第6話 初仕事

「折角バズってる事だし、今夜にでもサプライズで新メンバー加入のお知らせ配信をしたらどうかな?」


 未来の提案を時継は却下した。


 確かに先日の配信は盛り上がった。


 †unknown†が出てきたくだりの切り抜きは色んなチャンネルで取り上げられ、かなりの再生数を稼いでいる。


 登録者数だって増えていて、新規リスナーが†unknown†の再登場を求めているのは明らかである。


「だからこそ、ここはらしに回るべきだろ」


 時継が未来のチャンネルに加わる上で一番気を付けなければいけないのは炎上だ。


 ただでさえ異性コラボは燃えやすい。


 チャンネル主の容姿が良ければなおの事だ。


 特に未来の場合は、一ヵ月の時点で配信者としての力量が割れ、登録者数の増加が止まっている。


 それでもまだ残っているようなリスナーは良くも悪くも未来という個人のファンと考えていい。


 面白かろうが面白くなかろうが、未来の配信なら無条件で見るという層である。


 十中八九男だろう。


 そんな彼らが時継の加入を面白く思う訳がない。


 全員がそうではないだろうが、否定的な感情を持つリスナーは少なくないはずだ。


 そんな状態ですぐに時継が加入したら確実に配信が荒れる。


 お前は再生数欲しさに古参の俺達を裏切るのか! と。


 たった三か月で古参もクソもないのだが、厄介リスナーなんてそんなものである。


 配信が荒れたら折角登録してくれた新規リスナーも離れていく。


 そうなれば、炎上専門の切り抜きチャンネルの餌食である。


 一度炎上キャラの印象を植え付けられると立て直しは難しい。


 些細な事で炎上系チャンネルのネタにされるし、荒らし目的のリスナーも増える。


 こうなると、大抵の配信者はメンタルを病んで引退する。


 未来は大事な金蔓だ。


 そうならないよう、なんとしてもお知らせ配信を軟着陸させるのが時継の最初の仕事である。


「……九頭井君がそう言うならあたしは信じるよ」


 口ではそう言いつつも、未来は半信半疑の様子だった。


 ネットでは毎日なにかしらのネタがバズっていて、一週間と持つ事はまずない。


 うかうかしていたらあっと言う間に旬を逃してしまう。


「三日だ。その間に上手くリスナーの気持ちを誘導しろ」


 未来が愛敬堂を救う為に配信を行っているのは、古参リスナーなら誰でも知っている事だ。


 その為には、登録者の増加は絶対に必要な事である。


 だが、†unknown†が出て来なければ先日の配信で増えた新規リスナーは離れていくだろう。


 それで未来が病んだふりをすれば、未来のファンはこう助言するに違いない。


『折角同じ学校のクラスメイトなんだから、あいつを配信に誘ったらいいんじゃない?』と。


 そうなればしめたものだ。


 その後に時継が配信に加わったとしても、それはあくまでリスナーの助言に従っただけという言い訳が立つ。


 それでも多少は荒れるだろうが、後は時継が配信を盛り上げてやっぱりこいつは面白いという空気に持ち込めば勝ちである。


 古参を妥協させ、新規リスナーも満足させる。


 お知らせ配信は大成功!


 上手くやれば、もう一バズりだって狙える。


「そんなに上手くいくかなぁ……」

「上手くやるんだよ。愛敬堂を救うんだろ?」


 というわけで作戦実行。


 三日間未来に今まで通りのつまらない配信をやらせ、リスナーの反応を見ながら裏で時継が指示を出す。


「今だ! 『つまんねぇ。†unknown†出ねぇの?』ってコメントに触れろ!」


「古参と新規の対立を煽りつつ、あたしの為に争わないで! って悲劇のヒロインムーブだ!」


「あたしって才能ないのかな……。からのウソ泣きコンボ発動! 暫く音声ミュートにしとけ!」


「いいぞ! でも、男子と一緒に配信なんて、みんな嫌じゃない? だ!」


〈嫌だけど、未来ちゃんの為なら我慢できるよ〉

〈別に俺達、下心で未来ちゃん応援してるわけじゃないから〉

〈愛敬堂救うんでしょ? 使えるものはなんでも使わないと!〉

〈いいからとっとと†unknown†連れて来いよ〉


 ラジコン作戦は上手くいき、表面上は†unknown†を求めるコメントが多数を占めた。


 そして三日目の深夜、黒塗り背景に白字で『大事なお知らせ』という配信予約をアップする。


 引退発表でよく使われるサムネなので、嫌が応にも注目が集まる。


 実際、ツイッターでエゴサしたら未来が病んで引退するのでは? と心配する声も少なくない。


「うぅぅ……。リスナーさん騙してるみたいで胃が痛いよぉ……」

「みたいじゃなくて騙してんだよ」


 これもお知らせ配信を成功させる為である。


 推しが引退する事に比べたら、異性のメンバーが配信に加わるくらいなんて事はない。


 リスナー心理をついた巧妙な作戦である。


 そして当日。


 愛敬堂ミライチャンネルは過去最大の同接を記録した。

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