第19話 死神は骸骨馬に乗って現れる

 唖然とする幸子を前に売り手の男が種明かしをする。


『彼は僕の友人です。仕事仲間と言った方が正しいでしょうか』

『どんな家でもいいと言ったのはあなたですよ』

『今後あなたを見かける度、彼はあなたを殺すでしょう』

『嫌なら返品してもいいですよ。100万で買い取って上げます』

『あくどい商売だと思いますか? でも、これがAOです。勉強になったでしょう?』

『信じる者はすくわれる。ただし足元をですがね』


 売り手の男が淡々と語る。


 隣ではPKが幸子を煽るようにエモートでくねくね踊っている。


 説明通り、二人はグルだったのだ。


 売り手の男がカモに格安で家を売りつけ、隣に住むPKが嫌がらせを行う。


 これでは店を開く事は愚か、まともに住む事も出来ない。


 実際、売り手の提案を断った幸子は家に来るたびPKに殺された。


 隣だから帰ってきたらすぐバレる。


 幸子は生産キャラしかいないので抵抗する手段もない。


 家の中に籠っていても窓から魔法が飛んでくる。


 窓を失くして視界が通らないようにすれば防げるのだが、折角手に入れた家である。


 そんな豆腐みたいな見た目にするのは嫌だ。


 その内幸子は家に帰るのが嫌になってしまった。


 かといって、以前のように街を拠点にする気にもなれない。


 もし知人と会って家の事を聞かれたらなんと答えたらいい?


 不動産詐欺にハメられたなんて恥ずかしくって言えない。


 騙されたのが悔しくて、AOを楽しむ気にもなれない。


 他のプレイヤーがみんな詐欺師に見えてしまう。


 AOを初めて、ちょっとは社交的になれたと思ったのに。


 むしろ、前より人間不信になったかもしれない。


 居場所を失った幸子は次第にAOにログインする頻度が減っていった。


 それに比例し、リアルの生活も荒れ始める。


 どうして私ばかりこんな目に?


 そんな苛立ちがマグマみたいに煮え立って、四六時中イライラしていた。


 そんな気持ちが顔や態度に現れたのか、クラスメイトは前にも増して幸子を恐れるようになった。


 このままではいけないと思い、幸子はAOを引退することにした。


 息抜きの為のゲームでイライラするなんて馬鹿げている。


 たかがゲームじゃないか。


 こんなものに没頭する事自体時間の無駄だったのだ。


 そんな風に自分を納得させようとしたが、本当は悔しくて堪らなかった。


 AOは幸子にとって希望であり、居場所であり、まだまだやりたい事が沢山残る虹色の宝石箱だった。


 それが、たった一つの失敗で台無しになってしまった。


 バカバカバカ、私のバカ!


 寝ても覚めても自分を呪った。


 せめて最後に今までお世話になった人達には挨拶くらいしておきたい。


 そう思ってログインした。


 久々にやってきたパラディソの鍛冶屋前は、いつも通りに賑わっていた。


 学校と同じで、私なんかいてもいなくても変わらないんだと幸子は思った。


 なんだか無性に悲しくなり、死にたくなった。


 大体、なんと言って声をかけたらいいのだろう。


 向こうだって、顔見知り程度のプレイヤーにいきなり引退しますとか言われても困るだけだろう。


 消えるなら黙って消えよう。


 そう思うのに、なかなかログアウトのボタンを押せない。


 その内に、一人のプレイヤーが幸子に話しかけた。


『さっちゃんじゃない! 最近見なかったけど、なにかあったの?』


 幸子はドキッとした。


 相手はパラディソの鍛冶屋前にたむろしているベテランプレイヤーの一人である。


『え? さっちゃんさん?』

『久しぶりじゃん!』

『どうしたんだよ。みんな心配してたんだぜ?』


 見知った名前のプレイヤーがわらわらと寄って来る。


 この街では名の知れたベテランから、一緒にスキル上げを頑張った中堅に、幸子が武具を修理した事がある駆け出し冒険者まで。


 みんなが幸子の不在を心配していた。


 気が付くと、幸子はディスプレイの前で泣いていた。


 やっぱり私、引退したくない。


 どれだけ自分を誤魔化しても、それが幸子の本音である。


 でも、じゃあ、どうしたらいいの?


 押し黙る幸子を前にプレイヤー達が訝しむ。


『いないのかな?』

『さっきまで動いてただろ』

『お~いさっちゃん!』

『……ねぇさっちゃん。なにかあったの?』


 見透かすような問い掛けに、幸子の心臓がビクリと跳ねる。


 相手は鍛冶屋前にたむろするベテラン勢の一人である。


 気さくな人で、友達というわけではないが、色々とお世話になった人である。


 言いたい。


 でも言えない。


 震える指がキーボードの上で立ち往生する。


『何かあったなら教えてちょうだい。あたし達、友達でしょ?』


 その言葉に驚いて一瞬泣き止む。


『実は私――』


 やり場のなかった感情が出口を見つけて爆発した。


 声を出して泣きながら、幸子は全てを話した。


 彼女や他のプレイヤーがどうにかしてくれるなんて思ってはいない。


 ただ、誰かに聞いて欲しかった。


 この悔しさ、悲しみ、憤りを。


 全てを語り終えると、今度はみんなが怒りだした。


『なんだよそれ!』

『許せない!』

『掲示板に晒してやる!』

『なんて奴? 友達に頼んで懲らしめて貰うから』


 その言葉だけで幸子は救われた気分だ。


『いいですよそんな。騙された私が悪いんです』

『私達がよくないの! さっちゃんの話聞いてたら、こっちまでムカついて来ちゃった。大丈夫。変人だけど良い奴だから。きっと力になってくれるよ!』


 程なくして、一人のプレイヤーがパラディソの鍛冶屋前にやってきた。


 通常品とはどこか違う、顔の見えない漆黒のローブ。


 死霊術で作れる骸骨馬に騎乗したそのキャラは、どことなく死神を連想させた。


『古き友との盟約によって参上した。我が名は†unknown†。だが今は、貴様の無念を晴らす復讐の刃となろう』

『ね、変な奴でしょ?』


 面白がるようにりんなが片目を瞑る。


 それが幸子と†unknown†との出会いだった。

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