第17話 ラスボス登場

「え?」


 遠ざかる鮫島の悲鳴に驚いて目を開く。


 目の前には前輪のひしゃげたママチャリに乗った長身ポニテのクール系美少女が悶絶する鮫島を睨みつけていた。


「……ふぅ。ギリギリセーフと言った所か」


 ホッとしたように呟いてポニテ女がこちらを向く。


 険しい表情は一転して、懐かしい恩人と再開したみたいに弛緩する。


「怪我はないか?」

「……お陰さんで。とりあえずサンキュー。誰か知らないが助かったわ」


 時継の発言にポニテ女がキョトンとする。


「……ははっ。私が誰か知らないか。らしいと言えば君らしい……」


 どことなく嬉しそうなのが謎である。


「有名人か?」

「君には負ける」

「いやいや!? この人、うちの学校の生徒会長っすよ!?」


 時継を庇おうとしていたのだろう。


 中途半端に身体を割り込ませるような格好で大吾が言う。


「あぁ。どうりで見た事ある顔だ」

「二年三組の大林幸子おおばやし さちこだ。気軽にさっちゃんと呼んでくれ」

「おう」

「おうじゃないっすよ!? この人超怖い事で有名な先輩っすよ! 生徒会に楯突いた生徒や教師を何人も学校から追い出してて、不良グループにも恐れられてるんす! 人呼んで栄央えいおう高校のラスボス、鉄の女さっちゃんっすよ!」

「その超怖い先輩を前にしてよくそんな口がきけたものだな」

「ひぃ!? お、お許しください!?」


 殺し屋のような目で睨まれて、へなへなと大吾の腰が抜ける。


 フンと鼻を鳴らすと、幸子は不安そうに時継を見つめた。


「……君も私を怖いと思うか?」

「まさかだろ。世の中人の噂程あてにならねぇ物はないからな。理由は知らないがわざわざこんな所まで必死にチャリ漕いで助けに来てくれたんだ。普通に考えていい奴だろ」

「……ッ!?」


 幸子はハッとすると、眩暈でもするようにふらついた。


「おいおい大丈夫かよ」

「……問題ない。ちょっと心臓が止まりかけただけだ」

「問題しかねーな」


 まぁ、ただの比喩だろう。


 この様子なら彼女も†unknown†のファンなのかもしれない。


 それにしてはあまりにも熱烈だが。


「ざっけんなぁ! っすぞごらあああ!?」


 擦り傷だらけの鮫島が起き上がる。


「そこまでにしておけ。事情は彼のスペースを聞いて大体把握している。私だって悪戯に生徒を退学に追い込みたくはない。ここで止めておけばまだ停学で済むラインだ」

「こっちはミカの愛がかかってんだ! 退学上等! ここで引いたら鮫島怒羅権ドラゴンの名が廃るぜ!」

「鮫島、ドラゴン!? めちゃくちゃDQNネームじゃねぇか!?」

「シーッ! それは禁句っすよ!? 鮫島さんはマジでかっこいいと思ってるんすから!?」

「聞こえてんだよ一年坊主!?」


 青筋を浮かべていきり立つ怒羅権から庇う様に、自転車から降りた幸子が二人の前に立つ。


「生徒会の名において、彼らに対する暴力はこのさっちゃんが許さない」

「はっ! たった一人でなにが出来る!」


 気が付けば、三人はすっかり不良軍団に囲まれている。


「そのセリフを待っていた」


 嬉しそうに呟くと、幸子はチラリと時継を振り向いた。


 まるでこちらの反応を確かめるように。


 なんとなく時継もそれで察した。


「あぁ、そういう事」

「どういう事っすか?」

「まぁ見てろ。すぐに分かる」


 鮫島に向き直ると、幸子は芝居がかった仕草で右手を広げる。


「クソバカ不良は目も悪いのか? 誰が一人だ。ここに頼もしい仲間がいるじゃないか!」


「「「生徒会だ! 全員大人しくお縄につけ!」」」


 三人を囲む不良軍団をさらに囲むようにして、ヘルメットと竹刀で武装した生徒会の面々が名乗りを上げる。


「ぐっ!?」

「鮫島怒羅権。これまで散々面倒をかけてくれたが……そろそろ年貢の納め時だ」

「鮫島さん!? どーするんすか!?」

「俺、退学は流石に困るんすけど……」

「うるせぇ! ここで引いたらどの道舐められて学校に居場所なんかなくなるんだ! お前らも腹くくれ!」

「「「お、おっす!?」」」


 仕方なくという雰囲気で取り巻き達が返事をする。


「まずいなこりゃ……」


 時継が呟く。


 生徒会は武装して数も勝っているが、実際に戦えそうな面子は多くない。


 メンバーの半数近くは女子である。


 男子だってどちらかと言えばひ弱そうな奴の方が多い。


 対する相手は全員が喧嘩慣れした武闘派である。


 実際に殴り合いになったらこちらが不利だろう。


 生徒会としても不良グループと全面抗争して大勢怪我人を出すのは体面が悪いはずだ。


 下手をしたら幸子の責任問題にも発展する。


「問題ない。奥の手を用意している」


 時継の心配を見透かすようにして幸子が呟く。


 ふと明後日の方角に視線を向け。


「噂をすればだ」


 つられてそちらを見ると、鬼の形相をした金髪ギャルのミカちゃんが凄まじい勢いでママチャリを漕いでいた。


「どぉおおおおおらぁあああああごぉおおおおおおん!!」

「ミカ!? 来てくれたのか!?」

「どぉぉおおおあああああほおおおお!」

「うぼぁあ!?」


 ミカの乗り捨てたママチャリが怒羅権に直撃する。


 そのままの勢いでミカは怒羅権に馬乗りになり。


「てんめぇえええ! あたしの推しになんて事してんだよ!?」


 ゴスゴスゴスと鉄拳の雨を降らせる。


「だ、だってミカ!? あの一年がお前を寝取るから!?」

「寝取られてねぇよ! †unknown†様はただの推し! そんいうんじゃねぇって散々説明しただろうが!?」

「で、でも――」

「でもじゃねぇし! 更生して真面目になるって言うから付き合ってやったのに全部嘘じゃん! 一年の子脅して生徒会まで巻き込んで! 恥ずかしくって学校行けねぇよ! もうマジ最低! 幼馴染の腐れ縁もここまで! 二度とあーしに関わんなし!」


 ぼっこぼこに鮫島を殴りつけると、フンと鼻息を荒げて立ち上がり、唖然とする取り巻き達を睨みつける。


「あんたらもこんな暴力しか取り柄のないクソバカあんぽんたんのいいなりになってんじゃねぇよ! 解散解散! さっさと帰ってシコって寝ろし!」


 ミカはこちらに向き直り。


「ごめんなさい! この度はあたしの幼馴染が本当に失礼しました! 二度とこんなバカな真似しないようキツく言って聞かせますので!」


 ペコペコと頭を下げる。


「いや、ミカちゃんは悪くねぇだろ」

「ミカちゃん!? あーしの名前覚えててくれたんですか!?」

「そりゃまぁ、初めてサインした相手だしな」

「ぎゃー! マジ感激! 超神対応!」

「こ、このガキ……性懲りもなく俺の女を……」


 満身創痍の鮫島が時継を睨む。


「だから違うって言ってんだろ!」


 鮫島の頭を蹴りつけると、耳を引っ張って強引に連れて行く。


「もう今日と言う今日はマジであったま来た! 全部おばさんに言って叱って貰うから!」

「み、ミカ!? それだけは勘弁してくれ!」


 二人が立ち去ると、後には困り顔の取り巻き達が残される。


 指示役を失って、どうしたらいいのか分からないという顏である。


「まだやるか?」


 腕組みをして幸子がいう。


「「「すいませんでしたぁあああああ!」」」


 取り巻き達が一斉にジャンピング土下座を決めた。


「これにて一件落着か」

「……なんか漫画みたいっすね」

「だな。配信してたとはいえよく間に合ったもんだ。もしかしてさっちゃん、あいつら潰す為に網でも張ってたか?」


 これだけの数を動員してきたのだ。


 ある程度事前に準備をしていたと考えるのが妥当だろう。


「それもある。が、どちらかと言えば君を助ける機会を伺っていたというのが本当だ」

「俺を? なんでだよ」


 またしても、幸子が懐かしむような視線を向けて来る。


 なにやら訳ありの様子だが、時継にはまるで心当たりがなかった。


「話せば長い話になる。だが、まずはこれだけ言わせてくれ」


 幸子が時継に向かってひざまずく。


 まるで主に忠誠を誓う騎士である。


「お久しぶりです†unknown†様。あの日のご恩を返しに参りました」

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