第18話 よくある不動産詐欺
幸子は幼い頃から長身と怖そうな容姿のせいで周りから孤立していた。
でも本当は寂しがり屋な性格で、ずっと友達が欲しいと思っていた。
人見知りの幸子だが、このままではマズいと思って中学生になったのを機に勇気を出してクラスメイトに声をかけてみた。
後ろの席の小動物みたいに小さくて可愛い女の子だ。
幸子は緊張でガチガチになっていた。
きっと顔も引き攣っていただろう。
台詞は頭の中で百万回練習したが、いざ声に出すと喉が詰まった。
「……あの」
自分でもビックリするくらい不機嫌そうな声だ。
ビクリとして、女の子は泣き出した。
その瞬間幸子のクラスでの立ち位置が決定した。
クラスメイトは幸子を怖がり、気が付けばラスボスと呼ばれるようになっていた。
誤解を解きたかったが、声をかけたらまた泣かれる気がして怖かった。
その内幸子は友達作りを諦めて、自分の殻に閉じ籠るようになった。
でも本当は友達が欲しかった。
学校にはこんなに沢山人がいるのに、どうして私だけ一人なのだろう。
周りの子はみんな友達がいるのに、どうして私だけ一人なのだろう。
その事を考えると、幸子は自分が出来損ないのように思えて仕方がなかった。
恥ずかしくてやるせなくて居たたまれず、学校にいる時間がただただ苦痛だった。
そんな気持ちを知られるのが恥ずかしくて、幸子は鉄仮面のような無表情を装った。
世界史でイギリスについて習ったら、鉄の女さっちゃんというあだ名が増えた。
あいつは冷血なロボットみたいな奴なんだ。
仮面の下で幸子は泣いた。
というか、普通に家で泣いていた。
そんな幸子を不憫に思い、両親は当時ブームが再燃していたAOを彼女に勧めた。
ネットゲームの世界なら、幸子も見た目を気にせず友達が作れるかもしれない。
そうだといいなと幸子も思った。
幸子もその手のアニメは見た事がある。
年や性別、見た目も立場も関係なく、色んな人が中身だけで繋がる世界。
幸子にとっては理想郷だ。
ワクワクしながら始めたが、そんなに簡単に友達が出来る程ネトゲの世界も甘くなかった。
だがみんな、忙しそうにしているか、放置しているか、他の友達と話している。
こちらから話しかければいいのだろうが、そんな勇気は幸子にはなかった。
もしこちらの世界でも拒絶されたら、いったい自分はどうすればいい?
結局幸子はこちらの世界でも友達を作れず、それはそれとしてAOが面白くて普通にハマった。
モンスターを相手に狩りをするのは性に合わず、地味な生産スキルに没頭した。
鉱山地帯で鉱石を掘り、街の鍛冶屋にある炉で精錬してインゴットに変え、金属製の武具を作成して鍛冶スキルを上げる。
その過程で出来た大量の武具はNPCの鍛冶屋に納品してクエスト報酬を得る。
採掘スキルが上がれば上位の鉱石を掘れるようになるし、鍛冶スキルが上がれば作れる物の種類も増える。
他にも羊から刈り取った羊毛で服を作ったり、動物の皮を剥いで革製防具を作ったりした。
こちらは裁縫スキルである。
伐採スキルで木を切って、大工や細工スキルで家具や装飾品も作った。
スキル上げをしながら生産物をNPCに納品して報酬を得る。
それだけで幸子は満足していた。
単純作業をこなしている間は嫌な現実を忘れられる。
だが、ある時それは起こってしまった。
『すみません! 誰か天秤作れませんか? 家の内装に使いたいんです!』
いつものように街の鍛冶屋に置かれた金床と炉を使って生産アイテムを作っていたら、そんなメッセージが目に飛び込んできた。
そのキャラは辺りを走り回りながら何度も同じメッセージを発言するが、答えるプレイヤーはいない。
チャンスだと思った。
なにが?
わからないが、これはチャンスだ。
ドキドキしながらキーボードをタイプする。
何度もタイプミスしてやり直し、どうにかこうにか幸子は言った。
『私でよければ』
『本当ですか! ありがとうございます!』
ただそれだけのメッセージが衝撃的だった。
はふはふしながら震える手で天秤を作成して渡す。
こんなもの、細工スキルさえ足りていればインゴット5個でいくらでも作れる。
NPCのショップでは売っていないというだけで、別段珍しい物ではない。
だからこそ、わざわざ店で売る者も多くはないのだが。
『ありがとうございます! 助かりました!』
相手は小躍りをして喜んだ。
『どういたしまst』
震える手がタイプをミスる。
画面は涙で歪んでいた。
『またお願いしてもいいですか?』
『もちろんです!』
慌てて返した返事には、キーボードを押しつぶさんばかりの勢いで打ち込んだビックリマークがついている。
それから暫く幸子は街の鍛冶屋に張り付いて、そのプレイヤーと細々とした取引を続けた。
『さっちゃんありがとう! おかげで内装ばっちりです!』
『どういたしまして!』
一週間程の出来事だったが、幸子にとってはそれまでの全てのプレイ時間よりも価値があった。
またこんな風に人間相手に取引したい。
もう、NPC相手の取引では幸子の心は満たされなかった。
それで色々勉強した。
武具には耐久度があり、使い続けると壊れてなくなる。
そうなる前に修理しなければいけないが、その為には装備の種類に応じた生産スキルが必要になる。
生産キャラのいないプレイヤーは人に頼むしかない。
が、大事な装備を他人に預けるのは心配だ。
中には装備を持ち逃げする詐欺師もいると聞く。
プレイヤーが利用するような鍛冶士はみんな、長年街に居て信用を勝ち取ったベテランばかりである。
それで幸子は考えた。
初心者相手に無料修理を行い、徐々に信頼を勝ち取っていく。
他にも街中で生産アイテムを求める声があれば、飛んで行って作ってやった。
報酬なんか幾らでもいい。
血の通った人間とのやり取りがなによりのご褒美である。
その内幸子は街の顔役と言えるようなベテランプレイヤーとも知り合いになり、友達とは言わないまでも、それに近しい関係になりつつあった。
便利屋さっちゃんと言えば、パラディソではちょっとは知れた名である。
やがて幸子は一つの憧れを持つようになる。
他のベテラン職人プレイヤーのように自分の店を持ちたい。
彼らは自分の工房兼自宅兼ショップのような建物を持っていて、常連客のたまり場になっている。
幸子も何度かお邪魔した事があるが、和やかなホームパーティーみたいな場だった。
時にはゲームを越えて、リアルに踏み込んだ話だってする。
流行りのドラマの感想といった何気ない話題から、仕事や育児などのディープな悩みまで。
自分もお店を持って常連客とわいわいしたい。
それで幸子は必死にお金を貯めた。
生産系のクエストを回し、追加効果のついた装備を作る為に必要な特別な生産ツールを入手して知人の生産職プレイヤーに買い取ってもらう。
採掘や伐採で入手した素材を売るのも手堅い金策だ。
混沌世界では採れる資材の量が倍になるので、危険を承知で飛び込んだ。
上手く行く事もあれば、運悪くPKに見つかって殺される事もある。
物凄く悔しくてムカつくけれど、それもまたAOの醍醐味である。
同業者はみんな共感してくれるし、PKに隠れて資材を集めるのは秩序世界にはないスリルがある。
そんなこんなで幸子は数か月かけ、500万ゴールドを貯めた。
これだけあれば家の一つくらい買えるだろう。
そう思って知人に紹介して貰った不動産屋を訪ねて絶望した。
最小サイズの家だって、最低でも1000万はするのである。
他にも何件か回ってみたが、何処も同じようなもの。
幸子のショックは大きかった。
すっかり家を買える気になっていたのだ。
もう数か月かけて残りの500万を稼げばいいのだろうが、とてもじゃないがそんなには待てない。
今すぐ家が欲しくて仕方ない。
内装だって考えていて、家が建ったら手製の家具を置き、知人を呼んでささやかなパーティーをしたいと思っていたのだ。
それで幸子は暴挙に出た。
AO中の街という街を訪ね回り、『どんな場所でも構いません! 500万で家を売ってください!』と叫んで回ったのだ。
こんなの上手くいくわけない。
幸子自身思っていた。
でも、叫ばずにはいられなかった。
もしかしたら一人くらい、気前のいいプレイヤーがいるかもしれない!
そして彼は現れた。
『いいでしょう。あなたの熱意に免じて500万で家を売って上げます』
上手い話には裏がある。
自分で募集しておきながら幸子は怪しんだ。
でも、結局はその話に飛び付いた。
仮に善意の人だとしたら、疑うなんて失礼だ。
なにより、迷っている姿を見せたら相手の気が変わってしまうかもしれない。
現地に行って幸子は納得した。
サイズは当然最少で、立地はモンスターの湧く汚い沼地、なによりそこはPKが無法を働く混沌世界だった。
大半のプレイヤーは混沌世界を嫌うので、秩序世界よりも家の値段は安くなる。
それでも500万は破格だ。
迷う気持ちはあったが、それよりも欲が勝った。
『この家買います!』
取引をして5秒後には後悔した。
隣の家からPKが出てきて幸子を殺したのである。
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