第11話 絶対に死んではいけないソロ攻略

「というわけで! スキル上げも終わったので、今日は告知通り、オーガ窟攻略のソロリベンジをやっていきます!」


〈待ってました!〉

〈意外に早かったな〉

〈もうスキル上げ終わったの?〉


「えへへへ。リスナーさんを待たせちゃ悪いと思って毎日裏で頑張りました! お陰でちょっと寝不足です。ふぁ~……」


 口元を隠して大きな欠伸をする。


 間に同じようなリスナー参加型のスキル上げ雑談を何回か挟み、一週間程経った配信である。


 地味な雑談配信が続いたが、時継が上手く配信を盛り上げてくれたお陰で、登録者の伸びは悪くない。


 その数、現在1万3千人だ。


 とは言え、雑談配信ばかりでは徐々に勢いが落ちていく。


 ここらで一つ、ドカンと目立つ配信をやろうという事になり、今回の企画が決まった。


〈え、ソロリベンジなの?〉

〈†unknown†様は?〉

〈今日はクソガキいないのかよ〉


 告知を見ていなかったリスナーが不思議がる。


「はい! 告知で出した通り、今日はあたし一人です! 九頭井君曰く「今更オーガ窟攻略なんか普通にやっても面白くねぇし、俺も見たい配信溜まってっから、リベンジは委員長一人な」って事になりまして」


 時継の声真似をして未来が言う。


〈www〉

〈クソガキwww〉

〈それモノマネ?www〉

〈全然似てないwww〉


 リスナーのウケは悪くない。


 時継と一緒に配信する事で、未来のトーク力も鍛えられているらしい。


 一方で。


〈いや、流石にソロは無理じゃね?〉

〈あれは上級プレイヤーに許された遊びだぞ〉

〈いくら初心者ダンジョンでも未来ちゃんの装備じゃ無理だって〉


 未来を心配する声も少なくない。


 リスナーの言う通り、基本的にAOのダンジョンはソロ攻略を前提に作られてはいない。


 大抵の場合、ダンジョン攻略とは各ダンジョンに存在するボスの討伐を指す。


 オーガ窟の場合は三層のボス湧きエリアで雑魚を狩っていくと桟橋で繋がった離れ小島の祭壇に蝋燭が出現し、それが一定数溜まるとボスが湧く仕組みだ。


 初期に実装されたダンジョンに多く見られるイベントだが、特別なギミックやアイテムを必要とせず、単純に雑魚を狩り続けるだけでボスが湧くので、初心者でも手を出しやすい。


 加えて、オーガ窟のボスや雑魚は物理攻撃がメインなので、装備の抵抗値も物理だけ上げておけばなんとかなる。


 ボスモンスターである【恐れ知らずのオーガ王ボルガボルガ・ザ・ドレッドノート】に関しても、複雑なギミックやデバフ、特殊な攻撃などは使ってこない。


 警戒するのは精々溜めの長い高威力範囲攻撃くらいだろう。

 それ以外はただの硬くてタフなオーガロードである。


 そういった諸々が初心者ダンジョンと呼ばれる所以なのだが、腐ってもボスモンスターである。


 その攻撃力は凄まじく、普通は複数人で役割分担をしたりタゲを回しながらでなければ倒せる相手ではない。


 また、AOにはレベルの概念がないので、他のゲームよりも装備の依存度が高い。


 飛び道具のある魔法使いやペットを戦わせる調教師ならまだしも、ガチンコで殴り合う戦士ではなおの事だ。


 未来の装備はNPCの店売り品に毛が生えた程度なので、普通に考えればボス討伐など絶対に無理である。


「それがこの企画の恐ろしい所だよ! 題して、【絶対に死んではいけないソロ攻略!】」


 ばさりとミライが装備の上に着ていたお洒落着を外す。


 下から現れたのは、熟練プレイヤーも目を見張るような高級装備の数々だ。


〈は?www〉

タラスクの心臓ハートオブタラスクじゃんwww〉

〈レガシー品のダブル特攻!?〉

〈ユニーク装備もナーフ前のレガシー品だぞwww〉

〈補正値も最大かよwww〉

〈これだけで余裕で億行くwww〉


 ユニーク装備とは固有の名前と追加効果を持つレアアイテで、基本的にはボスを倒した際に低確率でドロップするのみだ。


 タラスクの心臓もその一つで、HPとSTR、HP自動回復が大幅に上昇する。


 AOではSTRが上がると所持重量、HP、武器攻撃ダメージが増加する。


 これ一つで生存力がかなり上がる為、狩りでも対人でも人気がある高級ユニークだ。


 ダブル特攻はミライの持つ長剣についている特殊効果だ。


 特攻スレイヤーとは特定の種族に対して攻撃力が倍増する追加効果である。


 現在は一つの武器に対して一種類しか付かないが、初期の頃は最大で三種類までつく事があった。


 そして、特殊効果の特攻には【亜人特攻】のように広い効果を持つレア特攻と、【オーガ特攻】のように狭い効果を持つコモン特攻の二種類が存在する。


 この二つが同時に付いた場合、当然効果は両方のり、それだけで武器によるダメージが4倍になる。


 そこにさらに武器ダメージアップや攻撃速度アップが加わると、通常武器では考えられない程の火力アップが見込める。


 一方で、特攻武器にはその他の種族から受けるダメージが増えるというデメリットもあり、こちらも強化されることになるのだが。


 オーガ窟のボス湧きにはオーガ族しか湧かないので関係ない。


 また、AOは長寿ゲーなので、アプデによって強すぎるユニーク装備が弱体化される事もある。


 こういった場合も、変更前のアイテムはレガシー品と呼ばれ、高値で取引される事になる。


 補正値とは装備やユニークアイテムにつく追加効果の数値の振れ幅を指し、最大値に近い程価値が増す。


 全てを説明すると長くなるので割愛するが、簡単に言うと現在のミライは全身が神装備状態である。


「もちろん全部九頭井君から借りました! どれくらい価値があるのかも大体説明されてます。正直緊張で吐きそうです!」


〈いや、保険かけてれば死んでも落とさないから〉

〈てか保険かけてくれ〉

〈なんで保険かけてないのwww〉

〈おい……。絶対に死んではいけないソロ攻略ってまさか……〉


 コメントがざわつき出す。


 通常、AOではキャラが死んだ場合、死体と共に祝福ブレス属性のついたアイテム以外全て死体の中に残る。死体が腐る前に回収できなければ全ロスだ。これが混沌世界になると、誰でも他人の死体からアイテムを漁れるようになる。つまり、殺して奪う強盗行為が可能なわけだ。


 初期の頃は殺して奪うが当たり前の修羅の世界だったのだが、現在はライト層向けに保険制度という物が追加されている。


 保険がかかったアイテムは死亡しても死体に残らず、蘇生時にバックパックに戻される。


 代わりに、同時にかけた保険の数とアイテムの価値に応じた保険料を死亡時に取られる事になる。


 ちなみに、プレイヤーに殺された場合、保険料はまるまる殺した側に入る。


 大規模な対人戦になった場合、優れたプレイヤーは一晩で数百万も稼ぐ事があるという。


 なんにせよ、保険がかかっていないという事は、死んだらこれらの神アイテムは死体に残り、最悪ロストする可能性もあるという事だ。


「その通り! 九頭井君からの指令で、借りたアイテムには一切保険をかけちゃいけないルールです! っていうか神アイテム過ぎてあたしの手持ちじゃ保険かけられないよ!」


〈www〉

〈九頭井の奴考えたなwww〉

〈これはハラハラするwww〉

〈いや流石にこの装備じゃ死なんやろ〉

〈プレイング次第じゃ全然死ねる〉

〈むしろ未来ちゃんじゃ死ぬ未来しか見えないwww〉

〈もったいねー〉

〈九頭井の奴なんでこんなヤバいアイテム持ってるんだよwww〉

〈有名商人の裏垢か?〉


 時継の作戦が功を奏し、リスナーの盛り上がりも加速する。


 同接は勿論、登録者数も爆伸びだ。


 一方未来の心臓は緊張で爆発しそうだったが。


「それでは早速オーガ窟に向かいます! 徒歩で!」


〈徒歩www〉

〈いい加減騎士道スキル取れよwww〉

〈まぁ行き方さえ知ってればオーガ窟は割と近いから〉

〈途中で死ぬなよwww〉


 開始地点はいつものパラディソ近郊の野原。


 そこから歩いて近場の世界門ワールドゲートに向かう。


 AOの世界は広大だ。


 鏡合わせのように存在する秩序と混沌の世界の中には、世界地図のように大小の大陸が存在する基本マップや、異なるテーマを持つ独立したマップも多数存在する。


 世界門はマップに固定された移動門のような物で、これを使えば移動スキルを持たないプレイヤーでも長距離移動が可能である。


 もっとも、ある程度AOの地形を理解していなければ見知らぬ土地で迷子になるだけだが。


 オーガ窟に関しては時継に行き方を習ったので問題ない。


 宣伝と景気づけを兼ねて、道中は皮に塩豆を散らした愛敬堂の塩豆大福を食べる。


 モチっとした皮の食感とほのかにしょっぱいホロホロの黒豆、サラリとしたこし餡の甘さがあっさりとした美味しさの一品である。


『すみません! 助けてください!』


「むぐっ!?」


 見知らぬプレイヤーに話しかけられて大福が喉に詰まる。


 ずずっとお茶をすすると未来は尋ねた。


「な、なんでしょうか?」


『あたし、初心者なんですけど、ダンジョンで狩りをしてたら死んじゃって! このままじゃ全ロスしちゃいそうなんです! 回収手伝って貰えませんか!』


 突然のお願いに目をパチパチさせると、ハッとして未来は答えた。


「分かりました!」


〈即答www〉

〈いや今配信中だろwww〉

〈無視しろよ〉

〈未来ちゃんかっこいい〉


『そこをなんとか! 友達から借りた大事な装備を持ってるんです!』


 可愛らしい服を着た凪沙なぎさという名のプレイヤーが発言すると、困惑したように続ける。


『え? いいんですか?』


〈相手も困惑してるwww〉

〈まさかノータイムでOKとは思わんやろwww〉


「いいよ! あたしも初心者の頃、知らない人にいっぱい助けて貰ったから! 場所はどこ? すぐ行こう!」


 キャラメイク後に最初に訪れる街という事もあり、パラディソは初心者プレイヤーの拠点となっている。


 それを助けるお人好しの上級者も多くたむろしていて、未来も何度かお世話になった事がある。


 彼らもまた、自分も初心者の頃に助けて貰ったと言って未来を助けてくれた。


 ならば今度は自分の番だろう。


〈未来ちゃん優しす……〉

〈これは光のネトゲ〉

〈こういうのいいよな〉

〈格好つけて死ぬなよwww〉


 リスナーも異論はないらしい。


『あっちです! 別の友達がゲート出してくれて!』


「おっけー! ごめんねリスナーさん! そういうわけだからちょっとより道!」


〈は~い〉

〈大丈夫かよ〉

〈まぁ、向こうも初心者ならそんな危ない所じゃないだろ〉

〈いやこれなんか怪しくね?〉


 疑うコメントもあるが未来は気にしない。


 というか、コメントの流れが速すぎて全てを追うのは不可能である。


 凪沙の後を追って歩くと、程なくして彼女の友達が出したというゲートに辿りつく。


 普段街中で見る移動門と違って、そのゲートは血で塗ったような赤色をしていた。


〈おい〉

〈待って!!!!〉

〈ヤバいって〉

〈入るな〉

〈ちょwwww〉


 コメントが一斉に引き止める。


 だが、それを目にする前に未来はゲートをくぐってしまった。


 移動門は行先の世界によって色が変わる。


 秩序世界なら鮮やかな青。


 混沌世界なら血濡れのような赤だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る