第21話 PKKギルド【無銘の刃】

「今ではこの通り、扶桑ふそう鯖でも有数のPKKギルド【無銘の刃】の本拠地となったわけだ」

「いやなんでだよ! そこはショップの流れだろ!?」


 ドヤ顔で語る幸子に時継が突っ込む。


 あの後事情を聞いた未来が面白そうだからと幸子をゲストに呼ぼうと言い出した。


 そういうわけで夜の配信である。


《wwwwww》

《いやそうはならんだろwww》

《なっとるやろがいwww》

《無銘の刃のギルマス美人過ぎワロタwww》


「最初は普通にショップをやっていたんだ。その名も万屋よろずやさっちゃん。混沌世界の沼地に客を集めるのは大変だったが、いつか†unknown†様に恩返しがしたい一心で頑張った。そしたら常連客も増え始めてな。店にたむろする客と語らう内、悩み相談なんかを聞くようになったんだ」

「それでそれで! どうなったんですか?」


 おにぎり型のおかきを齧りながら未来が尋ねる。


 こちらは見た目通り、おにぎりおかきという名前の商品である。


 お米の粒が残る薄焼きのおかきにおかかや梅干し、ほぐした焼き鮭やたらこマヨネーズなんかをトッピングして海苔を巻いた変わり種だ。


 平べったい焼きおにぎりみたいな見た目が可愛らしく、豊富な種類が楽しい一品である。


「あぁ。彼らの話を聞いて気付いたのだが、私のようにPKに悩まされる者が思いのほか多かったんだ。美味しい狩場や資源の採取場にPKが網を張っているとか、近所に住むPKにターゲットにされているとか、その手の話だ。知っての通り、私自身嫌と言う程経験がある。ご近所トラブルは言わずもがな、上級資材を大量に手に入れてホクホクで帰ろうとした所をPKに襲われると悔しさでモニターを叩き割りたくなる。それで私は思ったのだ。こんな所で傷を舐め合うよりも、†unknown†様のように勇ましく戦うべきなんじゃないだろうかと!」


 ボルテージの上がった幸子が力強く拳を握る。


 熱の入った説明には異論を挟む余地もない。


「それで私は対人キャラを作ってPK狩りを始めた。もちろん最初はボロ負けだ。装備もなければ技量もない。何度も心が折れそうになった。だが、その度に心の中の†unknown†様が私を励ました。立て幸子! 貴様の決意はその程度か? 我が弟子よ、奥義は既にお前の中にある、と」

「なんで勝手に弟子になってんだよ!?」

「しぃー! 良い所なんだから邪魔しちゃだめ!」


 ツッコむ時継を未来が遮る。


 どちらにせよ、完全に自分の世界に入った幸子には聞こえていないようだったが。


《イマジナリー†unknown†様www》

《キャラが濃すぎるんよwww》

《こいつらの学校逸材多すぎじゃねwww》


「幸いな事に、私には†unknown†様と過ごした夢のような二週間の記憶がある。その雄姿、その技量、その生き様の全てが私の魂に一分の欠けなく燦然と焼き付いている。私は記憶の中の†unknown†様に学び、着実に腕を上げていった。一つ、また一つと首を狩る内、†unknown†様に近づいていく感覚がしたものだ……」


 恍惚の表情で幸子が身悶えする。


「……いや、ヤベーだろこいつ」

「シーッ!」


 未来は完全に聞き入っていて取り付く島もない。


《狂信者キターwww》

《これが無銘の刃最強のギルマス首切りさっちゃんの誕生秘話かwww》

《またの名をヘッドハンター》

《ギルドハウスでPKの生首売ってるのってそういうそういう理由?w》


「……売ってるだけじゃなく内装まで生首だらけだけどな……」


 幸子との対話を諦めて時継がぼやく。


 三人がいる場所は例の沼地の幸子の家だ。


 かつて万屋さっちゃんと呼ばれていたはずの場所は、その面影も伺えない程凄惨な血みどろの砦と化している。


 石造りの要塞にはあちらこちらに名のあるPKの生首が飾られて、これユーチューブにバンされないよな? と不安になる程だ。


 屋上は冒涜的なカルトの儀式場みたいになっており、骸骨馬に跨った勇ましい†unknown†像風の噴水から湧きだした血が深紅の泉を作り、壁面を滝のように流れている。


 滝は一階まで流れており、入口を隠す目隠しの役割も果たしている。


 †unknown†像の周りには当然のように生首の連なったトーテムポールが捧げられ、その姿を殺戮の神の如く彩っている。


 ……まぁ、幸子がガチである点を除けばコンセプト自体は嫌いではない。


 テーマ性もあり、見た目と実用性を兼ねた機能的なギルドハウスと言える。


「――というわけで、私は賛同者を束ね、PKKギルドを立ち上げたのだ。一応ショップもやっているが、今ではこちらの活動の方がメインだな」


 誇らしげに幸子は言う。


 彼女の言う通り、ギルドハウスのあちこちには生首意外にもまともな商品を売るベンダーが配置されている。


 血の滝に隠された入口を守る門番や、小窓から外を警戒する見張り、†unknown†像の周りで跪いて祈りを捧げる狂信者などそれである。


 悪趣味さに目を瞑れば、ハウスデコレーションとしてのセンスは非常に高い。


「……まぁ、事情は大体分かったが。生憎俺は覚えてねぇぞ」


 おにぎりおかきツナマヨ味を齧りながら気まずそうに時継は言う。


《は?》

《いやなんでだよwww》

《そんな事あったら普通忘れないだろwww》


 リスナーに総ツッコミを喰らう。


「仕方ねぇだろ。似たような事あっちこっちでやってっから一々覚えてねぇんだよ」


 幼い頃からAOばかりやっていた時継だ。


 当時から既にゲーム内コンテンツはほとんどやり尽くしていたので、突発イベント感覚で他のプレイヤーの厄介事に首を突っ込んでいた。


 ただそれだけの話である。


 人助けなんて意識は毛頭ないのだが……。


「流石†unknown†様……。息を吸うように人助けを行うとは、なんと気高い精神だろう! そこに痺れる憧れる……」


 幸子がうっとりと胸を押さえる。


《ナチュラルヒーローじゃん》

《クソガキキャラを装ってたけど実はイイ奴だってバレちゃったねぇ~?》

《それでこそ俺達の†unknown†様!》

《そのノリで未来ちゃんも助けたってわけか》


「だから違うって言ってんだろ! マジでそういうんじゃねぇから!」


 変に持ち上げられても困るので否定するが、誰も聞いちゃいない。


 それどころか。


「……ふ~ん。あたしだけじゃなかったんだ?」


 何故か未来が拗ねたような視線を向けて来る。


「な、なんだよ」


 画面越しにジト目を向けると、未来はぽつりと呟いた。


「浮気者」

「なっ!? はぁ!? なんでそうなるんだよ!?」


《おっとー?》

《これは修羅場の予感www》

《やっぱこいつら裏でデキてんだろwww》


「デキてねぇわ!? こいつはただの雇い主のスポンサーで学校でもビジネスの付き合いしかしてねぇよ! おい委員長! わけわかんねぇ事言うなよな!?」

「えへ。一度言ってみたくって」


 ペロっと短い舌を出して未来は言う。


「やめれ! 無駄に炎上するわ!」

「だって九頭井君、怖い先輩に呼び出された事あたしに内緒にしてたんだよ? あたしは雇い主でスポンサーでクラスメイトのパートナーなのに。それはちょっとどーなのかなーって」


 未来が唇を尖らせる。


 冗談めいた口調だが、目の奥はマジである。


《拗ねてて可愛いwww》

《それは九頭井が悪いな》

《いちゃいちゃすんな(もっとしろ下さい)》


「いやだから、普通に考えてそんな所に委員長連れてって怪我でもされたらめんどくせぇだろ!」


 その発言に未来はむくれる。


「相談くらいしてくれたっていいでしょ! 一応あたしはクラス委員で友達なんだよ!」

「相談したら絶対ついて来ただろ!」

「当たり前でしょ! あたしのせいみたいなもんなんだから!」

「だからだよ!」

「愛敬。あまり†unknown†様を困らせるな。†unknown†様はお前の身を案じてあえて秘密にしておいたんだ。かっこいい事じゃないか。かっこよすぎる。あぁ、†unknown†様! やはりあなたは私のヒーローだ!」


 しみじみ言うと、幸子は自分の身体を抱きしめて身悶えまくった。


「お前はちょっと落ち着こうな!?」

「あ、はい」


《急に落ち着くなwww》

《情緒が迷子www》

《なんなんだよこいつはwww》


「偉大なる†unknown†様のご命令だ。従うのは当然だろう?」


 真顔である。


 キャラでもなんでもなく、マジのガチで言っているのが恐ろしい。


「……よくもまぁこんな奴が生徒会長になれたもんだな」

「うむ。それもこれも全ては†unknown†様のお陰だ」

「だからなんでだよ!? いや、いい! 聞きたくねぇ!」


 時継の制止を無視して、遠い目をした幸子が語り出す。


「ギルマスとしてメンバーを導く内、私は人の上に立つ喜びを知ったのだ……。大変な仕事だが、それ以上にやりがいがある。そして、現実の世界だってネトゲの世界と大差ない、むしろ、ネトゲの世界は現実の縮図と知った! 不良学生や悪徳教師が気弱な生徒をいたぶって搾取する。こんな事、†unknown†様なら許しはしない! だから私は立ち上がった! 弱き者達を集めて鍛え、生徒会という名のギルドを立ち上げたのだ! 現実の戦いはネトゲ以上に厳しかったが……。†unknown†様のおかげでついに今日、最後に残った悪の芽を摘み取る事に成功した……。これもすべて†unknown†様のお陰! その上†unknown†様の窮地を救い、あの日の恩の一万分の一でも返す事が出来た! それどころか、こうして配信にゲストとして呼んでもらえるなんて……う、うぅ、うぉおおおおん! さっちゃん、大感激だぁあああああああ!」

「……ダメだこいつ。全然人の話を聞く気がねぇ……」


 ぐったりとして時継がボヤく。


 キャラが濃すぎてツッコミが追いつかない。


「美人の生徒会長さんがファンなんだよ? 別によくない?」

「いや、流石にこれはファンの域超えてるだろ……」


 はっきり言って変人レベルである。


「というわけで、ここであったが百年目! †unknown†様にあの日のご恩を利子付きで返したい所存です! どうぞこのさっちゃん、下僕だと思ってこき使ってください!」

「やだよ気持ちわりぃ! ガチで言ってる所が特に!」

「ちなみに生徒会のメンバーは全員無銘の刃のメンバーで†unknown†様を崇めるよう教育済みです」

「はぁ!?」


 ガチャリと扉が開き、無銘の刃のメンバーがなだれ込む。


《†unknown†様に栄光あれ》

《†unknown†様万歳》

《これが噂の†unknown†様! なんて神々しいお姿だろう!》

《恩人の恩人は恩人。つまり†unknown†様はあたし達の恩人です!》


 無銘の刃のメンバーが†unknown†を囲むように平伏する。


 トンチキ過ぎる展開に流石の時継も頬が引き攣る。


「……マジかよ」

「やったね九頭井君! 生徒会を従えるって事は学校の影の権力者ポジだよ!」

「こんなイカれた連中に崇められてもちっとも嬉しかねぇよ!?」


 本当はちょっと嬉しい時継だった。

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