第15話 カメレオン

 実は大吾は中学校まで冴えないオタクで、クラスのいじられ役に甘んじていた。


 このままではいかんと思い、クラスの上位カースト男子を徹底研究、見事高校デビューを果たした口である。


 所詮この世は弱肉強食、弄られたくなければ弄る側に回るしかない。


 とは言え、上位カーストを維持するのは楽ではない。


 弄られ役だった頃は気づかなかったが、上の奴らは日々自分の立場を守る為に必死である。


 上位カーストの中にも微妙な力関係があって、隙あらばマウンティングで相手よりも上に立とうとする。


 一見すれば仲良しグループでも、水面下ではお互いに足を引っ張り合うライバルみたいな関係である。


 それだけでも面倒なのに、上位カーストはクラスの威信をかけて他クラスの上位グループと張り合ったり、校内外交に気を使わなければいけない。


 これらを上手くこなしても、今度は上級生という絶対的上位存在の顔色を伺う事になる。


 こんな事なら不良のふりをして上位カーストになんか入るんじゃなかった! と心底思うのだが。


 一度上位カーストに入ってしまったら簡単には抜けられない。


 上位カーストから抜ける事は社会的な死を意味し、それまでの地位を取り上げられて最底辺まで降格させられる。


 まるでヤクザかブラック企業だ。


 それで大吾も渋々不良の振りを続けているのだが、そこに現れたのが一年二組の特異点こと九頭井時継だ。


 入学当初から時継は「俺はオタクだ文句あるか?」と言わんばかりに自分の領域を展開し、1年2組に独立領を築いていた。


 大吾としてもたまに時継をみんなの前でからかってやれば上位カーストとしての面子は保たれるので、ある意味ありがたい存在である。


 大吾だって、出来れば自分が受けたようなイジメ紛いの弄りなんかしたくない。


 その点時継は下らないからかいなんか意にも介さないし、時継がヘイトを買ってくるお陰で大吾は他のクラスメイトを標的にせずに済む。


 大吾は時継の自由を認める代わりに時々ちょっとからかわせて貰い、弄りが度を越さないようクラスメイトをコントロールする。


 ある意味共生関係みたいなものである。


 いささか都合の良い解釈ではあるが、大吾の中ではそんな風に納得していた。


 それが、時継が学校のアイドルである未来と配信活動を共にするようになった事で歯車が狂いだした。


 大吾だって最初は生意気な奴だと思った。


 底辺どころか番外カーストの癖に、誰のお陰で今まで平和に暮らしてこれたのか! と。


 だが、時継の出て来る配信を見ている内に否応なく思ってしまった。


 こいつ、くっそおもしれ~!


 時継の配信はシンプルに面白い。


 それだけでなく、未来の良さを引き出すのも上手い。


 確かに未来は美少女だが、それだけで退屈な配信を何時間も見ていられるかと言ったら否である。


 クラスメイトなので表向きは義理で応援していたが、配信を見る事は稀だった。


 それが、時継と組んでからは別人みたいに面白い。


 毎日ゲラゲラで、早く次の配信が見たくてたまらない。


 可愛さだって何倍にも増して見え、ますます好きになってしまう。


 なにより先日の天誅裁人逆天誅配信。


 あれには大吾もスカッとした。


 裁人はAO内で直接嫌がらせや詐欺行為を行う他にも、他の配信者のゴシップニュースなんかも扱っている。


 それがまた悪意に塗れたクソッタレな内容なのだ。


 某大手事務所なんかはそのせいで引退者が出たほどである。


 デビュー配信から追いかけていた大吾の推しだ。


 イジメ紛いの弄りに悩んでいた時も、彼女がくれたコメントへの返事に心を救われた。


 彼女が引退配信も出来ずに去って行った時の悔しさは今でも忘れない。


 天誅裁人許すまず!


 この手にデスノートがあったなら、全ページこいつの名前で埋めてやるのにと何度も思ったものである。


 そんな裁人を時継はざまぁしてくれた。


 ある意味恩人のような存在である。


 同じように感じた人間は多いだろう。


 時継は自衛の為、数字を稼ぐ為、私怨の為だったのだろうが、結果的に多くの人間の無念を晴らした形である。


 今では大吾もすっかり時継の、そして†unknown†様のファンである。


 本当ならクラスのみんなと一緒に配信の話題で盛り上がりたい。


 だが、対外的には一年二組のトップを張る存在である。


 そんな事は許されない。


 時継は一年生で、上位カーストとのコネクションもない。


 本来なら搾取される側にいるべき冴えないオタク君である。


 校内に時継のファンは増えたが、同じくらい敵も増えている。


 AO配信? なんだそりゃ?


 そういう勢力にとってはただのクソ生意気な一年坊主である。


 それどころか、突然現れて自分達の権威を脅かす害虫だ。


 一年は勿論、上級生の中にも快く思わない連中は大勢いるだろう。


 ここで大吾まで時継を認めるような姿を見せたら、いったい二組はどうなっとるんじゃ! とヤバい先輩集団にシメられる。


 そうならないよう、大吾だけは最後まで「クソ忌々しいオタク野郎め!」という態度を貫かなければいけない。


 大吾が一人で抗っている姿を見せている間は他の連中も手出しはしてこないだろう。


 これも推しを守る為!


 そう思いつつ、心は悲鳴を上げてしまう。


 なにより恐ろしいのは、時継の影響力があまりにも大きくなりすぎている事だ。


 一年二組は言うまでもなく、他クラス、上級生の中にも多数のファンが生まれている。


 その中には当然女子もいる。


 可愛い子、人気の子だっているだろう。


 中には彼氏持ちの子だっている。


 本人にそんなつもりはないのだろうが、彼氏からしたら面白くない。


 もしその子の彼氏がヤバい相手なら……。


 そういう事態になりつつあると聞く。


 実際大吾は他クラスの上位グループから何度も警告を受けている。


「おい大吾。お前、このままだとヤベーぞ」と。


 分かっている。


 分かっているが、どうしようもない。


 時継は未来の為に頑張っているだけだ。


 まぁ、お金欲しさもあるのだろうが。


 なんにしろ、責められるような事は一つもしていない。


 むしろ責められるべきはめんどくせー事をゴチャゴチャ言う上位カースト共である。


 誰が上だの下のばっかじゃね~の!


 こちら側に立って、改めて大吾は思う。


 スクールカーストなんか百害あって一利なし。


 こんなもの、この世からなくなってしまえばいいのに!


 だが、現実は無情である。


 世の中は弱肉強食であり、力こそがパワーであり、数は正義なのだ。


 そして上位カーストは強者であり、力を持ち、無駄に群れて数の有利を味方につけている。


 学校というシステムの中で長年かけて醸造された黒い力を相手になにが出来る?


 そもそも大吾は根っからの不良ではない。


 彼らの行動パターンを学習して真似ているだけのただの冴えないオタク君である。


 大吾に出来る事と言えば、歯を食いしばりながら破滅までの時間を引き延ばすことくらいだろう。


「あぁ~! 現実に†unknown†様がいてくれたらなぁ……」


 無力感にうな垂れる。


 AOの中では無敵の時継も、リアルではただの人間だ。


 彼だって、こんな事になっていると知ったら恐れをなして逃げ出すだろう。


 誰だってそうする。


 自分だってそうする。


 だからこそ、大吾はこうして一人で抱え込んでいる。


「あ? 大吾、こんな所でなにしてやがる」


 野太い声に話しかけられてビクリとする。


 階段を上がってきたのは同じ高校生にはとても見えない強面の先輩軍団だ。


「お、おはざーっす! ちょっとその、考え事を……」

「はっ! 考え事って面かよ!」


 お決まりのマウンティングに髭面共がバカ笑いする。


 なにもかもが予定調和。


 吐き気がする程単純な連中である。


 こいつらのコミュニケーションはシンプルだ。


 自分より下の奴をみんなでからかって笑う。


 それだけである。


「ははははは……」


 愛想笑いを浮かべると、大吾はそそくさとその場を逃げ出そうとした。


「ちょっと待てよ。丁度お前に話があった所だ」

「は、話っすか」


 大吾が身構える。


 先輩からのありがたいお話が良い内容であった試しなんか一度もない。


「お前のクラスに生意気な一年がいるだろ」

「……まぁ」

「あいつ潰すぞ」


 事もなげに先輩が言う。


「おっす……」


 とりあえず返事をする。


 ここで取り乱したらシメられるのは自分である。


「……でも、急っすね」

「あの野郎、俺の女寝取りやがった」

「……え? マジっすか」


 ドッと冷や汗が出る。


 初耳だ。


 あのAOバカの時継が?


 そんな馬鹿な!?


 一方で、売れっ子配信者がその手のスキャンダルをよく起こすのも事実である。


「クソッタレが。ミカの奴、昼休みにこんなライン送ってきやがった」


 スマホの画面には、ヤマタノオロチを模したかっこいいサインで九頭井時継と書いてある。端にはご丁寧に、ミカちゃんへの一言付きだ。


 は? これで寝取り? お前NTR舐めてんの?


 当然思うが口には出せない。


「……あちゃ。これは完全にアウトっすね」


 三下ムーブが板についた自分が恨めしい。


「アウトもアウト、ドアウトだろ。つーわけだ。大吾、お前、責任取ってこのガキひと気のない場所に誘き出せ」

「え!?」

「なんだよ。文句あんのか? あぁ!?」


 胸倉を掴まれて踵が浮く。


 高校デビューを果たすにあたり、大吾も必死に身体を鍛えた。


 元々背は高いし、決して軽くはないはずなのだが。


「ま、まさか!? 俺もそろそろシメ時だと思ってたんすよ!」

「おせぇんだよ!」

「ぐぁ!?」


 突き飛ばされて尻餅を着く。


「放課後にはこいつら連れてあのガキ締めに行くからな」

「……うっす」


 下品なゲラゲラ笑いに見送られ、大吾はその場を後にした。


「……ちくしょう。どうすりゃいいんだよ……」


 大吾はこみ上げる涙を拭った。

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