる奴だけどな」

「なんで騎乗出来るペットだと高くなるの?」

「そりゃレア色のペットに乗ってたら自慢できるからだろ。戦闘系のペットはティマーしか使えないが、騎乗出来るペットはどのキャラでも需要がある。つまりそれだけ値が上がるわけだ」

「ほぇ~。なんだか凄い世界だね」

「まぁ、そのレベルのレアモンが湧くのなんか数万分の一以下の確立だ。見つけようと思ってどうにかなるもんじゃねぇよ。見つけたらラッキー、宝くじみたいなもんだわな」

「……ちなみにその子、ここには湧くんでしょうか?」


 ゴクリと喉を鳴らして未来が尋ねる。


《未来ちゃん完全に目が$マークになっとるwww》

《現金www》

《俺も気になる!》


「湧かねぇし今の委員長の調教スキルじゃペットにすんのは絶対無理だ」

「な~んだ。期待して損しちゃった」

「まぁそう言うな。代わりにここは現実的なレベルのレアモンが湧くダンジョンだ。愛玩用に人気の種族なんかもいる。運が良けりゃ小金稼ぎになるかもだぜ」


 ニヤリとして時継が言う。


 南国の密林を思わせるこのダンジョンの名は穢された楽園島コラプテッド パラダイス


 島一つがそのままダンジョンになった開放型ダンジョンである。


 とあるアプデでシークレット実装された隠しダンジョンで、通常マップの海上をランダムに移動する……と当初は思われていたのだが、今では移動パターンが判明し、現在時刻の楽園島の位置を教えてくれる外部サイトが存在する。


 動物系の敵が多く、その大半が調教可能だ。


 また、中心に向かう程敵が強くなる=調教難易度が上がる為、やろうと思えばこの島だけで調教スキルを120まで上げられる。


 色違いの出現率が他のダンジョンに比べて高い事もあり、調教師の楽園なんて呼ばれている。


 ちなみに、穢された楽園島なんて名前だが、このダンジョン自体には穢され要素は特にない。


 平和的な中立生物の多い比較的安全なダンジョンである。


 では何故穢された楽園島なんて名前なのかという話だが……。


 こんな平和な島にやってきて残虐行為を行うプレイヤーを皮肉っての事だろうと言われており、AOの闇について語るゆっくり系解説では毎回ネタにされる話である。


 完全に余談だが。


「そんな都合よくいくかなぁ~?」

「前振りご苦労。早速湧いたぞ」

「うえぇぇええ!? どこどこ!?」

「ほらそこ。短剣兎の色違いだ」


 †unknown†が指をさす。


「本当だ! 角が金ぴか!」

「通称金角きんかくだ。短剣兎自体愛玩用に人気がある。見た目の割に出やすいが需要が多いからな。ステータスに関わらず大体一匹50万って所だろ」

「ごごごご、50万んんん!?」


 未来が声を裏返らせる。


「大袈裟過ぎんだろ。たかが50万だぞ」

「九頭井君にとってはたかがでもあたしにとっては大金なの!? オーガ窟十周分だよ!? 一周一時間くらいかかったから十時間分!」

「まぁ、チャンピオン湧き系のダンジョンは湧かすまでが面倒だからな。それでも手際よくやれば10分くらいで終わるんだぞ」

「いいから早く捕まえなきゃ!」

「そう思うなら早くしろよ」

「へ? あたしがやるの?」

「当たり前だろ。何の為の調教スキルだよ」

「で、でも、色違いのレアモンだよ!?」


 緊張しているのだろう。


 焦った様子で未来が言う。


「安心しろ。色違いでも調教難易度はノーマルと同じだ」

「そ、そうかもしれないけどぉ~!」


 半泣きの未来が情けない声を出す。


「早くしないと他の奴に取られるぞ」


 穢された楽園島は人気のダンジョンだ。


 スキル上げや色違い目当てと思われる調教師があちこちにいる。


「わかったから急かさないで!?」


 大袈裟な胸を膨らませて深呼吸すると、ミライが短剣兎(金)に歩いていく。


 どことなく、キャラの動きまでぎこちなく見えた。


「い、いくからね!」

「いいから早くしろっての」


 なんてやり取りを行っている間に。


「レアモン、ゲットだぜー!」


 どうしようもなく聞き覚えのある声のプレイヤーが横から短剣兎(金)を掻っ攫った。

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