第5話 もう独りじゃない

「やだよめんどくせぇ」


 あっさり断ると、「最中サンキュー」と言い残して時継は自分の席に向かった。


「ちょっと待て!?」

「だぁ!? くっつくな!?」


 後ろから抱きつかれてドキッとする。


 時継の背中には巨大な水まんじゅうみたいな膨らみがむにゅっと当たっていた。


 クラスメイトがざわつきまくるが、未来はお構いなしである。


「タダとは言わないよ! 手伝ってくれたら愛敬堂のお菓子食べ放題!」

「マジか」


 これには時継も一瞬心が揺らいだ。


「って、和菓子なんかそう何個も食えるかよ!」

「うちの和菓子なら幾らでも食べれるもん!」


 一切の迷いなく未来が言い切る。


「いやまぁ、そうかもしれんけど……」


 思わず納得しかけるが、それはそれで身体を壊すか虫歯になりそうだ。


「てか、なんで俺なんだよ。委員長なら他に手伝ってくれそうな奴が幾らでもいるだろうが」


 教室に視線を向けると、下心丸出しの男子達が俺も俺もと手を上げる。


「九頭井君は実績あるもん! たった一晩で登録者1000人以上増やしてくれたんだよ! AOも詳しいみたいだし、配信の盛り上げ方だって分かってるんでしょ?」

「知らねぇよ! 俺は趣味で配信見てるだけのただのオタクだっての!」

「絶対嘘! 昨日の動きは分かってる人の動きだったもん! ねぇお願い! あたし、ゲーム配信とか全然見てなかったからよくわからないの! AOだって初心者だし……。九頭井君みたいな人が手伝ってくれたら絶対もっと伸びるの思うんだ! お願い! この通り!」


 小さな両手を擦り合わせて未来が拝み倒す。


「いやだっての! 拝んでもダメなもんはダメだ!」

「なんで!?」

「委員長の手伝いしたら自由にAOする時間が減るだろうが!」

「毎回じゃなくてもいいの! 暇な時にゲストで出てくれるだけでも!」

「AOするって言ってんだろ! 暇な時間なんてないんだよ! それにだ、委員長の手伝いなんかしたら学校の連中が煩いだろ! その手のごたごたに巻き込まれるのは面倒くせぇ!」

「そこはあたしがなんとかするから! 絶対九頭井君には迷惑かけないから!」

「いや無理だろ! 既に男子共が親の仇みたいな目で俺の事睨んでるぞ!」

「そんな目で九頭井君を見ないで! これも愛敬堂を救う為なの!」


 鬼気迫る表情で未来がそちらに叫ぶ。


 男子達は何事もなかったかのようにサッと視線を逸らした。


「これで大丈夫!」

「なわけねぇだろ!? 委員長が見てない所で絶対絡んでくるっての! うちのクラスだけじゃねぇ! 学校中の男子を敵に回す事になるんだぜ? それで和菓子食べ放題じゃ流石に割に合わねぇよ!」

「じゃああたしのチャンネルの収益も半分つける! これなら文句ないでしょ!」


 バッ! っと未来が掌を突き出す。


「収益の半分って、本気かよ!?」

「勿論本気だよ。遊びなわけないでしょ! 愛敬堂はあたしの実家で、家族の居場所でもあるんだから! それで愛敬堂が救えるなら安い買い物だよ!」

「いやでも、半分だぞ……」


 時継的には愛敬堂ミライチャンネルはまだまだ伸びる余地がある。


 AO配信は人気ジャンルだし、上手くバズれば十万人超えだって夢ではない。


 未来の容姿ならスパチャだって稼げるだろう。


 そこから得られる収益の半分……。


 高校生の身分でなくとも目が飛び出るような大金になるだろう。


「目の色のが変わったね。九頭井君も、自分が手伝えばもっと伸びるって思ってるんでしょ?」


 内心を読まれて時継はたじろいだ。


 可愛いだけの甘ちゃんだと思っていたがとんでもない。


 未来は目的の為なら手段を択ばないしたたかさを供えている。


「悔しいけど昨日の配信で分かったの。素人のあたし一人じゃこの辺が限界だって。九頭井君を雇って登録者数が増えるなら収益半分あげてもあたしは得だよ。九頭井君だって頑張った分だけ取り分が増えるんだからWIN―WINでしょ?」

「……まぁそうだけどよ」


 渋々認める。


「俺だって素人なんだ。約束なんか出来ねぇし、本当に伸びるかもわかんねぇぞ」

「それでもいいよ。なんにしたってあたし一人で頑張るよりはマシだもん」


 未来の決意は固いらしい。


「……マジで収益半分くれるんだな?」

「不安ならお姉ちゃんに頼んで契約書用意して貰うよ」

「……当然和菓子もつくんだよな?」

「もちろん。むしろ配信で食べて宣伝して欲しいくらい」

「……俺が入って男のリスナーがキレても文句言うなよ」

「そこは九頭井君がどうにかして。その為の収益半分だよ」


 あまりにも堂々と言われて、時継は笑ってしまった。


「そりゃそうだ」


 肩をすくめて右手を差し出す。


「早速放課後和菓子たかりに行っていいか?」

「交渉成立だね?」


 未来が握り返す。


 柔からなては小さく震えていた。


 その事に気づいた途端。


「ふぁ~! よがっだぁあああああ……」


 ホッとしたように未来がその場に座り込む。


「おいおい。そんなんで大丈夫かよ」

「大丈夫じゃない? これからは困ったら九頭井君に助けて貰うもん」


 苦い笑みで未来は言う。


 素人がたった一人で家業を背負って頑張っていたのだ。


 色々と思う所があったのだろう。


「……あぁ。精々役に立ってやるよ」


 頭を掻きつつ、つい格好をつけてしまう時継だった。

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