第20話 生首の塔

 その後、幸子は†unknown†と一緒に忌まわしい我が家に移動した。


 魔法で出したゲートをくぐると、案の定例の赤ネームが待ち構えていた。


『バカが! また死にに来たのか?』

『バカは貴様だ』


 出会いがしらの詠唱を†unknown†が低位魔法で妨害する。


『なんだてめぇは!?』

『†unknown†。貴様にとっての死神だ』


 お互いに呪文を詠唱するが、発動するのは†unknown†の魔法だけだ。


 魔法は詠唱中にダメージを受けると中断される。


 †unknown†は巧みに詠唱時間の違う呪文を使い分け、完全に相手の詠唱を潰していた。


『この程度か。いかにも生産職狩りしか出来ぬ雑魚といった実力だな』

『Ooooo Ooo OOoooO OOo』


 幽霊になると幽霊語しか話せなくなる。


 そのままでは意味不明だが、死霊術の補助スキルである霊話を取っていると元の言葉に翻訳される。


 どうやら†unknown†は霊話を取っているらしい。


『まぐれだと思うなら何度でも試してみるがいい。だがその前に、貴様の首を貰うとしよう』


 †unknown†が赤ネームの死体を解体する。


『なにしてるんですか!?』

『見ての通りだ』


 事もなげに言うと、†unknown†が幸子にトレードを申し込む。


 トレード窓には赤ネームの名前入り生首が表示されている。


『受け取るがいい』

『いや、いらないんですけど……』

『玄関にでも飾っておけ。PKにとっては最大の屈辱だ』

『でも……』

『貴様が真に望むのは平穏であろう』


 言われて幸子はハッとした。


 どうやら彼は隣に住む赤ネームを追い出す気らしい。


『……そんな事、出来るんですか?』

『出来るか出来ないか。そんな事は問題ではない。やるのか、やらないのか。ただそれだけだ』


 目の前の変人がスーパーヒーローに変わった瞬間だった。


 悪趣味だと思いつつ、言われた通り玄関先に生首をロックする。


 通常、床に置いたアイテムは時間で消えるが、このように家の中に固定しておけばなくなる事はない。ただし、家の大きさによってロックできるオブジェクトの数には限りがある。


 そうこうしている内にどこかで蘇生した赤ネームが戻ってきた。


『今度はマジ装備だ!』


 意気込みも虚しく、赤ネームは死体となった。


『どんな装備も実力が伴わなければただの飾りだ』

『Oooo ooOO OOOoo OoOoo Ooo OOOoo』


 めげずに赤ネームが再戦を挑むが、何度やっても結果が変わる事はない。


 勝負にもならない、一方的な蹂躙である。


『保険金の無駄だな』


 †unknown†が欠伸のエモートを行う。


 アイテムに保険をかける事で死亡しても手元に残るように出来る。


 ただし、一点ごとにゴールドが必要で、装備についた追加効果の価値や同時にかけている保険の数に応じて金額が増加する。


 そして、保険のかかったアイテムを持ったプレイヤーを殺すと、保険金と同額のゴールドを得る事が出来る。


 この赤ネームの場合は、二万程入ってきた。


 それなりに良い装備を揃えているらしい。


『OooOo Oooo Oooooo OOoOoo ooOo OOOOo ooOoo』

『勿論覚えておくとも。貴様がここから立ち去るまではな』


 その日から二週間程、†unknown†は幸子の家に居座った。


 そして、赤ネームを殺し続けた。


『わかった! 俺の負けだ! もうそいつには手を出さないから勘弁してくれ!』

『死ね』


 生首が増える。


『降参だって言ってるだろ!?』

『死体が喋るな』


 玄関は生首のトーテムポールでいっぱいだ。


『許してくれ! 金なら返す!』

『慈悲はない』


 生首、また生首。


 根負けしたのか、ある時家に帰ってみると、隣が更地になっていた。


『思ったよりも根性のない相手だったな』


 †unknown†がトレードを申し込む。


 中身は200万の小切手だ。


『このお金は?』


 意味が変わらず幸子が尋ねる。


『奴から毟り取った保険金だ。元々はお主の金であろう』


『そんなの貰えません! 私は何もしてないのに……。それはお礼に†unknown†様が持っていて下さい!』

『いらぬなら捨てておけ。その内塵に還るだろう』


 †unknown†が小切手を床に置く。


 拾わなければ彼の善意を無駄にする事になる。


『……ありがとうございます。本当に……。このままじゃ私、AOを嫌いになっちゃうところでした……』

『知らぬ。我は古き友との盟約に従ったのみ。所詮はただの暇つぶしよ』


 †unknown†は付け足した。


『だが、この程度の事で去るには惜しい世界だとは言っておこう』

『はい! 私もそう思います!』

『ならば、我が語る言葉はもうない』


 †unknown†がゲートを開く。


『どこに行くんですか?』

『ここではない何処かへ』


 別れの時が来たのだと幸子は察した。


『待ってください! まだお礼が何も!』

『不要だ』

『でも、なにか、なにかしたいです……』


 このままでは幸子の気持ちが収まらない。


 詐欺師の仲間を立ち退かせて、お金も一部取り返してくれたのだ。


 なによりも、見ず知らずの自分の為にここまでしてくれた優しさに報いたい。


『ならばそのなにかを未来で待つ。縁があればまた会う事もあるだろう』

『†unknown†様! このご恩は一生忘れません!』


 そして†unknown†は去って行った。


 幸子は彼に貰った200万で空いた土地に家を増築し、念願の工房兼自宅兼ショップを手に入れた。


 努力の甲斐あり、混沌世界の僻地にあるその店は、やがて多くの常連が集まる沼地のオアシスとして有名になり――

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