第4話 突然の告白

「くぁ~……。くっそねみぃ~……」


 翌朝の事。


 時継は大欠伸をしながら一年二組の教室にやってきた。


 未来の配信が終わった後、裏で好きなVの配信を流しながら遅くまで黄色い長靴釣りをやっていたのだ。


 特別釣りが好きと言うわけではないが、昔からAOにドハマりしているので新要素が追加されると手を出したくなるのである。


 黄色い長靴自体は見た目が変わるだけのお洒落アイテムだ。


 釣ってみた感じそれなりにレアなアイテムのようなので、さり気なくお洒落コーデに組み込んで自慢するのも悪くない。


 長靴自体は染色アイテムである程度自由に色を変えられるが、黄色い長靴は染色アイテムでは再現不可能な特色である。


 それなりにAOをやり込んでいる上級者なら気づくだろう。


 同じような特色長靴が他に6色出ているので、黄色と合わせて七色の長靴を家の玄関に飾るのもおつである。


 もう、頭の中はAO一色。


 登校したばかりだが、早く家に帰ってAOがしたい時継である。


「おはよう九頭井君! もう、遅いよ! ずっと待ってたんだから!」

「んあ?」


 上機嫌の未来が話しかけて来る。


 そんな姿に、クラスメイトはざわついた。


 相手は一年ながら、学校一の美少女なんて呼ばれているアイドル的存在。


 一方の時継は冴えないボッチのはみ出し者だ。


 そりゃ、クラスの連中もなんでこんな奴に! と思うだろう。 


 そんなのは、時継の知った事ではなかったが。


「委員長? なんか用か?」

「愛敬さんが話しかけてるのになんだよあの態度!」

「九頭井の癖に!」


 そんな言葉も完全無視。


 対する未来はウキウキでスマホの画面を向けてきた。


「見て見て! 九頭井君のお陰で昨日の配信大成功! 朝起きたら再生数一万超え! 登録者も一気に千人も増えたんだよ! ダンジョン配信系の切り抜きチャンネルさんにも取り上げて貰えたし! こんなのって初めてだよ!」


 確かに昨日まで3000ちょっとだった登録者数が4000を超えている。


 再生数も直近と比べて十倍以上あり、高評価やコメントも多数ついていた。


「おー、そりゃよかったな」


 未来が実家の和菓子屋を盛り上げる為に頑張っているのは知っている。


 時継はただ楽しく遊んでいただけなのだが、それで配信が盛り上がったのなら良い事だ。


「うん! これも全部九頭井君のお陰だよ! 本当にありがとね! これ、お礼! うちの和菓子!」


 そう言って未来は地味な包装の四角い菓子折りを差し出した。


「なにこれ、くれんの?」

「うん! あの後ね、九頭井君に言われた通り最中もなか食べながら宣伝したらいっぱい通販の注文入ったんだよ! お父さんもありがとうって!」


 確かに時継はそんなアドバイスをした。


 配信者を三か月もやっている癖に、未来は配信のなんたるかを何もわかっていなかった。


 あの配信はオーガヘッドサーペントを倒す所が同接のピークで、その後はすごい勢いで減るはずである。


 それなのに未来は強敵を倒した事に満足して、肝心の和菓子の宣伝をすっかり忘れていた。


 だから時継は今すぐ美味そうなお菓子持ってきてその場で食えと指示したのだ。


 その間の時間は時継がリスナーをいじって繋いだ。


 で、大急ぎで戻ってきた未来がバター餡子あんこ最中とかいう珍妙な和菓子を持ってきた。


 未来も和菓子が大好きなのだろう。


 あんまり美味しそうに食べるものだから時継は涎が出てしまった。


 ただでさえ夜は小腹が減るものだ。


 熱い配信は見る方も体力を使うので、余計に甘い物が欲しくなる。


 他の配信者の手法を真似ただけなのだが、どうやら宣伝は上手く行ったらしい。


「別に大した事はしてねぇよ。くれるってんならありがたく貰うけど」

「あの野郎! 愛敬さんからお菓子貰ってやがる!」

「なんて羨ましい!」

「確かに昨日の配信は面白かったけど、だからって調子に乗んなよ!」


 クラスメイトのやっかみが聞こえてくる。


 時継は見せつけるようにして包装を破いてやった。


 中身は昨日未来が宣伝していたバター餡子最中である。


「お! 委員長が宣伝してた奴じゃん! 気になってたんだよなこれ!」


 早速一つ齧ってみる。


 途端に時継は麻痺の魔法パラライズをかけられたみたいに動かなくなった。


 なんじゃこりゃ!? という表情で手元の和菓子を凝視する。


「美味しくなかった?」


 不安そうに未来が聞く。


「その逆だ。めっちゃうめぇ! なんだよこれ! マジで最中か!?」


 今時の現代っ子である時継だ。


 和菓子を食べる機会なんか滅多にない。


 精々祖父母の家に遊び行った時に出て来るかどうかだ。


 それだって、正直あまり嬉しい代物ではない。


 和菓子なんか大体どれも似たような餡子味だし、その中でも最中は皮のパサパサした感じが苦手である。


 今回は、配信で未来が美味しそうに食べていたから気になっただけである。


 びっくりした。


 愛敬堂の最中の皮はパイ生地みたいにサクサクで、口の中で雪のように優しく溶ける。


 中身は四角いバターでサンドしたこしあんで、濃厚なバターの風味と餡子の甘さに脳が痺れる。


 バターのおかげか、皮で口の中がパサパサになる事もない。


 全く別のお菓子という印象である。


「うわ、うまそ~……」

「そんなに美味しいの?」


 クラスメイトがゴクリと唾を飲む。


「なぁ九頭井、一つくれよ」


 さして仲良くもない男子が横から手を伸ばしてくる。


「やなこった! 欲しけりゃ自分で買いやがれ!」


 時継は菓子折りを抱きしめるようにして隠した。


「あははは、そんなに美味しかった?」


 ホッとした未来が嬉しそうに尋ねる。


「美味いなんてもんじゃねぇよ! 感動だ! こんな美味しい和菓子出してんのに売れてないっておかしいだろ!?」


 コンビニのスイーツだって普通に美味しいが、これと比べたら霞んでしまう。


「私もそう思うけど……。うちのお店って商店街の裏の方だし、宣伝なんかもやってないから……。味に拘ってる分値段もちょっとお高めだし……」


 胸元で指をいじいじしながら未来は言う。


「ちなみにこれ、一ついくらだ?」


 未来は黙って四本指を立てた。


「400円かぁ~……」


 クラスメイトも似たような落胆の溜息を漏らす。


 金のない高校生に一個400円の最中は厳しい。


 大人だって躊躇する値段だろう。


 実際に食べた時継としては納得の価格なのだが。


「高いって思っちゃうよね……。だから配信で宣伝してるの! 食べてさえ貰えれば納得して貰える値段のはずだから! 配信見てるような人はツイッターとかもやってるから口コミも期待できるし!」

「確かにな。こいつは俺でも感想をあげたくなる」


 いいながら、時継は残った最中を口に放る。


 後味にバターの塩味が残り、すぐにもう一つ食べたくなってしまう。


「でしょ! それで、九頭井君に一つお願いがあって……」

「あぁ? なんだよお願いって」

「えっと、その、あのぅ……」


 恥ずかしそうにもじもじすると、いきなり未来が頭を下げた。


「愛敬堂の未来の為! あたしと一緒にダンジョン配信してくれませんか!?」

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