第12話 騙されたバカ
「……え?」
キョトンとして未来が呟く。
赤ゲートをくぐった先は周囲を海に囲まれた離れ小島だ。
どう見てもダンジョンのようには思えない。
「あの……、凪沙さん? ここがダンジョンなんですか?」
〈いいから逃げろって!〉
〈早く逃げて!〉
〈逃げろバカ!〉
〈終わったなwww〉
未来の質問を無視して、凪沙が【
「な、なんでゲート消しちゃうんですか? っていうか、リスナーさんが早く逃げろって言ってるんですけど……」
なんとなく不味い状況だという事は理解出来たのだろう。
未来の頬が強張り、可愛らしい顔には不安の色が広がっていく。
「バカだね。まだ気づかない? 君は騙されたんだよ。愛敬堂ミライチャンネルの愛敬未来ちゃん」
ゲーム内ボイチャで凪沙が喋る。
気障ったらしい男の声だ。
直後に、凪沙の姿が白いローブを着た銀髪のイケメンに変わる。
名前も凪沙から、天誅裁人に変わっていた。
「無知な君に説明してあげるよ。AOには変装キットっていう見た目や名前を自由に変えられるアイテムがあるんだ」
〈最悪……裁人かよ……〉
〈誰こいつ? 有名人?〉
〈話題になってるプレイヤーとか配信者に難癖つけて嫌がらせして再生数稼いでる迷惑系ゴミ配信者〉
〈俺の推しこいつに全財産詐欺られてAO引退したからマジで嫌い〉
「迷惑系ゴミ配信者って……天誅さんも配信者だったんですか!?」
「言葉を慎めよクソ女! こっちは登録者数30万超え。そっちは1万ちょっとの弱小チャンネルだ! どう考えてもゴミはそっちの方だろ!」
〈ピキってるwww〉
〈女の子相手にキレんなよwww〉
〈こいつクールぶってるけどマジでメンタル豆腐だからな〉
「黙れ! 僕はキレてなんかない!」
「な、なんか知らないけどごめんなさい! っていうか、あたしのチャンネル見てくれてるんですか?」
ちょっと嬉しそうな未来である。
〈いやwwwファンじゃないからwww〉
〈未来ちゃんの手の内探る為に見てるだけでしょ〉
〈天然かよwww〉
「そ、そうですよね! あははは……」
真っ赤になった未来が笑って誤魔化す。
「それでその、天誅さんはあたしになんの用なんでしょうか……」
「あぁ。簡単に説明すると、僕のチャンネルはAO内で悪事を働く悪徳プレイヤーに天に代わって裁きを与えている」
「警察みたいな感じですか?」
「そうだね。その認識で間違ってない」
「なるほどです! ……え~と、もしかしてなんですけど、今回のターゲットって……」
「君だよ。愛敬未来」
「なんでですかぁ~!?」
未来が大声を上げる。
〈ちょwww〉
〈いきなり叫ばないでwww〉
〈鼓膜ないなったわwww〉
〈あれ? 急に静かになったんだが?〉
「あわわわ、リスナーさんごめんなさい!?」
裁人も舌打ちを鳴らした。
「バカ女! 配信者ならOBSのコンプレッサーくらい設定しておけ!」
「こ、コンプレッサー?」
「音量を一定の範囲に保つ機能だ! これを設定しておけばうっかり大声を出しても自動で音量を調整してくれる!」
「へ~! そんな機能があるんですね! あたし、実は結構機械音痴で! 九頭井君もAOの事は詳しいけど配信機材とかは専門外みたいだから助かります! あ、ちなみに九頭井君っていうのはうちのチャンネルのサポートメンバーで――」
「知ってるよ! 狙う前に下調べくらいしてる! 一々説明しなくていい! 分かってるのか君は!? 騙されてこれから殺されるんだぞ!?」
「そうなんですかぁ!?」
「そうなんだよ!? バカか君は!? 脳ミソの代わりに餡子でも詰まってるんじゃないのか!?」
「あははは、そんな、アンパンマンじゃないんですからぁ~」
未来が気さくに笑う。
台パンでもしているのか、バンバンバンという音が裁人側の音声から聞こえてくる。
〈wwwwwww〉
〈腹痛いwww〉
〈未来ちゃんも面白くなったなぁ……〉
〈毎回九頭井と漫才してるからな〉
〈おい裁人押されてるぞwww〉
「押されてない! 誰がこんなバカ女に!」
「あのぉ……。なにかの勘違いじゃないですか? あたし、裁人さんに裁かれるような悪い事してないと思うんですけど……」
不思議そうに尋ねる未来に、裁人が咳払いをして仕切り直す。
「悪を悪とも思わないその心こそがなによりの悪だ」
「はぁ……」
〈絶対わかってないwww〉
〈悪を悪とも思わないその心こそがなによりの悪だ(キリッ)〉
〈九頭井とは違うタイプのイタさ〉
〈一緒にすんな。流石に九頭井が可哀想〉
〈言いたい事は分かるけどこいつのやってる事は都合の良い悪の押し付けなんだよなぁ〉
「バカ女にも分かるように説明してやる! その1! 実家の和菓子屋の宣伝なんて不純な動機でAOをやっている! その2! たいして面白くもないくせに顏と胸で登録者を集めている! その3! 自分だけの力じゃ伸びないからってクラスメイトのオタク君に金を払って協力させている! 金の力で廃人プレイヤーを雇うなんてRMTと一緒だ!」
流石にカチンと来たのか、怒った顔で未来が言い返す。
「その1! バカって言った方がバカなんです! その2! そんな事言ったらAO配信で収益化してる天誅さんだって不純じゃないですか! むしろあたしは稼いだお金ほとんど実家に入れてるんですから褒めて欲しいくらいです! その3! RMTってなんですか! よくわかんない専門用語使わないで下さい! その4! 天誅さんも配信者なら意味わかんない理由で知らない人に絡んでないで自分で面白い事やったらいいじゃないですか! そういうの、他人の褌でお相撲取るっていうんですよ!」
「なっ!?」
言い返されるとは思わなかったのだろう。
裁人が焦ったような呻き声を上げる。
〈wwwwwwwww〉
〈メッチャ言い返されてるwww〉
〈ド正論ラッシュじゃんwww〉
〈可愛さと胸の事は否定しないのねwww〉
〈高一女子に論破される大人恥ずかしいねぇ^^〉
〈こっちは遊びでやってんじゃねぇんだよ。未来ちゃん舐めんなよ〉
「黙れ黙れ黙れ黙れ!」
台パンの連打で裁人が答える。
「僕はバカじゃない! バカはお前だバカ女! 訳の分からない言い訳をしたってお前が悪い事には変わりないんだからな!」
〈逆ギレwww〉
〈バカだろこいつwww〉
〈シンプルに口論が弱いwww〉
「うるさい! バカ女のバカリスナー共め! この女はここで死ぬんだ! 折角告知した企画は台無し! 九頭井とか言うバカなオタクが必死になって集めた高級装備も奪ってやる! ざまぁみろ!」
〈ざまぁみろwww〉
〈リアルで言う奴初めて見たwww〉
〈これが本当のざまぁ系ってかwww〉
「うぷぷぷ。リスナーさん、あんまり笑っちゃ可哀想ですよ。ぷふ、うぷぷぷw」
「お前が一番笑ってるんだよバカ女! 僕を笑う奴は絶対に許さない! お前を殺した後に名前入りの死体を家に飾って未来永劫辱めてやる!」
「やれるもんならやってみろです! 今のあたしは九頭井君から借りた最強装備で最強なんですからね!」
〈強気www〉
〈やったれやったれwww〉
〈いや未来ちゃん、それ狩り用の装備だから……〉
〈特攻武器とか対人じゃ何の意味もないぞ〉
〈対人と対モンスターじゃ全然違う件〉
「そんなのやってみないとわかんないじゃないですか! 一対一だし、ワンチャン勝てるかもしれないでしょ!」
ミライが剣を構える。
「はっ! 君は本当にバカだな! この手の詐欺は誘導役と殺人役を分けてやるもんなんだよ!」
裁人がパチンと指を鳴らす。
透明化の呪文で隠れていたのか、三人の赤ネームが姿を現した。
「ふぇっ!?」
未来の顏が青ざめた。
〈ずるっ!〉
〈まぁそうなるわな〉
〈初心者相手に三人がかりとか恥ずかしくないのかよ!〉
〈無警戒で赤ゲートに入る未来ちゃんも悪いんだよなぁ……〉
〈おい九頭井! なにしてんだよ! 早く助けに来い!〉
「はっはっは! やっと状況が飲み込めたって顏だね? ほら、頼りの†unknown†を呼んでみろよ! ゲートは消した! ここが何処か分からないんじゃ助けようがないだろうけどね!」
「うぎぎぎ……」
悔しそうに未来が歯噛みする。
「死にたくないかい? そりゃそうだよね! そんな凄い装備を借りてるんだ! 失くしたら、†unknown†は怒るだろう! コンビは解消! リスナーだって去っていく。折角バズったのに君のチャンネルはここでおしまい、ジ・エンドだ」
「そ、そんなぁ……」
「嫌ならカメラの前で土下座して僕をバカにした事を謝罪しろ。そしたら装備は盗らないでおいてやる」
「ほ、本当ですか!?」
〈なわけない〉
〈絶対嘘!〉
〈未来ちゃん! そんな奴に頭下げちゃダメだって!〉
〈それがこいつの手口だから。相手に屈辱与えて騙し打ち。それで何人も引退してる〉
未来は泣きそうな顔でコメントと裁人を交互に見る。
「……ほ、本当ですか? 土下座したら、絶対に装備盗らないでくれますか?」
「本当だとも。君と違って僕のチャンネルは清廉潔白がモットーなんだ」
「……絶対ですよ。大事なお友達の装備なんです。これを盗られたらあたし、九頭井君に顔向けできません」
「しつこいな。早くしろよ。今すぐ殺してやってもいいんだぞ?」
「……はい」
諦めた表情で未来がうな垂れる。
暫く俯くと、不意にガバっと顔を上げた。
「誰がお前なんかに謝るもんですか! バカバカバカのぽっぽこぴ~のぷ~! あっかんべろべろばー!」
筆舌に尽くしがたい凄まじい変顔である。
〈wwwwwwwww〉
〈やりやがったwww〉
〈一生ついてくwww〉
〈これでこそ俺達の推しwww〉
リスナーは大盛り上がりだが、当然裁人はブチ切れた。
「くたばれ! バカ女ぁあああああ!」
三人の赤ネームが高火力の呪文を詠唱し、ミライは巨大な火柱に包まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。